十話 昴美風㊂
神足の空中移動で、高い木々の間を逃げるターゲットを、真と勝志は、それぞれ斜め後ろから追い掛ける。完全な挟撃をすると、左右に逃げられてしまう為だ。これが兎や猪、又は悪ガキを追い詰める際に、二人が編み出したフォーメーションだった。
美風の神足は、予想通りの高速で、尚且つ、動きに無駄がない。高い機動力を維持しつつ、乳揺れやスリットスカートをはためかせないようにする事まで出来た。
フォンは、時折、此方を振り返り、おちょくるようにバックで飛ぶ余裕すら見せる。しかし「ルールは森の中だけ」と言った以上、二人は、彼女を森の端まで追い込めばチャンスが来ると考えた。
「ふふっ。甘い甘い」
フォンは、森の端まで来ると、両手に持った鉄扇―孔雀を広げ、警告しながら二人に投げ付ける。
「ほらっ、ちゃんと避けなさいよ!」
真と勝志は、先程のデモンストレーションを見たので、この攻撃に素早く反応し、危険なカッターを避ける。
しかし、回転しながら飛んで来る鉄扇は、思いの外、直径があり、攻撃範囲が広い。二人は、回避行動が大きくなり、フォーメーションを崩してしまう。その隙に、フォンのUターンを許した。
「あっ、くそ!」
急いで後を追う勝志。真も逃すまいと、鎖を振り回し、投擲したが、これもフォンは、無駄のない華麗なスピンで躱してしまう。
目標を逃した真の鎖は、近くの木の幹に絡まったが、その間に勝志がフォンに迫った。
勝志はフォンを捕まえようと手を伸ばす(偶然か巨乳に触ろうとする格好になった)。しかし、フォンの手がそれを素早く横払いし、ヒールで怒りの反撃を加えた。
「ぐあっ!」
見事な蹴りを食らった勝志が落下して行く。
「まったく、やらしいわね! 遠慮なくパンチでいいのよ。どうせ、喰らわないから!」
フォンが自信たっぷりに言い放った。
絡まった鎖を解いた真は、再びフォンを狙おうとしたが、ブーメランの如く戻って来た鉄扇に邪魔された。
真と違いフォンは、投げた鉄扇も道連れで正確に操作し、葉っぱの一枚にも触れさせる事なく手に収めた。
「やるね……!」
フォンは「ふんっ」と言って、森の中央へ逃げ去った。
真は感心しつつ、落下した勝志の側に一旦着地した。どうやら力の差があるのは、神足だけでは無さそうだ。
「どう? 超拳法の味は」
真が助け起こすが、勝志のダメージは大した事はないようで、興味も他にあった。
「くそー。今、見えそうだったのにっ!」
「……何か履いてはいるようだね」
真は、そんな勝志にも感心しつつ、彼をやる気にさせる。
「捕まえれば、見れるさ」
「おお、そうか! やるぞ、真!」
真は、隊士に配られる無線機を取り出し、時間を確認した。制限時間まで、まだまだ余裕がある。
フォンは、森の中で二枚の扇を広げ、蝶々のように舞いながら此方を伺っている。
「そういえば勝志。君があの女に助けて貰った時……」
真は勝志から、フォンに助けられた時の話を聞いていた。
一連の攻防の中で、真は早くも勝利への算段を付けた。
万里に程近い山道を、二体の幻獣が訪れている。甲殻類に似た幻獣と、大柄な猿人幻獣。アスラに所属する、カルキノスとミーゴだ。
「東方や南方から万里へ向かう際、ニンゲン共は必ずこの道を使う。白兎隊が連れてきた車両もここを通った痕跡がある」
「はーん。つまりオレらも万里を攻めるには、ここを通らないといけないワケだな? ……飛べるのに」
「そういう事では無い、カルキノス」
「分かってるって。作戦を聞こうか相棒―おっと!」
ミーゴと話すカルキノスが、口を噤む。道の上空を通過する幽玄者に気付いたからだ。
幽玄者は、それぞれ違う民族衣装を着た二人組の女性で、偵察と思われた。
カルキノスは、道の脇に生えた木の下に隠れ、丁度ミニスカートの中を覗くように様子を伺った。服も違えば下着も違う。その目はまるで、美味しそうな獲物を見ているかのようだった。
幽世に深く入り、戦闘態勢に入る二体。しかし、幸か不幸か、偵察隊の森羅にカルキノスとミーゴは引っ掛からず、二人組は去って行った。
「ヘヘッ、見つかった方が良かったか?」
「愉しみは本番に取って置け。俺がお膳立てしてやる」
興奮気味の相棒を、ミーゴは嗜めた。人に近い姿とも言えなくない彼は、知恵が回る。
しかしその作戦は、やはりアスラらしく非道なものであった。