四十二話 真VSカルキノス㊃
ドス黒い鮮血が宙を舞った。
カルキノスの鋏が、細い腕の半ばで斬られ、地面に突き刺さる。斬られた左腕を見たカルキノスが、驚愕している。
「な……に!? ……!??」
この状況を作り出した真に、視線を戻したカルキノスは、真が再び剣を振り下ろそうとしているのに気付く。
カルキノスは、この戦闘で殆ど回避する事をしなかった真の斬撃を初めて警戒し、慌てて転がるように避ける。
剣は空を切り、地面に当たった。
カルキノスの警戒を他所に、斬撃は岩肌に僅かに減り込む威力しか出なかった。しかも、振った真自身が、満身創痍でよろけている。
――何だコイツ!? 今の威力は一体!?
細い腕を狙おうが、相応の空蝉の力がなければ此方を切断するなど不可能だ。カルキノスは、唐突な真の攻撃力の上昇に戸惑った。
「ぜぇぜぇ」
一方、満身創痍の真は、消えそうな意識の中にも関わらず、感じる手応えに高揚している。視界は淀み、肉体は悲鳴を上げているが、幽世の力が全てを知覚し、行動を可能にしていた。
真は、その研ぎ澄まされた森羅で、叢雲の真の有り様を知る。
宝剣の真の姿は、月明かりのような光を帯びるだけでなく、刃の表面に、漢字にも象形文字にも似た、輝く文字列が浮んでいた。真には読めない文字だったが― 叢雲之太刀―と刻まれているのが分かった。
漸く真は、剣のある領域まで辿り着いた。
「イイ業だ。何て名前だ?」
真の姿を凝視するカルキノスは、攻撃力増加のカラクリに気付いた。元々、考えるのは好きではないタチだが、空蝉に勝る攻撃力を発揮するには、業しか考えられない。
「まさか、ここまでやるとはなァ! 中々の一発芸だったぜ!」
カルキノスは二発目が不発だった事から、次弾はないと予測した。
「今度こそトドメだ!!」
カルキノスが、残った右腕を振り回す。言葉とは裏腹に、ややコンパクトに鋏を振るい、鉤爪がある他の脚の攻撃も混ぜ、真の大振りを封じてくる。その為、真は、鋏が無くなった左腕側から背後に回り込み、反撃を仕掛けた。
「バカめ!」
しかし、ダメージを受けた身体は、精細を欠き、攻撃まで一瞬間が空いた。対して、カルキノスに隙はない。透かさず背後にも放てる針の筵をお見舞いする。
「!?」
真の身体に、無数の光る針が突き刺さる。しかし真は、二度見て一度受けたこの業を、甘受した。カルキノスが真にやった、肉を切らせて骨を断つ戦法だ。
輝く叢雲が、カルキノスの背中に振り下ろされる。
「天墜刃!!」
斬撃と共に、真の業がカルキノスを捉えた。瞬間、剣から、その刃に刻まれた文字と同じものと思われる一字が、稲光りのように放たれた。
「ぐあああああああ!!!」
カルキノスが斬り裂かれる。
当人は、丸まった背を全て裂き開かれるかと思う程だったが、剣は背の半分程で弾かれ、カルキノスは事なきを得た。
それでも、尋常ではない大ダメージを受けた。
「かッ、バ、バカな……ッ! このオレがッ!!?」
真も全身に刺傷を受けたが、鋏のダメージに比べれば、まだマシだった。真は前回針の筵を受け、この業が、相手を痛めつけるのを主とした業であると見抜いていた。
一方、真の業は、己の潜在能力を極限まで呼び起こした、正に魂の必殺業だった。
「……はぁ……はぁ……もう一本の腕も貰おうか……!」
カルキノスは、堪らず高速バックで距離を取る。幻獣は先程の大ダメージをもって、真の業を理解した。
――一瞬だが、オレの防御力を易々と上回る。冗談じゃねェぜ!
天墜刃は、斬撃が当たる刹那の一瞬のみ発動した。二発目は不発だったのではなく、その一瞬に業を受ける対象が存在しなかっただけだ。一瞬が過ぎれば岩場に減り込み、カルキノスの甲殻に弾かれる通常の威力に戻るが、一瞬の威力は、真の潜在能力と共に、計り知れないものがあった。
後退するカルキノスに、真が鎖を飛ばしたが、カルキノスは射程外まで一気に逃れ、この山を離れようとした。
ヤバイ相手からは逃げるが勝ちだ。カルキノスは、勝ち負けに拘らなかった。今日は相手の出鱈目が当たっただけ。こんな所で死んでは大損。本隊に戻れば、万里との戦いもある。
更に、ヴリトラがあの鬼のお面の少年と組めば、戦場は幾らでも期待できた。
――愉しみはこれからなんだよ。だから、今日はこの位にしといてやる―
「ぐっ!?」
氣弾を纏った分銅が、射程外のカルキノスに当たった。
真が道連れを器用に使い分け、鎖の先端だけを破壊し、分銅を切り飛ばしたのだ。
致命傷を受けたカルキノスは、この追い討ちでバランスを崩し、山の断崖から転落した。
同じように限界に近い真だったが、小太刀を崖っぷちに突き刺し、躊躇なくカルキノスを追ってダイブした。
「はぁああああああ!!」
「し、しまったッ!!」
カルキノスが体勢を立て直した時には、既に真が迫り、天墜刃が突き立てられる。
叢雲は、古代文字の閃光を放ち、敵の胸部を貫いた。
「がァ……ッ!」
カルキノスが、幽世から弾き出される。剣が抜け、幻獣は重力に捉われ落ちて行く。
全ての力を出し尽くした真は、小太刀に繋ぎ直して置いた鎖に掴まり、転落を免れた。
朧げながら眼下を見ると、片腕になったカルキノスが、何時か見た、岩礁の上から落っことされた蟹のように落下して行く。
そして、波間に消えるように、木々の合間へと消えて行った。




