二十四話 鬼のお面㊀
万里の夜は静寂に包まれている。幻獣軍アスラが動く気配はない。
十兵衛が見張りを続けていると、ガイが砦に戻ってきた。
「フォンの様子はどうだ?」
十兵衛が静かに訪ねた。十兵衛も、初めて万里に来た日から、フォンとは知り合いだ。彼女の容態が気にならない訳ではない。
「峠とやらは過ぎたんじゃねぇか」
ガイは、そう答え、十兵衛とは少し離れた場所に座った。
暫しの静寂の後、十兵衛は、視線だけをガイに向ける。
「フォンが死んだら、貴様はあの時の決着を付けるつもりだったのか?」
十兵衛が聞いた。半ば、それを覚悟していたような言い方だ。
「……どうだろうな? 隊長がいたら許可が出ねぇだろうし」
ガイが言った。今は争っている時では無いと、二人は百も承知だ。しかし、感情的になりやすい自分が、いざそうなった時、どういう行動をするのかはガイにも分からない。フォンが持ち堪えてくれたのは、二人にとって不幸中の幸いだった。
再び沈黙が流れ、今度はガイが聞いた。
「隊長は……ずっとオレ達に自由にやらせてくれた……何もかも。でも、今はそれがままならねぇ……何でか分かるか?」
「弱いからだ……俺も貴様も……!」
十兵衛が即答した。
「強ければ、己の意志を貫き通せる。犠牲など出さず、幻獣を倒せる……!」
そう言って十兵衛が、ガイの方を向いた。
「ああ。だからテメェとの決着は、また先延ばしだ。隊長はオレ達に華国を任せたんだ。これ以上、アスラの好きにはさせねぇ!」
反発し合う二人は、漸く踏ん切りを付けた。
「……フンッ。やはり若者には任せておけん」
二人が振り返ると、清林組の師範、超が近くまで来ていた。
「爺さん。寝てる時間じゃねぇのか?」
「馬鹿言え。可愛い弟子達が傷付いておるのじゃ。わしが骨を折らんでどうする」
年齢の事もあり、前線から退いている超が、砦の見張りに立つのは珍しい。ガイは、超を揶揄いながらも十兵衛、共々、少しバツが悪そうな顔をした。
「清林組の事は気にするな。お主らはやるべき事を成せばよい。……他に期待などしておらん!」
超は何時ものように、鼻を鳴らして言った。
「サノヲからの書状はお前達も確認したな」
「ああ」
ガイと十兵衛が答えた。書状には、サノヲが二人に託した任務の内容が書かれてあった。
「アスラは必ず万里へ来る。その時が勝負の分かれ目。アレの封印が解かれれば万里は終わる……。その時、誰が六幻卿止めるのじゃ?」
超が期待などしていない筈の若者に訪ねた。
「分かってるよ、爺さん。なぁ、十兵衛!」
「ああ。必ず俺達が成し遂げる……!」
ガイと十兵衛は、決意の眼差しを、砦の外にある森の、その先へと向けた。
サノヲの書状には、反発し合い、競い合って強くなった二人に、協力を求める文があった。
二人は何を捨てても、自分達を育ててくれたサノヲの期待に応える事を誓った。
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青龍地方の外れにある古びた御堂には、ここを根城にするアスラの軍勢が集っている。
勝手気ままに行動することが多いアスラの幻獣達だが、今は、全軍が敷地内に集結していて、本堂にはカルキノス、ミーゴ、アラクネーといった幹部格の姿もあった。
「さて、どう対応して差し上げるか? てっきりラウイン辺りが来ると予想していたのだが……」
蓮の玉座にとぐろを巻いて座るアスラの君主ヴリトラは、死祖幻獣軍からの訪問者を待っていた。手を顎に当てて思案しているその姿は、どこか盤上ゲームで次の手を考えているプレイヤーのようだ。
使者の話では、これより死祖幻獣軍の玉座に座る者、即ち、神の地位にある者、御自らが交渉に訪れるらしい。
ヴリトラは、その者が何者かを知らない。しかし、ラウインを初め、多くの幻獣を従わせている強者なのは確かだ。無下に追い返すのも、適当に遇らう訳にもいかないだろう。
――連中を隠れ蓑にしつつ、ワタシはワタシの計画を遂行するつもりだったが―……。
ヴリトラは、少し迷惑だとも思っていたが「得意なゲームの対戦相手を心待ちにしている」といったような期待感があった。
やがて、神の地位にある者は、敷地内に降り立ち、打ち壊された本堂の入り口にその姿を見せた。