二十二話 ガイと十兵衛㊂
竜胆館に隣接する沢は、夜になると月明かりが綺麗に差し込み、流れる小川が輝いていた。ずっとここに住んでいる十兵衛だが、夜間外出する事は稀な為、彼には新鮮味がある光景だ。
しかし、十兵衛とは逆に、そんな場所に毎晩訪れている者がいる。その人物は、今日も沢の斜面に生えた木の枝に腰掛け、夜空を見上げていた。
「おい、刺青。降りて来い。おれとケットウをしろ!」
十兵衛はガイを見付けるなり言った。刀を二本携えて来ている。
「てめぇがおれと? ははっ、やめとけ坊ちゃん。怪我するぜ!」
昼間、一緒に訓練をしていても言葉を交わさないガイが、生意気な表情で言った。
「白兎隊はコウショウな組織だ。おれの父上とその仲間が、ここで修行を積み、命を懸けて戦地へ向かった。きさまのような奴は隊士に相応しくない。おれが勝ったら、故郷に帰ってもらう!」
十兵衛はそう言って、刀の一本をガイに差し出す。刀は、どちらも蔵にあったナマクラだが、幽玄者が使えば十分な武器になる。
「真剣勝負だ。取れ! それとも大事にしている銃を使うか?」
十兵衛が言った。ガイは隊長に連れて来られた際、唯一、リボルバー銃のみを所持していて、それを手放す事をしなかった。
「いや……いいぜ。真っ向勝負で相手してやる!」
ガイが高い木から飛び降り、十兵衛から刀を受け取った。負ける気は微塵もない、と言った感じだ。
夜の沢は、小川のせせらぎが聞こえるだけの静かな空間だ。そこで、幼い二人の隊士は互いに距離を取ると、一丁前に決闘を開始した。
幽玄者同士だけあって、戦いは子供とは思えない激しいものとなった。二人は月明かりだけが頼りの中、沢の斜面を平気で駆け抜け、木や岩を簡単に斬り裂く斬撃を放つ。
しかし、残念な事に、訓練を始めたばかりの少年達の動きは、まるで洗練されていなかった。
「くらえ、一の太刀!」
「おらおら、待て!」
一方が勢い良く飛び掛かれば、一方が大きく躱す。互いにピョンピョンピョンピョンする動きを繰り返した。太刀筋もろくに相手を捉えられず、余計な物を斬った刀は、あっという間に刃溢れを起こした。
それでも毎日剣術を磨いてきた十兵衛が、徐々にガイを守勢に回し始めた。
「刺青! きさまの剣術はめちゃくちゃだ。刀を使い熟せてこそ、ホンモノの白兎隊士だ!」
「知るかよ。幽世の力がツエー方がツエーんだ!」
受け止めた十兵衛の刀をガイが弾き返す。
どうやらパワーはガイが勝っている。十兵衛は太刀筋の多さで相手の攻めを封じ続けた。
総合的な二人の実力は、拮抗していた。沢をひたすらに駆け回った二人は、何時の間にか竜胆館から離れ、山桜が自生する森まで来ていた。
このままケリがつかず、決闘は朝まで続くものかと思われた。
しかし、一時間も経たない内にガイも十兵衛も疲れ果ててしまった。加えて、二人は相手より先に、眠気に勝てなくなる。
「や、やるじゃねぇか……! 素振りをしている才能しかねぇかと思ったぜ……」
「きさまも…………我流とはいえ……中々やるな……!」
生意気な口を叩き合う二人だが、既に足元がふら付いている。やがて、木の根に足を取られて二人は転倒した。
「くそ……」
「まだまだ……」
起き上がろうと頑張る少年達。
しかし、幽世を出てしまえば、所詮は七歳の子供である。転倒のダメージは真面目に痛く、ナマクラ刀では邪魔な木の根も斬れない。何より暗闇で、ここがどこかも分からなかった。
「……」
夜の世界は、再び静寂に包まれる。
そこへ、パチパチパチと二人の健闘を讃えるように拍手の音が響いた。
「いい勝負だった。決着は持ち越し! 布団がお前達を待ち侘びているぞ」
寝巻きの着物姿のサノヲが、目を光らせたイケ丸と共に、山桜の枝に腰掛けている。まるで、最初からそこに居たかのようだった。
「たいちょぅ……!」
泥の付いた顔で此方を見上げた二人の側に、サノヲは柔らかく降り立つ。そして、二人を抱え上げると、軽々、枝へと舞い戻った。




