十九話 ミーゴの策㊃
真が砦に戻ると、白兎隊の間に緊迫した空気が流れていた。蝋梅村から戻ったガイと十兵衛が、険悪な様子で睨み合っている。
二人は、急いで村から戻っては来たものの、結局、戦闘には間に合わなかった。
「テメェの所為だぞ十兵衛? テメェが雑魚二匹に誘き寄せらたから起きた被害だ!」
「誘き寄せられたのは貴様だ。村が攻撃された以上、誰かが迎撃に出る必要があった。つまり、俺一人で十分だった」
「それは結果論だろうが!」
二人が言い争いになる事は多い。しかし、今回ばかりはお互いに刀を抜きかねない程に、加熱していた。
真は、事態を見守る隊士達に加わる。ベンが「お、おう。怪我は大丈夫か?」と小さく言ったが、りぼんはばつが悪そうにしていて、勝志は黙って成り行きを見ていた。
今回の戦闘の被害は、敵の陽動に、二人が誘導されてしまった結果でもあった。
蝋梅村を襲撃した二体の幻獣は、戦力に乏しい囮だった。それに対して、首都から離れた村へ白兎隊が向かってしまった為、戦力が分散し、隙を突かれたのだ。結果、避難民、軍に甚大な被害が出て、清林組の半数が死傷した。
最終的に救援に間に合った白兎隊に、皆は感謝していたが、ピンチを招いたのも自分達である。更に、主戦力であるガイと十兵衛を欠き、あのまま戦闘が続いていたら、どうなっていたか分からない。
「まるで村人を助ける為に行動した、みてぇな口利くじゃねぇか? テメェは手柄を立てたかっただけだ! 人命なんざ二の次だった筈だ!」
「貴様は違うとでも? そもそも俺達の優先事項は、幻獣を始末する事だ。でなければ戦いが終わらない!」
ガイが指摘したが、十兵衛は開き直った。
「罠に掛かったヤツが偉そうに……。だったら敵の数が分かるまで村人なんざ見殺しにすれば良かっただろ? そうすりゃもっと多くの幻獣を殺せた!」
「貴様は美風がやられたから頭にキテるだけだ。他人を見殺しにできるなら、そこも割り切って貰おう。でなければ同じ轍を踏みかねない……!」
「黙れよ、人でなしが!」
遂にガイが十兵衛に掴み掛かり、十兵衛も応戦するように掴み返した。
「よせっ! お前達を追って隊を動かした僕の判断ミスだ……。うわっ!」
隼人が二人を止めようと割って入ろうとしたが、逆に突き飛ばされてしまった。
「だ、大丈夫ですか」
メガネが割れ、尻餅をついた隼人に、空気に耐えかねていたりぼんが駆け寄った。
一番責任を感じているのは部隊長であると気付いたガイと十兵衛は、お互を突き飛ばすように離れる。掴み合った所為か、ガイが首から下げているアクセサリーと、十兵衛の手首の数珠が千切れ、バラバラと石畳みに散らばった。
「いい加減にしな! 清林組は負傷者を出してる。万全な私らが代わりに守備に就くよ!」
見兼ねたアヤメが指示を出し、隊士達は砦の守備位置に散っていく。
ガイと十兵衛は、まだ睨み合っていたが、やがて視線を外して、それぞれ反対方向へと去った。
夜。砦の縁に座った十兵衛が、抜刀した仕込み、太刀魚を眺めている。鋭い刃は、真っ直ぐな持ち主の心を表しているようだ。
規則正しい生活を送る十兵衛が、月明かりの下でもの思うのは何時以来だろうか。刀も、夜空に浮かぶ月の光を反射し、何時とは違う輝きを見せた。
ガイは病室の隅で、未だ毒に侵されているフォンを見守っている。
毒による苦痛は、止むどころか増し続けているようで、負けん気の強いフォンが耐えかね悲鳴を上げている。目に涙を溜め、体に大粒の汗を掻き、拘束ベルトを千切らんと捥き苦む。もしベルトが無ければ、のたうち回って周りの物を壊し、手に負えなくなる所だ。しかし、本人にとっては暴れて気を紛らわす事も許されず、苦痛と向き合うしかない。
軍医達が鎮痛剤を投与したが、効果は見られなかった。彼らは、後々もこの毒の被害者が出る事を考慮し、血液を採取、症状を記録している。
ガイと十兵衛は、周りの人間の事など意に返さず、自分達の好きに戦ってきた。正直に言えば、教養がない自分達は、幻獣と戦う事意外の能力はなく、それが出来なければ存在価値がないと考えている。
かつて、白兎隊は幻獣戦争の矢面に立ち、サノヲ・タケル一人を残して、全滅した。やがてサノヲは今の白兎隊を再興させるが、その時、彼と共に最初の隊士となったのが、ガイと十兵衛であった。
二人の男の強いライバル意識は、その時から始まっている―