二十七話 黄竜山㊀
華国軍が手痛い打撃を受けた戦闘の翌日、一晩中、砦の見張りに付いていた真と勝志は、休息もそこそこにして、清林寺の道場にやって来ていた。取り急ぎ、やらなければならない事ある。
この部屋の壁には、刀剣が幾つも飾られている。更に、初めてここへ来た日、隣りに武器庫があるのを、真は確認していた。
二人は、誰も道場にいない時を狙い、武器庫に侵入する。目的は当然、窃盗であった。
「何かないかな。振りやすくて、出来れば丈夫なヤツ」
真が、手近な刀剣を手に取り、調べながら言った。
真は、カルキノスとの戦闘で、あろう事か、形見ともいえるバン・ランジの刀、竹光を折られてしまった。予備の打刀は、一緒に大和から来た軍車両にあるのだが、どうせなら、より自分の戦闘スタイルにあう刀を探していた。
「おっ! これはすげーお宝だぜ!」
唐草模様の風呂敷を被った勝志が、宝石が嵌め込まれた剣を手に取って言った。
実は勝志も、持ってきた勇気の剣を初戦の戦闘で紛失していた。その後は武器を使わず、習った武術や、見様見真似の超拳法で難を乗り越えてきた。
持ち前の怪力は、幽世(の場合は空蝉として)でも健在であり、どうにかなってはいたが、相変わらず武器を欲しがった。
「君が使ったらまた壊すだけだよ。君は武道を極めた方がいい」
真は、宝石剣を勝志から取り上げた。
「そうかー……でもコッソリ入って、なにも盗らなのもなー」
勝志が、謎のコソ泥精神を発揮している時、道場に入って来る人の気配を感じた。
「なんじゃ? 誰かおるのか?」
「ちぇっ、爺さんか。行こう、勝志!」
うるさく説教されては面倒なので、真は、手近にあった刀剣を持ち出し、武器庫の窓からとんずらする。
「じゃ、おれはコレを頂くぜ!」
後に続いた勝志は、隅にあった高そうな壺をくすねた。
二人が外に飛び出した直後、慌てて窓際に走って来た超の叫ぶ声が聞こえた。
「こらぁー、きさまらー! わしの宝を返せー!!」
二人は神足で清林寺からおさらばし、フォンと鬼ごっこをした森にやってきた。武器を試すには、ここが丁度いい。
「これがいいかな? まあまあだけど」
真は、盗んだ刀剣を持って幽世入り、しっくりくる物を探した。刀身が厚めの刀を試しに振り回したが、ややリーチが足りない。
一方、盗んだ壺の中を覗き込んでいた勝志は、底に何かを見付けた。
「んっ、なんだコレ? 中に何かあるぜ……」
真が見ると、勝志は壺の中に手を突っ込み、中からお宝……グラビア雑誌を取り出していた。
「おお! エロ本だ、エロ本!」
誰がこんな所に隠したのか、思わぬ収穫に勝志は大喜びだ。
「すげー! こんなにでけーのは他に……あれ!?」
勝志が言い掛けて気付いた。雑誌の表紙を飾る女性はビキニ姿で、緑がかった黒髪に相当な巨乳の持ち主……間違いなく翠だった。
竜胆館では、彼女の和装姿しか見ていないので(と言うより胸ばかり見ていた所為で)雰囲気が違い、パッと見、気が付かなかった。
「翠さんだ。着物の下はこんな風に……。エ、エロいぜ……!」
髪を下ろして、普段は殆ど露出させないカラダを見せる翠は、とんでもなくセクシーだ。胸が大きいのかビキニが小さいのか、巨大なバストが今にも水着から溢れてしまいそうだ。
真はりぼんが、翠には秘密があると言っていたのを思い出した。多分、内緒にしているのだろうが、これだけのモノを持っていれば、売れっ子になるのは容易いだろう。
壺には、他にも何冊かエロ本が隠されていたが、表紙は全て翠で、彼女の写真集もあった。
「ふ、袋とじがあるぜ。真、剣貸してくれ!」
「そんな事に使うなよ……」
「あっ、もう開けられてんのかよ……!」
勝志は、手間が省けたが、先を越された気もした。本の持ち主は、余程楽しみだったのか、かなり雑な破り方をしている。
「はぁはぁ、見付けぞ! わしから逃げられると思ったか!?」
そこへ、二人に追い付いた超が現れた。怒りで顔を真っ赤にし、少しを息を切らしている。
「わしの宝を返さんかー!」
「宝? コレ、爺さんのか?」
勝志が―月間たわわ―という雑誌を翳して言った。
「そ、それは知らん! だ、誰かが壺に入れたんじゃ……。わしの宝は…………その壺じゃ……」
真は、完全に動揺している超の反応から、雑誌の持ち主が直ぐに分かった。同時に、本が全て大和の物であり、今月号もある事から、ガイが超に渡した菓子入れの中身が何だったかにも、今更ながら気付いた。
「本は勝志ので、別に壺に入ってた訳じゃないですけど?」
真が面白がるように嘘を吐く。超がたじろいだ。
「もしかしてファンなんですか? じゃ、よければ本と剣を交換しませんか? 僕たちどうしても武器が必要なんです」
真が不等な取り引きを持ち掛けた。超は青筋がピクピクしていたが、冷静なフリをする。
「うーむ……そんなに武器が欲しいかー。大分価値に差があるが……うーむ」
「待てよ真。本返しちまうのか?」
「大和で買えるだろ」
勝志が文句を言ったが、真は小声でアドバイスした。
「……分かった、仕方がない。そんなに言うならいいじゃろう。交換じゃ」
超は、しぶしぶといった態度を取り繕いながら、取り引きに応じた。「若者の分際で……」とか「きさまらにはまだ早いわ」などと、ブツブツ言っている。
「―じゃが、折角じゃ。もっと良い剣が欲しくはないか?」
「良い剣? どんなの?」
今度は、超が提案してきた。感情を抑えながら本を受け取ろうとしたが、勝志が渡すのを渋るので、ひったくった。
「二つとない宝剣じゃ。きっと気に入る」
「宝剣? どこにあるの?」
真は興味を抱いた。この爺さんは、中々、男児が好む物を所持しているようだ。
超が指を指す。木々の隙間から見える山脈、その中の一番高い山を指している。その山は、青龍地方の外にある、アクアトレイでもっとも高い山だ。
超は真を睨み、試すように言う。
「剣は、あの山にある。黄竜山。その頂じゃ……!」