十八話 ミーゴの策㊂
「オイ、ミーゴ。どうゆうつもりだ? 折角、テメェで講じた策だろう? このまま白黒付けても良かったんじゃねぇか?」
カルキノス達アスラ軍は、近隣の山に集結した。追撃を警戒しての事であったが、痛手を被ったニンゲン側に攻めて来る様子はない。
「オレは幽玄者を二人殺した。アラも一人殺っただろう」
血に濡れた鋏を見せて、カルキノスが自慢した。
ミーゴの立てた作戦は、囮の幻獣で何時ものように小さな集落を攻撃し、幽玄者にそちらを対処させている間、主力部隊で避難民の隊列を襲撃する事だった。
首都を攻めるには守りが硬く、地方の町村を襲っても敵戦力の要である幽玄者には打撃を与えられない。その為、避難民の列は格好の標的だった。
作戦は成功。幽玄者が分断されている間に、敵に大きな損害を与え、味方の被害は軽微で済んだ。
しかし―
「死祖幻獣軍から使者が来るらしい」
「何、死祖幻獣軍から!?」
ミーゴの言葉にカルキノスが目の色を変える。
幻獣最大の連合軍、死祖幻獣軍。アスラの君主ヴリトラは、同盟に参加していないが、あちらからコンタクトを取ってきたようだ。
「ヴリトラ様はいよいよ傘下に入られるのか?」
死祖幻獣軍もアスラも、同じ幻獣の勢力である。カルキノスはどっちでもいい考えているが、プライドの高い自分達の君主が、簡単に傘下に下るとは思えなかった。
「……まさか、ことを構えるのか?」
それはそれで面白いと言うように、カルキノスが言った。
ミーゴは質問には答えない。
「兎に角戻るぞ。使者が何を伝えるのか、お前も興味があるだろう?」
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幻獣の襲撃にあった避難民の列は、護衛の清林組と軍、民間人、問わず犠牲者を出し、悲惨な状態で万里に辿り着く。
真は、砦まで彼らを護衛した。運良く撤退したアスラは、再度の攻撃に出る気配はない。真は、傷の手当てを受ける為、砦近くにある野戦病院を訪れた。
治療を受けた後、先にここへ運ばれたフォンの容態が気になり、真は彼女がいる病室に足を運んだ。
部屋には、軍医と看護師の他に、清林組の孫とファーが訪れていた。
「どうしてこんなことに?」
フォンの様子をベッド脇で伺っているファーが、心配そうに軍医に尋ねている。
真がベッドに横たわるフォンを見ると、運ばれて行った時と同じく、真っ赤な顔で全身に汗を掻き、唸っている。肩口の怪我の治療は済んでいるようだったが、それよりも、まるで彼女が危険な生物であるかのように、幾つものベルトでベッドに拘束されているのが目を引いた。
「唯の毒は幽玄者には効かないが……」
「はい。解毒剤も打ちましたが、効果が見られず……医者の手には追えません」
自らも戦闘で負傷し、腕を吊っている孫に、軍医が言った。
どうやらフォンは、蜘蛛幻獣にやられた際、傷口から毒(業)を盛られ、熱と痛みが引かないらしい。苦痛は相当らしく、暴れると治療どころではない為、止むを得ず拘束しているようだ。
「業を受けたのなら空蝉で無力化するしかない……。フォン! 自分の魂が擦り切れる前に跳ね除けるのだ!」
痛みで苦しむフォンに、孫が言った。
真は、アマリ島から脱出した日、ラウイン・レグルスから受けた傷が、何時までも治らなかった事を思い出した。あれは業でも何でもない攻撃だったが、抵抗出来る力が当時の真には無かった為、事象が何時まで残った。幽世で起こる事象には、呪いのような力がある。
「体の方は此方で何とかします。……後は彼女次第です」
「フォンちゃん頑張って……!」
軍医が言い、看護師に点滴を指示する。一番近くで彼女を見守るファーが、拘束されて動かせないフォンの手を優しく握った。
フォンは「あたしはだいじょぶ……」と何時ものように気丈に振る舞おうとしたが、直ぐに顔をしかめ、苦しそうな声を上げた。