十五話 罠㊃
真、勝志、りぼんが、業の指南を受けた数時間後、幻獣軍アスラが動きを見せた。
任務の前に昼食を食べていた三人は、万里の西にある蝋梅村という小さな村が「襲撃を受けた」という知らせを聞き、砦へ急いだ。
「遅いよ新入り! お昼でも直ぐ切り替える!」
「くそー。小籠包のおかわりが出てくるトコだったのに……」
「わ、わたしはラーメンを飲んでいただけですから!」
アヤメが、食い意地を張って遅刻した勝志とりぼんを叱責した。
真は、二人より先に砦に着いたのだが、既に、問題が発生していた。
「勝手な行動をするなと言った筈だ!」
「っだってよ、十兵衛がもう向かってんだろ? 遅れを取ってたまるかよ!」
怒鳴る隼人に対し、無線からは何時もの飄々としたガイの声が返ってきている。どうやら、報告を一番に受けた十兵衛が、今度こそ敵を逃すまいと、単身、村へ向かったらしい。そして、それを知ったガイが、非番にも関わらず後を追ったようだ。
「あの野郎と敵さんだけには、好き勝手させるかよ!」
「まだ、敵の数も分かっていないんだぞ! 二人だけでは危険だ。途中で待機するんだ!」
「バーカ。十兵衛は知らねぇが、オレが負けっかよ!」
ガイは自信たっぷりに言い、隼人の指示を最後まで聞かず、無線を切ってしまった。
「くっ、全く……!」
「駄目だ。十兵衛も切りやがった!」
別の無線機で十兵衛と連絡を取っていたベンも、焦っていた。
「どうするの? 隼人」
勝志とりぼんを従えてやって来たアヤメが、部隊長の判断を仰いだ。りぼんはまだ「勝志の所為でわたしまで怒られたじゃん」とゴネていた。
「……やむを得ない。僕らも後を追う! 君、清林組にこの件を伝えておいてくれ!」
隼人は軍部の人間に言付け、出撃を決断した。
幻獣襲撃の知らせを知るや否や神足で急行した十兵衛に、空中でガイが追い付いた。
ガイは、夜間に見張りに付いているので、休んでいる時間ではあったが、対抗心から文字通り飛び起きて来た。
「よう、十兵衛ぇ。追い付いたぜ!」
「戦う前から全力を出して大丈夫か? それに寝不足だろう」
「フン! オレはテメェと違ってタフなんだよ! 手柄を上げて、いい夢見させて貰うぜ!」
ガイと十兵衛は、互いに闘志を燃やしていた。
蝋梅村は、万里からかなりの距離があったが、二人は速度を落とす事なく高速で飛んだ。やがて、小さな村が見えて来ると、森羅を使い、倒すべき獲物を探し出す。
「……二体!? 少ねぇな」
「油断するな、強敵かもしれない」
ガイも十兵衛も、敵の数の少なさを不審には思ったが、刀を抜き、それぞれ別の幻獣へ向かった。
ガイは、素早く二本の刀、炎龍刀の柄尻を、それぞれの鍔に連結し、双刃の刀へと変形させた。普段、敵の攻撃を受け止めてから反撃する戦法を得意とするガイだったが、このギミックを使うのは速攻重視の時だ。
「炎龍―大熱刃!!」
十兵衛より先に、敵の撃破を目論むガイが、業を発動させる。双刃刀形態の炎龍刀が、赤々と輝き、魂を焼く高熱を放った。
幻獣は、豪快に刀を回転させながら接近してきたガイに気付いたが、振り向いた時には、その顔面に熱気を帯びた刃が叩き込まれた。
一方、十兵衛も逆手で仕込み刀、太刀魚を握り、幻獣の背後に素早く回り込んでいる。
「水虎次元流、参の太刀―」
太刀魚が水気を帯びギラリと輝くと、十兵衛は目にも止まらぬ速さで業を放つ。
「篠突く!!」
放たれた三度の突きが、幻獣を捉える。同時に刀から迸った水が敵を穿ち、幻獣の強靭な身体を、易々と貫通した。
ガイと十兵衛により、二体の幻獣は、瞬く間に仕留められた。
襲われていた蝋梅村の住人達は、窮地を救わのだが、人間離れした二人に、逆に恐れ慄いていた。
「オイ! 他に幻獣を見たか?」
そんな村人にガイは、敵の情報を聞こうとしたが、動揺している村人は「知らない知らない」と手を振るばかりだった。
十兵衛も森羅で周囲を隈なく探るが、幻獣の気配は他には無く、襲撃の痕跡すら見付からない。
ガイは疑念を抱き、首を傾げた。
「……いない。マジで二体だけか?」
他の白兎隊士が、万里から蝋梅村までの距離を半分程来た所で、ガイから隼人に連絡が入り、敵を殲滅したと伝えられた。
隼人達は安堵していたが、真と勝志だけは、またまた戦闘の機会を失い、がっかりしていた。
「呆気ないもんだな。アスラには統率ってのがねぇのか?」
「さぁ……」
敵の計画性のない攻撃に、ベンが疑問を抱いた。その時、無線が鳴り、アヤメが応じた。
恐らく現況を知りたい砦からの通信だろう。しかし、無線を持つアヤメの顔色が瞬く間に青ざめた。
「隼人、敵襲だ! 万里の南東!」
「何だと!?」
まだ無線の向こうにいるガイ達の、身勝手な行動を咎めていた隼人は虚を衝かれた。
アヤメが伝える。
「アスラの狙いは、避難民だ!」
真は空中で急停止し、飛んできた万里から南東の方角へ視線を向けた。
隼人が血相を変えて無線に叫ぶ。
「ガイ! 十兵衛! 戻れ、罠だ!」