二十三話 ガイと十兵衛㊃
サノヲは、葉を散らした山桜の木の枝に再び腰掛け、左右にガイと十兵衛をチョンと座らせた。二人共、ヘトヘトだった癖に、決闘を中断させられ不満顔だ。猫のイケ丸が、一段高い枝から両目を光らせ、三人を見下ろす。
未だ睨み合う二人を見て、サノヲは微笑し、諭すように言った。
「ガイ。十兵衛のように真面目に鍛錬を積めば、お前の方が強くなるかもしれない。十兵衛。ガイから学ぶものは多いだろう。実戦に出れば、お前の方が強くなるかもしれない」
二人には大きな才能が眠っている。隊長となったサノヲの役目は、その才能を呼び起こす事だ。
「再び、幻獣戦争が始まる日の為に、お前達には強くなって貰わなければならない。それは、隊の為でも誰かを守る為でもなく、お前達が生き残る為だ」
サノヲはそう言って、二人の顔を交互に見た。
少年達は、言われた事が理解出来たのか曖昧だったが、戦場に向かう事を定められた子供に、サノヲは多くを求めるつもりはなかった。
「俺は暫く世界を旅したが、戦争は終わってなどいない。幻獣達は全面戦争を仕掛けないだけで、散発的な戦いは発生している」
今、世界各国は幽玄者の獲得に躍起になっている。自分達が再び矢面に立たされてる日は、そう遠くないだろう。
「彼らは身を隠し、時機を伺っているだけだ。そして、巨大な力を持つ幻獣は、次の指導者の座を狙っている」
サノヲは、少し深刻な表情をする。残された自分達に課せられているものは、想像以上に大きな仕事だ。
「お前達が頼りだ。今は力を合わせて備える時、決闘の続きは……」
気付くと、何時の間にかガイと十兵衛は眠りに落ちていた。
サノヲは、そんな二人を見て、それで良いと微笑んだ。
その後、ガイと十兵衛は、反りが合わないながらもそれなりに互いを認め、切磋琢磨する関係になった。そんな二人をサノヲは、下手に仲良くはさせず、競い合わせ、あるがままに育てた。
そして、山桜の花が咲く頃には、二人は一端の隊士になっていた。
「はぁっ! やあ!」
「いいぞ、十兵衛! いい剣捌きだ」
小太刀を握るサノヲを相手に、真剣を授かった十兵衛が神足の剣撃を見せている。太刀筋はサノヲを捉えており正確だ。
「どけっ、十兵衛!」
そこへ、上空からガイが割り込み、同じく真剣を叩き付けた。サノヲが小太刀で刀を防ぐと、何と足元の地面に亀裂が入る。
「おお! ガイ、いいパワーだ」
再びサノヲが褒める。もっとも、成長した二人に対し、彼の軽さは変わっていない。呆気なく自分達の攻撃を防ぐサノヲに、ややムキになった十兵衛が、ガイごと斬ろうと刀を振るう。
サノヲは、素早くガイの刀を防いだまま小太刀を振り、三本の刀を束ねるように十兵衛の刀を受ける。そうして、爽やかに微笑んだ後、自分の小太刀を引き抜き、ガイと十兵衛の刀だけを鍔迫り合いの格好で残した。
「きさまこそ邪魔だ!」
「なんだよ、ヘタクソが!」
「はっはっはっ。どうした、二人共。相手はこっちだぞ!」
涼しい顔で二人をいなしたサノヲを前に、今日も二人の喧嘩が始まる。
「ならば、きさまを先に始末する!」
「やってみろ!」
中身はまだまだ未熟な少年。二人は刀を振り回しながら、結局、追いかけっこを始めた。サノヲは、それを愉快そうに見送る。
そこへ、三人にお昼を持ってきた翠が、胸を弾ませながら、なだらかな斜面を通って沢へ下りて来た。
「十兵衛、ガイ。今日はサンドイッチを作りましたよ」
それを見たガイが、あっという間に翠からバスケットをひったくった。
「待て!」
きょとんとしている翠を他所に、十兵衛が逃げるガイを狙い刀を振った。それが翠を掠め、着物の帯を斬ってしまう。
「きゃあっ! じゅ、十兵衛!」
はらりと着物がはだけ露わになったカラダを、慌てて翠は隠した。そんな姉に構わず、十兵衛はガイを追い掛けて行く。
「やあ、翠。ガイ、十兵衛、休憩だぞ!」
サノヲが現れそう言った時には、翠は着物を押さえながら、脱兎の如く館へと戻って行った。
次の春。白兎隊には新たな隊士が入隊した。ガイと十兵衛は、しばしばサノヲの幻獣討伐に同行するようになる。
年を追う毎に隊士が増え、女中が雇われ、誰かが子猫を拾ってきて、竜胆館は徐々に活気を取り戻していった。
やがてガイと十兵衛が、こっそり競っていた副長の座に、バン・ランジが任命される頃には、二人は白兎隊の主力へと成長していた。
益々、胸が大きくなった翠は、館の女将ともいえる立場になり、ガイは、華国の訓練で出会った少女と、特別な関係になった。そして、十兵衛は、父に劣らぬ立派な隊士になる。
それでも、変わらずライバルの二人は、幼き日の決闘の続きを、今もどこかで望んでいた。




