二十五話 鬼のお面㊁
死祖幻獣軍からの訪問者は、小柄な体格に纏った灰色のフード付きローブを靡かせながら、本堂の中に入って来た。
「これはこれは……」
ヴリトラは恭しく迎える。……というより、予想外の相手に驚いている様子だ。その場にいる他の幻獣達も、同様の反応を示した。
それも当然だろう。訪問者の正体は―
「ニンゲン……!」
カルキノスが、初めてヒトを見たような、訝しげな目をして言った。
しかしどんなに目を凝らしても、目の前の者は紛れもなくニンゲンだ。それも、十一、ニくらいの歳の少年に思えた。
驚愕してる幻獣達に構わず、少年は顔を覆っていたフードを取った。すると、この少年が益々、奇怪である事が分かる。
フードを取っても、少年の素顔は見えない。何故なら、少年は鬼を模したお面を被っていたからだ。ふざけているのか、威圧感を出す為なのかは不明だが、小柄な体に不気味なお面は、明らかに不釣り合いだった。
そんな少年だが、髪の色と、裾が破けた見窄らしい灰色の服から覗く肌は、死人のように白く、お面を別としても、ややヒトらしさから遺脱していた。唯一、お面越しに見える瞳だけが赤く輝いていて、それが不気味な見た目とは別の空気を醸し出している。
ヴリトラは、この予想外の訪問者を値踏みした。一方、殆どの幻獣は、ヒトの外見など気にしない。アスラの幻獣達は、自分達のアジトにニンゲンが入ってきた事で、殺気立った。
「テメェが神だとォ!?」
「殺されてェーのか!?」
少年は、そんな彼らの前を構わず歩き出した。敵対する意志が無い事を示すかのように、両手を肩の辺りまで上げている。
しかし、ヴリトラは直ぐ異変に気付いた。自分の配下の幻獣は、ヒトがそんな事をした所でお構いなく襲い掛かる。しかし、彼らは血走った目で少年の姿を追うだけで、手を出そうとしない。
――ホウ。やるな……!
道連れだ。それも、余りにも強力。
接触していない幻獣数体を、自分の神足で制御している。幽世に入っている者に道連れ使うのは、並大抵な事では無い。
少年は、何事も無く、悠々とヴリトラの前までやって来た。
「初めまして。アスラの君主、ヴリトラ・ラサルハグェ。ぼくはネス。ネス・ポーラスター」
鬼のお面の少年が挨拶した。見た目通り、若い声だ。
「ようこそ、ネス。我が陣営へ。……と言う事はキミが新たな神? ……になるのかな?」
ヴリトラは頬杖を突き、子供を相手にするように話した。
「ああ。だけど、指導者と名乗らせて貰っているよ」
ネスが感情なく言った。
ヴリトラは、先程の力から、このニンゲンの子供がラウインの協力を得て、死祖幻獣軍を召集したのは間違いないと判断した。しかし、ニンゲンでありながら幻獣側に付いて戦争をするのは、明らかに裏がある。
「それで、指導者殿。要件は何かな?」
「無論、勧誘だよ。再び死祖幻獣軍にアスラの……きみの力を貸して欲しい。輿地の統治の為にね」
「我々の力? 死祖幻獣軍目的は人類の滅亡だ。ヒトであるキミがそれを成すのか? 他でも無い神に代わって?」
ヴリトラは疑念を直接ぶつけた。
「ヒトが全てヒトであるとは限らないよ。幻獣も……。より強い者が六幻卿を名乗るように」
ネスは指を六本広げて、ヴリトラを指す。変わった事に、このニンゲンは片手だけで六の数を示せた。
「結局、この世に審判を下す存在は、ヒトでも幻獣でもない。それを超越した存在なのさ」
「なるほど……キミはその存在に成り得たと言うのか? ネス」
ヴリトラが聞く。子供を相手にする声音が消えている。
「その権利を獲得したと考えている。ぼくはプロヴィデンスを倒し、人類の王となる。そして、空席の神座を目指す」
少年は、相変わらず感情の無い声で話した。しかし、その内容は恐ろしく野心的だ。
「ヒトと幻獣。その中からより理を知り、この世の真理に近付いた者が新たなる神と成り世界を統べる。幻獣戦争はその為の舞台だ」
鬼の子が赤い瞳でヴリトラを見る。
その瞳が、ヴリトラの中の野心を焚き付けているかのようだった。
「六幻卿の席は空けてある。君の参加を待っているよ。ヴリトラ……!」