四十六話 勝志VSミーゴ㊃
「―志……勝志!」
「……んん……? ……ああ、真か……!」
真は派手な山崩れが気になって、崩落現場にやって来た。心配して来てみれば、勝志は土砂を布団にいびきを掻いていた。
「大丈夫?」
「ああ。……間違えて死んでたぜ!」
「間違? ……頭打った? ……元からか」
真と勝志は、強敵、カルキノスとミーゴをそれぞれ倒し、任務を完遂した。当然、勝つ気満々だったが、二人共、想像以上の激闘でボロボロだ。
「……戻らないとね」
真は、痛む身体を推して万里に戻るつもりだった。治療を受ける為もあったが、彼方でも戦闘が始まっているのなら、急ぎ加勢しなくてはならない。
「向こうも戦ってんのかな?」
勝志も気掛かりなのか、布団から起きて言った。
隊士に与えられる無線機は、長距離通信はできない。万里の戦況を知るには、通信が届く距離まで戻る必要がある。もっとも、そこまで戻れば、森羅で現状が分かるだろう。
「帰る所があればいいけど……!」
真は捻くれてみた。
既に戦闘が始まっているのなら、それも、想像を超えたものになっているであろう。
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千里山の麓の戦いは、俄然、連合軍の勢いが優っていた。アスラの幻獣は山に押し戻され、打ち倒される者も出始めている。
「フン。期待していないとはいえ、余り手を焼かせるなよ」
ヴリトラは不甲斐ない部下達を嘲る。
しかし、敵は十分、千里山に引き付けた。砦はもぬけの殻。彼の狙い通りだった。
「手駒の出番だ」
ヴリトラは、腰から下げた、表面にヒビが入った銀の盾を取り出すと、道連れで浮かし、自分に向けて翳した。すると、欠けた部分を除いた表面が、月明かりを美しく反射する。
ヴリトラにとって、この盾鏡は便利な道具だった。持ち手の森羅、神託を強化し、千里眼の力を与えるのだ。
ヴリトラは、鏡を道連れで制御し、己の眼とした。鏡は、ヴリトラに従わず輝きが安定しなかったが、力付くで従わせる。
やがて鏡の表面に、鎖が巻かれた巨大な岩が映し出された。
「何時まで眠っている? わざわざこんな近くまで来てやっているというのに」
ヴリトラは、もっとも不甲斐ない同胞に声を掛けた。
「ニンゲン如きの呪縛に何を手こずっているのだ? ……どれ、少し手伝ってやる……!」
ヴリトラは、鏡に映る巨石に封印されている、かつての同胞ヒュドラーに、鏡越しに神託を送った。すると、巨石に入った亀裂が更に広がり、巻き付いた鎖にも亀裂が走る。
「幻獣戦争は再び始まったのだ。さぁ舞台に戻れ……!」
やがて、亀裂から漏れていた藍色の霧が、一気に噴き出し始める。
邪悪な霧は、鏡に映る空間をあっという間に満たした。
――それでいい。
ヴリトラは悦に入る。
どうやらニンゲンは、この事を見越して幽玄者二人を配備しているようだが、無駄だ。そんな戦力でヤツを止められるものか。我々相手に幾ら頑張ろうとも、万里はヒュドラーによって壊滅する。ヤツの力を持ってすれば、百万のニンゲンを一時掛からず死滅させられる。千里山に攻め込むニンゲン共は、それを見ても砦に戻る事はできない。守るべきものが死に絶えるの感じ、その絶望が戦況を一変する。
「ニンゲンごとき。このワタシが直接、手を下す必要はない……!」
ヴリトラは勝利を確信した。
ヒュドラーを封印していた巨石が砕け、周囲が藍色の霧に覆われた。
「来るぞ、ガイ!」
「分かってらぁ!」
十兵衛とガイは、即座に戦闘態勢に入った。
一帯を覆った霧は猛毒で、周囲に生えていた僅かな草木が一瞬で侵され、生気を無くしていく。巨石の周辺は幽世にいなければ即、死が待つ、地獄へと変わった。
封印を施した華国の仙人達の亡き骸と繋がっていた鎖が千切れる。ガイも十兵衛も、先人達が文字通り命を賭して掛けた呪縛を無駄にしない為、此方から仕掛ける事はせず、ギリギリまでヒュドラーに足掻いてもらい消耗させる腹だった。
「悪りぃがヘトヘトで出てきたトコを狩らせて貰うぜ?」
ガイが飄々と言ったが、表情は何時もより真剣だ。
遂に、巨石に巻き付いた鎖が砕け散り、破片が二人を掠めて飛び散った。使命を終えた仙人達の遺骨が、白い砂へと変わる。
十兵衛が、敬意を表するように瞳を閉じ、砕けた巨石の下から這い出るものに、新たに開いた瞳を向けた。
地の中から、周辺を覆う霧の何倍も邪悪で濃い毒霧を纏った、巨大な幻獣が姿を現す。
六幻卿ヒュドラーが甦った。




