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三話 待ち人㊀

 アクアトレイの夜空には、満天の星々と、神秘的な輝きを放つ、五つの月が浮かぶ。それらが夜道を煌々と照らしてくれるが、鬱蒼とした森の中には光は届かず、人が歩くのは困難極まりない。

 しかし、真は日頃から森を探索している為か、嵐の海を進む時と同じような感覚で、地形を正確に把握し、迷う事なく奥へ進んで行った。

 真は、ウィーグルを探すのに苦労するかと思っていたが、意外とあっさり見付かった。

 ウィーグルは、森が開けた場所の、島で一番高い岩場にいた。夜空の輝きが、特徴的な目の中にある瞳に反射している。

 

 「こんな時間に外へ出て、君の世話をしているヒトは心配しないのか?」


 ウィーグルが夜空を見上げたまま、近付いて来た真に言った。元々、今夜家出をするつもりだった真には、からかっているように聞こえた。


 「関係ないよ。そんな事より……本当に脱出しないの?」

 

 真の問いに、ウィーグルは首を縦に振る。

 

 「こんな所に留まって、何をするのさ?」


 真は、少し切迫詰まった様子で、再び理由を尋ねた。

 ウィーグルは、少し考えている様だったが、やがて答えた。

 

 「待ってる者がいる。ここに居れば必ず来る」

 

 「待ってる者!? ……誰?」


 自分達以外にも人間の知り合いがいるのか? それとも幻獣……? 

 そう考えた真に対し、ウィーグルが顔を向け、唐突に聞いた。


 「君は……孤児だったな?」

 

 真は、ウィーグルに孤児院の話は何度かしていた。


 「そうだけど。何?」


 「両親は何故いない?」

 

 話を逸らそうとでもしているのだろうか? 

 しかし、そうでなくとも真は、答えるのを躊躇った。親の話がタブーな訳ではないのだが、ウィーグルがどう思うか不安だった。


 「戦争で死んだ……」

 

 真が答えると、予想通りウィーグルは表情を曇らせたように見えた。

 真は付け足した。


 「院長からそう聞いているだけだよ。どうやって死んだのかは知らない。顔も何も覚えて無いんだ。親の事なんて、僕は興味がないよ」

 

 真は言った。本当の事だった。だから、その事でウィーグルに気を悪くしてほしくなかった。


 「……君も参加していたの?」


 真は、殆ど確信を持って質問した。


 「……ああ」


 ウィーグルは静かに頷いた。

 戦争―およそ半世紀前に始まった、人類対幻獣の戦い。

 通称―幻獣戦争―と呼ばれる。

 危険生物と断定され、駆除の対象となった幻獣であったが、高い戦闘能力で抵抗し、やがて、生き残った者達で人類に対抗する為の組織を作り始めた。

 それは、次第に強大な軍隊となり、最終的に幻獣達は、ヒトを驚異としない世界を作る為、人類に戦いを仕掛けるまでに至った。

 幻獣の攻撃は凄まじく、多くの人が死に、国が滅び、人類の滅亡を唱える声は日に日に現実味を帯びていった。

 ―しかし、十三年前、幻獣は突如として侵略を中断した。


 「何があったの? プロヴィデンスは勝利を宣言してるけど……」


 ―プロヴィデンス―とは、アマリ(とう)のある国も所属する、世界を統治する国際連合の政治機関だ。

 そこの発表では、優勢だった幻獣軍だか、度重なる戦闘で疲弊し、力尽きた事や、幻獣達の間で対立が起こり、組織が崩壊した事が、人類側の勝因だと語っている。

 しかし、真が持っている幻獣戦争に関する資料でも、被害を受けた国々の、悲惨な状況を確認でき、勝利について疑問を持つ人は多い。

 ウィーグルが、再び夜空を見上げる。しかし、今度は星や月ではなく、その瞳は虚空を見つめていた。

 ウィーグルが話した。

 

 「我らには()がいた。我らは天の声を聞き、その下でヒトと戦った。私も盲目に従い……ひたすら殺戮を繰り返した……」


 ウィーグルは、その時の事を思い出す。いや、思い出すと言っても、その頃の自分に我があったのかは曖昧だった。

 命令に従いヒトを殺し続け、ある集落で、真くらいの歳の少年を手に掛けようとした時だ。突然、目の前の景色が鮮明になり、ウィーグルは、自分が、自分である事を認識した。

 そして自分が、如何に恐ろしい事をしてきたかを自覚した。


 「死屍の山を築くだけの戦いで、私の心には虚しさだけが募っていくのが分かった。……そんな頃、我らの前から神が消え去った。姿は見えず、声も聞けなくなったのだ……」


 「……」


 「その後は脆いものだ。我らは烏合の集だった。軍隊は分裂し散り散りになった。……だが、私はそれで良かったと思う。我々は戦いではない方法で、自分達の存在意義、棲む世界を見付けるべきなのだ」


 真はウィーグルの話で、資料にはない戦争の真実を知る事ができた。そして、ウィーグルが、戦争孤児である真と勝志に、後ろめたい気持ちがあった事も理解した。

 

 「君に戦いは向いていない。優しすぎる」


 真は改めて思った事を言った。

 ウィーグルが少し微笑んだように見えた。しかし、直ぐに冷たい口調に変わる。


 「再び戦争を起こそうとしている者達がいる」


 月明かりに照らされたウィーグルの前足の怪我が、真の目に入った。出会った時は血で汚れていたが、今は傷の形が良く分かる。

 銃で撃たれた傷にしては、綺麗な斬り傷だった。それこそ、その怪我の先にある鉤爪のような、鋭利な物で斬り裂かれたような……。


 「……君は」


 真はウィーグルが、どのような状況に置かれているのか勘付いた。


 「君は幻獣にも追われているの……?」


 ウィーグルは、何も言わないでいる。しかし、真はそれで確信を持った。

  

 「どうして幻獣同士で争うの?」


 「真、我々は一枚岩ではない。幻獣には様々な考えを持った者がいる。ヒトを恨む者。力を誇示する者。世界を支配しようと驕る者……」

 

 「そして戦わない臆病者だ。新たな戦争にオマエのような者は不用だ!」


 暗い森の奥から、何者かの声が響いてきた。

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