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四話 待ち人㊁

 (しん)は声の主が何処にいるのか、辺りを見回したが、ウィーグルは森の中の一点を凝視している。やがて、その場所から人や野生の動物より、大柄な生物が現れる。

 幻獣だ。

 麦色の毛に覆われた細長い身体は、イタチによく似た外見をしていた。しかし、前腕の辺りに、ウィーグルの鉤爪にも負けない、鋭い鎌のようなものが生えており、普通の生き物ではないのは明らかだ。

 真は、これ程大きな生き物が、音もなく森から近付いてきた事に驚くと同時に、そもそも翼のない幻獣が、どうやってこの島まで来たのか不思議に思った。


 「グリムか。……しつこいな」


 ウィーグルは立ち上がると、冷たく言った。


 「ウィーグル・アルタイル。オマエ何故、オレ達の同盟に加わらない? それどころかニンゲン共の島にいるとは、一体どういう事だ?」


 グリムと言われた幻獣が言った。ウィーグルと同じように口を動かさずに話すが、キーキー甲高い不快な声をしている。


 「この島にいるのはたまたまだ。お前に用はない、それともラウインの命令で来たのか?」


 「ラウインは間もなく中央(カーネル)へ来る。だが、その前にオレがもう一度、答えを聞く」


 「答えは変わらない。ラウインに伝えろ。戦争をして何の意味があると、今ある平穏を乱す必要はない……!」


 「戦争をする意味はある。ニンゲンは今でもオレ達を排除したがっている。神が現れるまで、オレ達は執拗に命を狙われた。その時の恨み、今度こそ晴らす!」


 幻獣が語気を荒げると、真の背筋がザワ付いた。

 真は二体のやり取りを聞きながら、内容を理解しようとした。


 「私は愚かな行為に付き合うつもりはない……!」


 ウィーグルが険しい表情になって言う。それに対し、グリムは丸みのある顔の額を、皺くちゃに歪ませた。


 「……オマエはまさか、ニンゲンの側に付くつもりではないな?」


 「そのつもりはない」


 「どうかな? オマエはオレ達の行動をニンゲンに伝える為に、ここへ先回りしたのではないのか?」


 一瞬、沈黙が流れた。

 しかし、直ぐにグリムが、ずっと存在をスルーしていた、真の方を見た。


 「オレ達の行動を知るニンゲンがいては困る……!」


 真の横で、ウィーグルが鮮やかな羽根が混じる両翼を素早く広げた。それと同時に、グリムが猛然とこちらに突っ込んで来る。予備動作がなく、真には全く反応出来なかった。

 鋭い鎌が真に振られる。しかし、ウィーグルが真に体当たりするように体を当て、その背に腹這いに乗せると、こちらも凄まじい加速力で宙へ飛び上った。


 「……っ!?」


 一瞬の出来事に、真は文字通り地に足が着かない感覚だった。その間に、真を乗せたウィーグルは滑空し、暗い森の中へ飛び込む。平静を取り戻した真は、ウィーグルの背にしっかりと乗り直した。

 ウィーグルは、光が届かない森の中にも関わらず、木々の位置を把握できるのか、枝や幹の間を縫うように高速で飛んだ。真は振り落とされないように、しっかりと掴まるが、翼を殆ど羽ばたかせずに飛ぶウィーグルの背は、思いの外、安定感があった。それどころか、これだけ速く飛んでいるにも関わらず、風の抵抗を不思議と感じない。

 

 ――先にウィーグルに乗った事を知ったら、勝志は悔しがるかな?


 少し余裕ができた真は、そんな事を考えた。

 しかし、背後を確認した途端、その余裕は消し飛んだ。四本足で疾走するグリムが、高速で飛ぶウィーグルに迫っていた。


 「速いっ……!」


 真の目には、幻獣が殆ど地面を蹴っていないように見えた。


 「逃がさん、ウィーグル・アルタイル! ニンゲンに接触を図るならオマエは裏切り者だ! 不利益を齎す前にオレが始末する!」


 グリムが、鋭い鎌が生えた前足を一閃すると、驚くべき事に、幻獣の前方にあった大木が切断された。それだけではなく、ウィーグルが飛んでいる直ぐ横までの、十数メートル間にあった木々も、次々に切断された。

 

 「!!?」


 真が、その不可解な現象を理解できないまま、ウィーグルが急降下した。先程まで真の体があった空間を、何かが駆け抜けていき、その先にあった枝が切断された。グリムが再び、鎌を一閃したのだ。

 降下したウィーグルが、地面すれすれを滑空する。生い茂る草木もあり、真はグリムを見失った。しかし、不快な声が、背後から迫るの幻獣の存在を知らせる。

 

 「オレはニンゲンに復讐を遂げる! どこまでも追い詰めてな!!」


 突然、ウィーグルが反転し、真を背から振り落とした。真は、先程まで感じなかった風の抵抗を、強烈に感じたのも束の間、頭から水の中に落ちる。


 「ぶはっ……!」


 真は、直ぐに水面から顔を出した。どうやら森の中にある池に落とされたようだ。

 反転したウィーグルが、追い掛けてくるグリムの方へ取って返している。二体の幻獣の間にあった茂みが切断され、迫るグリムの姿が見えた。

 真は危機的状況になって、茂みを切断したグリムの鎌から、ウィーグルに向かって、弓形の光が飛んで行くのが見えた。鎌鼬だ。

 目を疑う光景だった。しかし、それを描くのは、グリムだけでなかった。

 ウィーグルが大きく翼を広げると、普段は開かない嘴を大きく開け、そこから凄まじい旋風を放った。

 棚引く竜巻のような攻撃は、鎌鼬を弾き飛ばし、襲い掛かるグリムの身体すら吹き飛ばした。


 「ぐあっ……!」


 旋風に煽られ空中に舞ったグリムは、付近の大木に激突し、地面にクシャリと落ちた。

 真は、目の前で起こった出来事が、とても現実だとは思えなかった。

 ウィーグルが池の辺りに着地する。


 「くそっ……アルタイル……! ラウインはオマエを許さないぞ……!」


 ヨロヨロと立ち上がったグリムは、より一層、顔を歪ませキーキー言った。

 

 「私も、再び戦端を開こうとするお前に失望した。……そう伝えておけ……!」


 「ぐうぅ……」


 ウィーグルの言葉に、グリムはまだ何か言いたげだったが、やがて踵を返し、森から海へ出る方角へ去った。

 真は、その後、漸く岸に辿り着き、ウィーグルから少し離れた辺りに上がった。


 「君達は一体……」


 未だ事態が飲み込めず、混乱している真だったが、未知の力を見せたウィーグルの方は、普段の穏やかな表情に戻っていた。


 「!?」


 真が質問をしようとした時、何者かが草木を掻き分けて、此方へ向かってくる音がした。気配を感じ取れた事で、真は、それが幻獣のものではないと分かった。

 予想通り、森から池の辺りに数人の男が現れる。迷彩服を着た軍人だった。全員ライフル銃を持っており、銃口をウィーグルに向けている。

 しかし、ウィーグルは、自分を狙う軍人達には気にも留めず、後からやって来た一人の男を見て言った。


 「漸く来たか……!」

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