九話 昴美風㊁
真、勝志と清林組の女性は、森の中の、大きな切株が沢山ある開けた場所までやって来た。切株の一つには、畳まれた扇が二つ立て掛けられている。
「あんた達、名前は?」
ツインテールを揺らしながら振り返り、女性が聞いた。
「真」
「勝志だぜ!」
「そ。あたしは昴美風よ」
「マオ、メイ、フォン?」
「どれが名前だ?」
「美風! フォンでいいわ!」
聞き返す真と勝志に、女性―フォンは、イライラしながら言った。
フォンは、ピタッとした民族衣装を着ている為、セクシーな体型が明確だが、それをジロジロ見る青少年の指導を、嫌々、引き受けたのも、態度で明確だった。
「話はまぁまぁ聞いてるけど……あんた達、まだ入隊して二ヶ月? 良く死なずに済んでるわねぇ」
衣装のスリットの上、くびれた腰に手を当てながら、フォンが哀れんだ。
幽玄者の訓練期間は、特殊な例を除き、大体、年齢引く十五なので、十八だと言うフォンは、二人より三年多く修行を積んでいる事になる。
「でも、どーせ訓練してやっても、あんた達とあたしとの力の差は雲泥だし、普通にやってもつまらないわね……」
実績を考えれば当然だろうが、フォンは、真と勝志をかなり見下していた。
「……そうね。こうゆうのはどう? 鬼ごっこ」
「鬼ごっこ?」
フォンの提案に、真と勝志は意外な顔をした。
「ゲームよ。ゲーム。この森の中を逃げる私を捕まえられればあんた達の勝ち。捕まえられなかったら私の勝ち。簡単でいいでしょう?」
フォンがルールを説明した。どうやら清林組では良くやる訓練のようだ。
「捕まえるって言っても、ちゃんと相手を押さえ込まないと駄目よ。制限時間は次の見張りの時間まで。……まぁ、正直、あんた達が一生追い掛けても、私は捕まらないだろうけど……」
「なるほど。分かりやすくて良いぜ!」
勝志は賛成し、直ぐにでも追い掛ける姿勢を取った。鬼ごっこで、孤児院の仲間を捕まえられなかった事はない。
「待った。これは幽世の訓練だから、相手への攻撃も有り。ただし、追う側の武器はなし。……なんだけど、あんた達ド素人だし……真だっけ? その鎖だけ使うの許可するわ」
真達の武装を確認して、フォンはハンデをくれた。真は、鎖を小太刀から取り外し、後の武器は切株に置く。
「で、私の武器もコレだけ―」
フォンは、木に立て掛けてあった二つの扇を手に取り、一つをパッと広げた。
派手なデザインの扇は、広げるとかなり大きい。金属製らしく、先端が鋭い刃物になっている。
「孔雀。まぁ、大した武器じゃないし、ちゃんと加減はする……わ!」
フォンは謙遜して、広げた鉄扇を投げた。
孔雀は、回転しながら広場を飛び、ブーメランのように戻って来る。途中、うっかり木の一本を、新しい切り株に変えてしまう。
「おおー!」
見事な斬れ味の鉄扇を、今度は華麗にキャッチして見せたフォンに、勝志が歓声を上げた。
「どう? 何か質問は?」
フォンは勝ったも同然と言うように、したり顔で聞いた。
「おれは無ぇぜ!」
考える事はしない勝志は、アッサリ承諾する。一方、真は悪知恵を働かせる。
ルールと態度から、フォンは余程神足に自信があるのだろう。彼女の神足が、こちらより速ければ、この広い森を延々と逃げられる。
勝算があるとしたら、唯一の武器である鎖の使い所と、彼女が此方を見くびっている事にあるだろう。
「いいよ。始めよう」
真は承諾した。舐められているのなら、幾らでも油断させておけば良い。相手の実力を見てから作戦を立てても遅くはないだろう。
フォンが、さっと近場の木の枝に飛び移る。ミニスカートの中を見せない、素早い動きだ。
「あ、言い忘れてたけど、捕まえられなくて泣き出してもあんた達の負けだから。それじゃ、十数えられたら追ってきなさい!」
そう二人を小馬鹿にし、昴美風は鬼ごっこを開始した。
「楽勝だぜ、真!」
「ああ。フォーメーションだ!」
勝志と真は、その後を嬉々として追い掛けた。
二人の最大の勝算は、逃げる相手を追い掛け回すのが好きな事にあった。