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四十一話 真VSカルキノス㊂

 (しん)の初めての冒険は、五歳の頃、アマリ(とう)の沖にある岩礁を目指した時だろう。

 そこには、特別、何かがある訳ではなかったが「島の海岸から見えるその岩礁へ行ってみたい」という子供っぽい好奇心が始まりだった。

 幼い真は、冒険を達成するには誰にも見付からない事が大事だと分かっていた。子供の自分が海に入るのは勿論、海岸をウロウロしているだけで、家に帰されてしまうのがオチだからだ。

 その為、真は海辺に人がいない時化の日を選び、海に飛び込んだ。荒波が、容赦なく小さな体を打ち付ける。しかし真は、訓練した泳ぎと、危機で高まる感覚を頼りに海を渡った。流され、溺れ掛けながらも、やっとの思いで岩礁に辿り着く。


 「ぜぇぜぇ」


 今の真からすれば、指したる距離では無いが、小さな少年にとっては、大きな冒険を成し遂げた瞬間だった。

 泳いでいる間に、天気が少し穏やかになり、雲の間から所々、太陽の光が差し込んでいる。真は岩礁の一番高い所へ這い登った。

 しかし、頂上には思わぬ先客がいた。


 ――――――――――――――――――――――

  

 カルキノスの強烈な鋏の殴打に、真は道連れ(ミチヅレ)にして操る鎖を振り回して対抗する。

 氣弾を纏った分銅が、空蝉(ウツセミ)で勝るカルキノスの鋏を弾いた隙に、背中が曲がった巨体の内側に飛び込んで、叢雲(ムラクモ)で斬り付ける。しかし、腹に複数ある細い脚が反撃し、先端の鉤爪が真を襲う。

 真とカルキノスの戦いは、一進一退の様相を呈している。戦場の禿山は、黄竜山とは違い極自然の山の為、元々、荒い山肌が、二人の激闘に耐えかね益々、荒れた。


 「ハハッ!」


 不意にカルキノスがバックし、距離を取った。背中の棘を真に向け、光る針を飛ばす。

 真は即座に、鎖を身体の前で円を描くように回転させ、襲い掛かる針の雨を防御したが、カルキノスは(ワザ)針の筵(ニードルマッド)を乱射したまま接近して来る。


 「しめしめ! って、口で言うものか?」


 真の足を止めながら、カルキノスは鋏の間合いまでゆっくりと迫り、(ワザ)の解除と同時に攻撃に出た。

 真は、ガイのように腰を据え、振られた右の鋏を叢雲で防ぐ。生憎、力負けをして、叢雲が手から離れて飛んでいったが、身体を仰け反らされただけで無傷で済んだ。

 体勢を崩れながらも真は、鎖で叢雲を引き戻し、神足(シンソク)で強引に身体を起こして反撃する。カルキノスも左の鋏を広げて振った。

 (つるぎ)と鋏がぶつかり、嫌な音が響く。

 鍔迫り合いになるかと思われたが、カルキノスがそのまま鋏を閉じる。


 「断頭鋏(シザーギロチン)!!」


 衝撃で、真の手首が捻られ、ねじ切られそうになったが、カルキノスの(ワザ)を受けても、叢雲は破壊されなかった。


 「いい剣だな!?」


 意表を突かれたカルキノスだったが、ならばと、叢雲を挟んだまま鋏を地面に叩き付ける。今度こそ相手の動きを封じたカルキノスは、右の鋏を広げ、真に向ける。

 真は、十兵衛の居合の如く、素早く左手で小太刀を抜き、カルキノスの左腕の関節に突き立た。僅かに緩んだ鋏から叢雲を引き抜き、後退しながら鎖を振って斬撃を放つ。

 やや強引な反撃だったが、(やいば)と峰を考えなくてもよい両刃の剣は、カルキノスの首元を捉えた。


 「!?」


 しかし、カルキノスは首元に入るダメージを甘受し、真の身体を切断する事を優先した。

 易々と岩や刀を砕く鋏が、真を捉えた。真は鮮血を撒き散らしながら、山の斜面を転げ落ちるように吹っ飛んだ。


 「どうだ、入ったぜ!!」

 

 血が滴る首の傷の痛みを感じていないのか、カルキノスが確かな手応えを得て、悦に入る。

 真の身体は飛び出た岩を砕き、山肌を抉りながら止まった。辛くも攻撃が当たったのは、鋏の先端だけだったようだ。

 しかし、胸の辺りを挟み斬られた上に、鋭利な鋏で突き飛ばされ、紛れもない致命傷を受けてしまった。

 

 「くそ……っ」


 真は血反吐を吐いた。道着の上に血が滲み、激痛で意識が飛びそうになる。

 たった一撃で、蓄積させたダメージ以上の大ダメージを返された。それは、真が一進一退の攻防の中で、必死に相手を斬り付けた労力に、全く見合っていなかった。


 「……!」


 揺らぐ視界の中に、一緒に吹き飛んできた叢雲が映った。真の状態などどこ吹く風で、叢雲は輝いている。

 今、幽世(カクリヨ)の中で、この叢雲とカルキノスだけが、月明かりを浴び、存在感を示す。戦いに付いて来れていないのは、真だけだった。


 ――結局、土壇場か……。


 かつて、幽世(カクリヨ)の存在を知らなかった真に、白兎(びゃくと)隊の副長だったバン・ランジは言った。勢いや奇策で物事が好転する事はなく、幽世(カクリヨ)で通用しない事は、幻獣にも通用しないと。

 結局、真は、剣術も武道も発展途上だった。ガイや十兵衛を上回る攻撃力や、フォンに追い付くスピードもない。奇抜な戦略で対応してきたが、ランジの言葉は正しく、限界が存在がする。


 ――ここまでか……。


 周囲の隊士が、自分や勝志を、飲み込みの早い逸材だと言っている事は真も知っている。学ぶに時が足りなかったとしても、本当に自分に才覚があるのなら、それを呼び起こす必要がある。

 上には上がいる。そうであるのなら、真の冒険はここで終わる。


 ――それとも―


 真は起き上がり、小太刀を鞘に戻して、鎖を引っぱり叢雲を握り直す。既に手に感覚はないが、瞳を閉じ、輝く叢雲の存在を感じ取ろうとする。

 それは、縋るのではなく、標べとする為に……。

 遊び相手がまだ動けると知ったカルキノスは、嬉しそうに此方に向かって来る。


 「トドメだ」


 視線を合わせるようにかがみ込むカルキノスが、やがて、鋏を広げる。

 死に体となった真が瞳を開けると、輝く(つるぎ)が視えた。

 それは、月明かりの反射ではなく、自ら光を放つ、本当の叢雲の姿だった。

 ―死を宣告する、(やいば)が振り下ろされた。

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