二十一話 ガイと十兵衛㊁
白兎隊の新隊長、サノヲ・タケルが、若き隊士達の訓練を始めて数日が経った。
「おはようございます。隊長」
早朝、かつての隊長、源八兵衛の遺児十兵衛が、サノヲに挨拶をした。
着物に袴姿の十兵衛は、姉の翠同様、年齢にしてはしっかりしていた。既に腕も確かで、若干、七歳にして、竜胆館に入った泥棒を捕えたり、姉を狙った痴漢を返り討ちにしている。しかし、しっかりし過ぎて、逆に生意気さを感じさせる子供だった。
十兵衛は、幼い頃から幽世の才が認められていたが、父を始めとした師を失い、サノヲの帰りを待っていた。感情を余り表に出さない子だったが、竹刀の振り回しっぷりから、稽古が始まるのを相当、楽しみにしていた様子だ。
「おはよう、十兵衛。今日も早いな」
「……あれは、どうしました?」
「あれ? ……ああ、ガイの事か? まだ、起きてこないな、あれは」
ふんふん素振りをする十兵衛は、同い年のガイを強く意識しているようだが、サノヲはそれを微笑ましく見ていた。一方、ニワトリより早起きで、サノヲが参るほどの十兵衛とは逆に、ガイには寝坊癖があった。
「隊士たるもの、規則正しく行動するべきです」
十兵衛は不真面目な新入りが気に入らない様子だ。
「ははっ、そうかもしれないが、お父上はそこまで厳しくなかったぞ? 私もよく見逃して貰ったものだ」
サノヲが欠伸を噛み殺しながら言った。
「……」
「十兵衛。ガイとはこれから共に訓練を積み、戦場を駆ける事になる。仲良くしろよ」
サノヲは、そう気軽に言ったが、十兵衛は不服そうな表情を変えなかった。
問題のガイは、その内ふらりとやってきて訓練に加わった。真面目に隊長の指示に従い、幽世の六道を磨く十兵衛に対し、ガイは気怠そうに訓練を受ける。
十兵衛が特に気に入らなかったのが、いい加減に修行するガイが、意外と高いポテンシャルを発揮する事だった。
今まで、どんな環境に居たのかは知らないが、ガイは生きる上で幽世の力を使ったり、どこぞで訓練を積む機会があったのかもしれない。
「―姉上、あいつは一体、何なんですか?」
竜胆館の居間で、十兵衛が珍しく姉に不満を漏らしている。待望の修行が始まったのに、余計なツレが入ってきたのだから分からなくもないが、十兵衛の不満は別にあるようだ。
「隊に相応しいジンザイとは思えません。姉上も負担なっているのでは?」
学校帰りの翠は、セーラー服姿だ。規格外の胸に布が引っ張られ、おへそが覗いてしまっている。
翠は、学業と家事、仕事を熟しながらも、大和の生活が合わないガイに、わざわざ洋服を用意したり、食事の工夫をしていて忙しそうだった。甲斐甲斐しく面倒を見るのが気に入らない訳ではないが、多忙な姉を十兵衛は気遣った。
「いいえ。私は寧ろ……人が増えて毎日、充実しています」
翠は嬉しそうに言った。
サノヲが帰って来てから、翠は、寂しく二人で生活していた頃より、笑顔を見せる事が増えていた。
「十兵衛。世の中には色々な人がいるんです。あなたの周りは今まで年上の人ばかりだったから……。十兵衛も学校に通ったらどう?」
「おれは結構です。修行に専念したいんです。アイツに負ける訳にはいきませんから……。それに―」
十兵衛は、幼いながらも強い意志を感じさせる瞳で、翠を見た。
「隊士になった以上、父上や母上に恥じない実力を付けなくてはいけません……!」
己に言い聞かせるように、十兵衛はそう言った。
翠は「素晴らしい志です」と弟を讃えてあげた。
十兵衛は、かつての白兎隊の姿を間近で見てきた。サノヲの言うように、決して規律重視のお堅い組織ではなかったが、偉大な人物が沢山おり、彼らを尊敬していた。
亡くなった彼らの意志を、自分が受け継がなくてはならない。十兵衛はそう思っていた。
その夜、普段は規則正しい生活を送る十兵衛だったが、布団には入らず館を抜け出し、昼間修行に使う沢へと下りた。




