八話 昴美風㊀
先行隊から遅れること三日。食料、武器、医薬品などの救援物資を積んだ大和の軍車両が、万里に入った。
アスラの幻獣達は、真の想像通り、悪逆非道な集団だった。彼らは、守りの硬い首都には手を出さず、もっぱら小さな集落を標的にし、惨虐な攻撃を繰り返した。
真も勝志も、何度か町村が攻撃をされていると、警察や駐留軍、偵察部隊などから連絡を受け急行した。しかし、戦場に着いた時には、敵は暴れるだけ暴れた後で、その度に苦虫を噛み潰した。
この日も、数十キロ離れた町まですっ飛んで来たが、殺戮に夢中で逃げ遅れた数体を倒せただけで、殆どの幻獣に逃げられてしまった。
「ちくしょー、また一体も倒せなかった!」
「追い払えたと考えるべきかな」
勝志が悔しがる中、真は破壊された町の一角を見ながら、歯痒さを誤魔化した。
こういった地方の集落を救う為、予め幽玄者を派遣しておく手もあったが、他の守りを強化すると、首都が手薄になり兼ねない。地方住民の、速やかな首都への避難が急がれた。
人命救助は軍に任せる。幽玄者の仕事は幻獣を倒す事にある為、白兎隊は、被害を受けて途方に暮れる町人達に見切りを付け、首都へ引き返した。
去り際、泣きじゃくる子供に、勝志は優しく声を掛けた。
「ほら、泣くな。そうだ、おれ饅頭を持ってるぜ」
子供は勝志の言葉に少し顔を上げた。
「……あっ、ここに飛んで来る間に、食っちまったんだった……」
饅頭を貰おうと手を出す所までいった子供は、更に激しく泣き出した。
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次の日、遠征中でも鍛練を怠らないよう、ガイに言い付けられいる真と勝志は、砦の外ある、高い木々が並ぶ森に来ていた。
幽世の力を戦闘に活かせず、二人はすっかり鬱憤が溜まっていた。
「誰が一緒に訓練してくれるんだ?」
勝志が木の一本を、サンドバッグのように殴りながら聞いた。
「ガイは清林組の誰かって言ってたけど」
舞い落ちる葉を刀で斬りながら、真は答えた。
見張りの時間の都合で、ガイの手が空いていない事と、色んなタイプの幽玄者から戦闘技術を習った方が経験になるとの判断で、今日は別のコーチが就く事になっていた。
「君には合ってるかもしれない」
真が言った。
清林組の幽玄者は、あの偏屈師範、超が開発した幽世の拳法、その名も超拳法を伝授されるらしい。その実力は未知数だが、道連れが不得手で武器を使い熟せない勝志にとって、幻獣と素手で渡り合う技術の習得は重要に思えた。
「でも、どこにいんだ? その誰かは」
勝志の疑問はもっともだった。この森は清林組が訓練に使う場所らしいが、中々に広く、待ち合わせの相手がどこにいるのか分からなかった。
「まぁ、森羅を使えば見付けられるでしょ」
真はそう言って、先に森の中で待つ事にした。
「もう、訓練は始まっている。……とか言われるかもしれないしね」
森の中は、木と木の間隔が思ったより広く、陽光が差し込む爽やかな場所で、葉っぱの緑が眩しいくらいだ。
真も勝志も、森羅を使って森の中を探ったが、人の気配はなかった。しかし、代わりに妙な気配を感じ取る。
「何だろう、この感じ……?」
「嫌な感じだぜ。幻獣? ……とも違うな」
真と勝志は、爽やかな森には不釣り合いな、不気味な気配を警戒した。気配は、森の中というよりは、森を抜けた先から感じる。
「コーチは遅刻みたいだし、行ってみよう」
真は、好奇心から調べてみたい気持ちもあったが、伊達に白兎隊の羽織りを着てはいない。この気配が、敵の物である可能性も考えていた。
二人は警戒しつつも、素早く森を突っ切る。森の出口は、青龍地方の先にある、巨大な山脈の外れに続いていた。
「あそこからだ……!」
「アソコ?」
不気味な気配の出所は、山道の脇にある巨石からだった。
しかし、二人が巨石に近くと、そこが特殊な場所だと直ぐに分かった。気配を放つ岩の周り、半径三百メートル程を、有刺鉄線が張り巡らされ、立ち入り禁止のマークが掛けられているのだ。
真が巨石を良く見ると、太い鎖が巻き付けられ、その鎖が八方に伸びているが見えた。途中で千切れたり、砂に埋もれたりしていたが、人骨と思われるモノに繋がれている。
「何だありゃ? 幻獣に殺された人か?」
「それならちゃんと埋葬するだろ」
勝志の問いに答えながら、真は巨石に更に意識を向ける。
不気味な気配は、あの岩の下から感じ取れる。しかし、どれだけ強く森羅を使おうとも、岩の下に何があるのかは分からなかった。
「岩を退かしてみるか?」
勝志も分からず提案した。
「入っちゃ、駄目らしいよ?」
真がニヤリとして言った。―立ち入り禁止―という文字を見ると、二人は中に入りたくなる病気だった。
病を発症させた勝志が、早速、有刺鉄線を飛び越えようとした。
「こらっ! 勝手に入るんじゃないわよ、ばかっ!」
「え? うわっ!」
突然、森の方から怒鳴り声がした。勝志は、乗り越えようとした瞬間、驚いて有刺鉄線に引っ掛かり、絡まるように転落した。
真は声の主に振り返る。
「いってー! あっ、あの女!」
空蝉のダメージ無効を差し引いても、勝志は、驚くべき速さで女性に反応した。
森の出口には、清林組の女性がやって来ていた。勝志を助けてくれた、スタイルの良い、気の強そうな女だ。
「何で立ち入り禁止なの?」
「はぁ? あんた達そんな事も知らないの?」
真の問いに、現れた女性は不機嫌そうに言った。
「あんた達の隊長が封印したんじゃない」
「隊長が?」
真は、さっぱり因果関係が分からなかった。勝志に至っては「隊長ってどんなだっけ」と顔を思い出そうとしている。
そんな二人に、女性は呆れている。
「まったく、何で私がこんな子供の面倒見なきゃいけないのよ……」
「あんたが訓練相手?」
実を言えば真は、老人の介護をしなくてはならないと、半ば覚悟していた。
「ガイに頼まれたのよ。ほら、あの刺青チャラ男。さっ、訓練は森でやるって言われなかったの? 早くそこから出る!」
女性がキツい口調で言う。しかし、勝志は絡まった有刺鉄線を千切り、嬉しそうに従った。
「なぁ、あの岩の下に何があるんだ? お宝か?」
「人の骨が繋がれてるようだけど?」
「うるさいわねー。触らぬ神に祟りなし! ……まぁ、変なことされても困るから、訓練の成績が良かったら、教えてあげないこともないわ。付いて来なさい!」
女性は、勝志と真の質問を、面倒だとあしらい、森へと戻って行く。
二人は仕方なく、プリプリした女性のお尻を追う事とした。




