四十話 真VSカルキノス㊁
カルキノスを弾き飛ばした鎖を注視したミーゴは、鎖の先端に分銅が括られているのを確認した。空蝉を使い殴れば、かなりの威力が出るだろう。
しかし、カラクリはそれだけではない。
――氣弾か……。器用な奴だ。
ミーゴの分析通り、真は攻撃の瞬間、放った氣弾を分銅に纏わせていた。空蝉と氣弾、二重の攻撃力が、カルキノスの予想を上回る威力を見せたのだ。
「やっぱりオレの目に狂いはねェ! これなら下手な幽玄者四匹より愉しめるぜ!」
カルキノスに火が付いた。土煙が舞う地面からガバッと起き上がると、甲殻類の黒々とした瞳を爛々とさせる。ダメージらしいダメージは負わなかったものの、自分を弾き飛ばすニンゲンなど、中々いない。
「オイ、ミーゴ! オレはこの生意気なヤツを殺るぜ! テメェは隣りの白髪ザルを殺れ!」
「いいだろう。独り占めする気なら話は別だったがな……」
「愉しませてくれよ!?」
二体の幻獣が、策略や名声など、どうでもいい事あったかのように、真と勝志を純粋に獲物として見る。
「勝志……隣りのゴリラは任せた!」
「おう。どっちが強いか教えやるぜ!」
真と、サルである事を否定しない勝志も、剣と拳を構え、生死を賭けた戦いに挑む、覚悟を決めた瞳に変わる。
二人と二体が幽世に深く入り、身体が足場の悪い山肌から浮き上がる。
直後、カルキノスが、真に向かって突進した。真も迎え撃つように突進する。
両者は、そのまま中間で激突するかと思われた。しかし、直前で真が、直角に動く。全くスピードを落とさない方向転換。しかし、カルキノスも身体の向きを変えないまま横移動し、追随する。
「流石は蟹だね!」
「ハハッ! 食えるモンなら食ってみなァ!」
真は皮肉と共に、今度は前に方向転換し、再び、カルキノスに向かう。それに対し、カルキノスも鏡映しの如く動き、延期された両者の激突が今度こそ起こった。
真は、此方を薙ぎ払うように振られた鋏の軌道を正確に読み、フォンの鉄扇を躱した時のように、軌道の垂直方向へ飛び、最小限の動きで躱す。そして、擦れ違い様にカルキノスの肩を叢雲で斬り付けた。
「……!」
攻防を制したのは真だった。
カルキノスが、真が付けた肩の傷を、鋏で掻き、益々、瞳を輝かせる。その輝きは、月影を映す叢雲に匹敵し、最早、狂気を帯びている。
「やるじゃねェか……!」
一方、真は、冷静に相手のダメージを確認する。遂に目に見える傷を与えたが、叢雲を持ってしても、カルキノスの頑強な甲殻には浅い切り傷が付いただけだった。
やはり、真とカルキノスの間には、絶対的な力の差があった。
――一瞬でいい……!
真が勝利を手にするには、目に見えない程の細い糸を手繰らなければならない。
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「……先に言っておくが、俺は他の連中と違ってニンゲン相手に殺しを愉しむ野蛮な趣味はない。だが……苛立ちも募れば、辺り構わず拳を振るいたくなる。……そんな時もある」
「ん? あ? ああ」
真がカルキノスとの戦闘に入った後、ミーゴが勝志に警告した。
「逃げるなら今の内だと言っている……!」
「ああ、別にいいぜ。勝負だゴリラ!」
「……どうやら、俺の相手は本当にサル頭らしいな……!」
策が当たらずゴリラ扱いされたミーゴが、鬱憤晴らしに勝志に飛び掛かった。勝志も拳を振り上げ応戦する。
こちらの戦いは真っ向勝負。互いの中間距離で最初の激突が起こった。
「くらえ! 超・破壊―」
しかし、初撃を入れたのは幻獣側だった。
「っ!!」
勝志とミーゴは、同時に右拳を繰り出し、クロスカウンターの様な相打ちの格好になったが、単純に腕の長い方に軍配が上がった。
勝志は自分の拳が届く前に、ミーゴのパンチを受けて吹っ飛んだ。
「ぐぁあっ! いてっぁああ!」
山肌を転がる勝志を見て、ミーゴは憐れに思った。
「ニンゲンというのは、力が弱い。故に、知恵を巡らせ生き残ってきた種族だと俺は認識している」
勝志は頭を抱えながら起き上がる。幽世に入れない人間だと、大凡、ダンプに撥ねられたくらいの衝撃を受けていた。
「戦では策を講じ、強い武器を使う。お前のようにどちらも放棄している馬鹿は死ぬだけだ」
「……くそっ」
どうにか立ち上がった勝志は、唯の石で出来た超・破壊を嵌め直す。
――一発でいい……!
考え無しに出たとこ勝負をする勝志も、流石に命の危機を感じた。
真と勝志の攻撃力は、大方、カルキノスとミーゴの十分の一だった。つまり、一撃を受けたら十回、反撃を入れる事で、漸く互角。
勝利の為には、それ以上の攻防を制さなければならない。