三十八話 華国青龍地方の戦い㊃
何時より強めの残酷描写が有ります。
千里山の中腹に布陣するアスラ軍内に連行されている民間人は、十名程のようだ。目の良い兵士や双眼鏡を持つ兵士が、彼らの様子を伺った。何処で囚えた人々だろうか、年齢、性別はバラバラのようだ。
幻獣達は、彼らを砦からも良く見える、突き出た岩場の上に並べた。興奮した声や笑いが、響めきに包まれている砦にまで届く。
「何をする気だ……?」
清林組の組長、孫が言った。しかし、答えは彼を含め、この場にいる殆どの者が分かっていた。
アスラの幻獣達は、並べた人質を端から順番に処刑し始めた。落葉樹の鮮やかな落ち葉の上でも際立つ鮮血が舞い散る。
首を斬る。頭を潰す。全身を滅多打ちにする。処刑方法は殺害する幻獣によって違ったが、何処も惨たらしいやり方だった。砦に布陣する兵達に動揺が走り、直ぐに怒号が上がった。
幻獣達は、此方を嘲笑うかのように死体を踏み付け、岩場の下に転がした。哀れな犠牲者達が、山の斜面を転がり、藪へと消えて行く。
「落ち着け! 挑発だ!」
軍の指揮官が、取り乱す兵達を落ち着かせようとしたが、抑え切れなかった兵が銃撃と砲撃を行う。しかし、距離がある為、敵陣まで届かず、敵の更なる嘲笑を買った。
「隼人……っ!」
「駄目だ。砦を出れば奴らの思う壺だ……!」
白兎隊の面々も、敵の残逆な行為に怒りを覚えた。アヤメが、隼人に出撃の指示を仰いだが、軍と清林組とで決めた作戦を、一時の感情で変える訳にはいかない。
「なんじゃ、なんじゃ!? 何事じゃ!」
そこへ、司令室にいた清林組の師範、超やってきた。騒ぎが起こり、居ても立っても居られなかった様子だ。
「師範……!」
砦の端に来た超に、フォンが駆け寄った。同じように怒りを覚える清林組の者達は、縋るような視線を師範に向けている。
アスラ軍に囚われた民間人はまだいるようで、血と肉片が残った岩場に、次の人質が並べられた。
人質の中にいた子供が泣き出し、幻獣の一体がそれを黙らせるように殴ると、呆気なく頭が捥げてしまう。幻獣は笑い出し、その頭を蹴り飛ばすと、子供の頭は宙を舞い、山と砦の間に広がる森へと消えていった。
「お……の……れ……!!」
フォンが気付くと、超の顔が、砦にいるどの人間よりも真っ赤に染まっている。
「わしの前で勝手な行動は許さん!!」
普段の怒りより、遥かに激しい怒りの形相の超を、軍、清林組、白兎隊の者が見つめた。
「ゆけ……!! 全軍出撃じゃー!!!」
その声は、砦はもちろん敵陣へも届き、千里山に当たってこだました。
師範の命令に、清林組は直ぐ様動き、火を付けられた指揮官達が兵に出撃の指示を出す。白兎隊の者達だけが、目を丸くしていた。
「い、いいのか? ここで戦うんじゃないのか?」
「変わったの。作戦変更!」
戸惑うベンに、さっぱりとした態度でアヤメが言った。彼女は、緊張気味のりぼんと、踏ん切りが悪い部隊長に尋ねる。
「準備はいい?」
「オッケーですっ!」
「……隼人は?」
隼人は自分を落ち着かせるように、眼鏡を少し持ち上げ、定位置に戻す。ある意味、肩の荷は降りたようだ。
「これでいいんだ……! みんな行くぞ!!」
白兎隊、清林組が出撃。砦の門が開き、兵達が堰を切ったように千里山を目指して雪崩打った。
それを見たアスラ軍も、待っていたとばかりに山を下り、両軍は間に広がる森で激突する。
こうして白兎隊、清林組を含む、華国大和連合軍と幻獣軍アスラの決戦が始まった。
――――――――――――――――――――――
真と勝志は、万里から東へ数十キロの空中を移動している。方角的に、初めて万里へ来た際に飛び越えた、山岳地帯に戻って来た事になる。
この辺りにも、小さな集落が幾つかあった。追い掛けている二体の幻獣が、それらを狙っていると真は考えていたが、岩肌が剥き出した禿げ山の一つに、敵の気配を感じ取る。
「よう。待ってたぜ」
二人がゴツゴツした山の斜面に着陸すると、言葉通り、二体の幻獣、カルキノスとミーゴが待ち構えていた。
「テメェはあん時の幽玄者だろ? 確か……手足を全部斬り取って、ダルマの刑にするんだったなァ!?」
「ダルマ? 違うよ」
自分の言った事を忘れてしまっているカルキノスに、真は言った。
「腕を捥いで、高い所から落っことす刑さ!」
真のデタラメな発言に、カルキノスが鋏を頭の辺りに持ってきて「そうだっけ?」という仕草をした。
真は、新たな剣、叢雲を握り、巻き付けた鎖から解放した。
「それと……勘違いしているようだから言って置くけど、刑の執行者は僕だ。昔、そうやって君に似た蟹をいじめたんだ。残酷だったな、子供の頃は……!」




