三十話 黄竜山㊃
「この剣の名は叢雲。幽世に既存する神剣じゃ」
「叢雲……!」
真が持ち帰った宝剣を手に取り、超が言った。真は下山中に、剣に何て名前を付けようか考えていたが、そもそも貴重なものなので、元から名前があったようだ。
「本当に貰ってもいいの?」
真はそんな貴重品ゆえ、改めて確認した。
「構わん。叢雲は元々、大和のものじゃ。大事なものを保管するなら幽世が一番。それで黄竜山にサノヲが納めたのじゃ」
「隊長が……?」
「ああ、随分、昔の事じゃが。あやつの手紙に、機会が有ればお主に譲るように記してあった」
超は真に思わぬ事を言った。
「どうして僕に?」
「知らん。新入りに、少しでも生き残る術を与えてやろうとしたのじゃろう。そういう奴じゃ。その防具も実はあやつの指示じゃ」
超が、勝志が手に嵌めている超・破壊を示して言った。
真は、隊長が何度か訓練を視察していた事を思い出した。思ったより隊長は、新入りの自分達を気に掛けてくれていたのかもしれない。
超は、叢雲は錆一つない完璧な状態を保っており「手入れは不用」と真に返した。
最初から超を託すつもりだったのなら、超は何一つ自分のお宝を失わなかった事になる。真は、意外に強かな老人だと思った。
カッカしていなければ、年長らしい貫禄もある超は、暫し歩き、黄竜山へ続く山道の脇にある巨石を見つめた。
「あれが何か……お主らは聞いておるな?」
「……ええ」
真は、フォンからあの巨石の下から感じる、不気味な気配の正体を教えて貰った。鬼ごっこに負けた後のフォンは、物凄く不機嫌だったが、そういう所は律儀だった。
「六幻卿の力は人のそれを超えておる。それに唯一対抗できたのは、サノヲ一人じゃ」
超が言った。
白兎隊現隊長のサノヲは、かつての戦争で死祖幻獣軍の幹部、六幻卿のヒュドラーをこの地で破った。この巨石は、倒されてもなお力を失わないヒュドラーを、華国の仙人八名が、命と引き換え封印に使用したものだった。
「恐るべき魂の頑強さじゃ。しかし、ヒュドラーは長い年月を掛け封印を破ろうとしておる。再び戦争が始まり、更にアスラが華国に来てからは、その兆候が顕著になっておる……!」
サノヲもそれを危惧したのだろう、万が一を考え、愛弟子のガイと十兵衛にヒュドラーの討伐を指示した。
「アスラが万里に直接攻め込めば、間違いなくそれに呼応しヒュドラーは甦る。わしらはこの二重苦を跳ね除ければならぬ」
超は苦い表情をする。皺が増え、一層老けたように見えた。
そんな厳しい戦場を、新入りである真と勝志が生き残るのは、サノヲの読み通り困難を極めるだろう。しかし、真も勝志も、望む所と言うように超の前に出た。
「アスラは僕らが返り討ちにする……! だから安心していいよ」
「爺さんの分まで、おれ達が戦うぜ!」
それを聞いた超は、一瞬、自分が若者嫌いである事を忘れた。
「な、なんじゃ! お主らまで生意気ゆうな! それにわしはまだ引退しておらん! 例えそうでも、お主ら若造に任せておけるかー!」
「無理するなよ、爺さん」
「僕らに追い付くだけで精一杯だったじゃないですか」
超は、勝志、真の減らず口で、アッサリ不機嫌になった。
「なにをー、馬鹿にしとるのか!?」
「ええ……まぁ」
真は、今度こそ超を出し抜くつもりだった。
「おのれ……! サノヲの部下はどいつもこいつも……。ええい、やるか!」
「鬼ごっこですか? いいですよ?」
「じゃあ、おれ達が逃げるぜ! 逃げ切ったらエロ本、譲ってくれよ爺さん!」
真と勝志は、そう言って、怒れる超から逃げ出した。
超は、血相変えて二人を追い掛けたが、寄る年波には勝てず、とうとう取り逃した。