三十四話 込められた想い㊃
ラーラはメイドが淹れたお茶を頂き、広い自室に入った。プライベートになったラーラは、学校のスカートを脱いでワイシャツの胸元のボタンを外し、よりルーズな格好になって勉強を始める。
文字を書いていると、少し前に真と勝志に書いた手紙を思い出す。
手紙はもう届いてる頃だろう。初めて出来た男の子の友達。次に二人に逢えるのは、何時になるのだろうか?
ラーラは、もしガリアが幻獣の攻撃を受けたら、二人が助けに来てくるかもしれない。……とも思ったが、それは自国が戦場になる事を望む、良くない考えだと思い直した。
大体、下着姿でいる時に、男子の事を考えてはいけない。ラーラは集中し直して、レポートをまとめた。
ラーラの部屋には書庫があり、本がいっぱいある。宿題を終え、歴史の参考書に目を通していると玄関のベルが鳴った。
「パパ!」
ラーラはパッと笑顔を見せ、夕食の為、急いで着替えた。普段よく着る、ミニミニスカートの可愛らしいワンピースだ。父親は「もう大人になるのだから」とお嬢様らしいドレスを着せたがるが、好みが違うのだから仕方がない。
ラーラは廊下を無邪気に走り、玄関ホールの階段上までやって来た。入り口に父親と、杖を付き、腰が曲がった年配の男性の姿が見える。
「ゼフィール。儂はもう一線を退いた身じゃ。それにオルディンの考えも一理ある。しばらくは見守るつもりじゃ」
「エウロス。そんな事は言わず。私にはまだ貴方の助力が必要だ」
ラーラは、好きな父親の友人だと分かり、益々、嬉しくなった。流石に階段では、際どいミニスカートの裾に手を当て、お嬢様らしく優雅に下りようとする。
「パパ―」
「それより、華国に現れたヴリトラはどうなったかね?」
「プロヴィデンスに討伐を強く打診したが、結局、白兎隊が派遣されだけだ……」
「ぬぅ……彼らに期待するしかないのう。お主も歯痒いだろうが、ここは耐えるしかあるまい」
ラーラの足が、見えない階段に乗ったかように、宙に留まる。
白兎隊とは、真と勝志が所属している組織の名前だ。そして―
「ヴリトラ……」
それは昔、この同じ階段上で耳にした名前だ。幽玄者だった母の消息が途絶えた日、その報告で漏れ聞いた。
父親と年配の政治家、執事らが、ホールの先にあるダイニングへと去っていく。
ラーラは、何時も服の胸元に入れているペンダントを握った。
その鏡を拾った時、向こう側に映っていた影のような幻獣の姿が見える気がした。
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「あっ! ……あー、ごみかー」
「何色だったのさ?」
「んーと、ピンク。……いや、白だったかもしれねぇ」
真と勝志は、見張り台から下りて、ラーラが手紙に同封した押し花を探していた。
しかし、下は藪が密集し、それらしき物は見付からない。しつこいリズ姉の手紙は発見されたが、物が物なので、葉っぱや自然の花に紛れてしまったようだ。
「どうされましたー?」
「いえ。……直ぐに戻ります」
砦にいる兵士が、何事かと声を掛けた。守備に付いている幽玄者が勝手な行動をしては、不要な緊張を生みかねない。
真は、たかだか花だと割り切る事にし、探すのを諦めた。しかし、見張り台に戻ろうと上を見上げた時、ふと、そこに置き去りされた叢雲が目に入った。
叢雲は鎖を巻き付けられ、益々、石のように心を閉ざした印象だったが、今は此方を咎めているように真は感じた。
真は、あの剣と同じ性質を持つアイテムを思い出した。ラーラが持っていた、鏡のペンダントだ。あれも幽世に既存するもので、遠くに有るものを映し出す、特殊な力を持っていた。
「そうか……森羅か……!」
森羅の、周囲のものを把握する力は、一見、森に隠れた葉を探す用途には無力に思えるが、この力の本質は、理を知れる事にある。生物や無機物の判別から、他者の思考や感情など、視覚や聴覚では捉えられない、モノの有り様を理解できるのだ。
真は早速、森羅を使い押し花を探した。此方を見下ろす叢雲が、幽世では月明かりを美しく反射している。
ラーラが摘んで押し花にしたものなら、それは他の草花とは明確に違うモノである。周囲は自然物だけだ。これがパズルだとすると、構成するピースの中に、嵌っていないピースがある筈―
「……あった!」
ラーラのプレゼントは、藪の中間に引っ掛かっていた。勝志は何を見たのか、花の色は黄色だった。
「ああ、それだぜ!」
「全く……」
真は、黄色の押し花を見つめる。
見付け出せば、どうしてこんなものを懸命に探したのか不思議に思った。しかし、失くさないように封筒に戻し、他の手紙と一緒に上着に仕舞う。
見上げると、叢雲が再び石のような姿に戻っている。
「次は一瞬で見付けるさ」
真が礼をするように言った。
結局、真も勝志も、届いた三通の手紙を最後まで読まなかった。その為、森羅を使わなくても知る事ができる、送り手が手紙に込めた、本当の想いを理解していない。
――真、勝志。二人の無事を祈っています。
三人の手紙は、同じ言葉で締め括られていた。