七話 六幻卿㊂
青龍地方と、その南にある朱雀地方の境に、巨大な仏閣があった。歴史ある建物ではあったが、老朽化が進み、何時しか忘れ去られた存在である。
そんな場所に、軍勢が集結している。彼らは、信仰心などまるでないらしく、勝手気ままに建造物を破壊。残っていた僧侶を殺害し、占領を行った。
正に悪魔の所業。しかし、それもその筈、彼らは人間ではないのだ。
「ラーフや餓鬼共が狩りから戻ってこねェ。もしや殺られちまったか?」
「どうやら大和の白兎隊が入って来たようだ。身の程を弁えず奴らに挑んだのだろう」
敷地内の一番大きな御堂の中に、二体の幻獣がいた。一体は甲殻類、もう一体は猿人を思わせる見た目をしている。どちらも人が使う出入り口を通るには体が大きく、壁を無造作に打ち壊し、そこから出入りしているようだ。
「しかし、華国攻めに苦戦しているようでは、死祖幻獣軍に並ぶような戦力が、何時まで経っても整わないぞ」
「ミーゴ。そんな事気にしているのはテメェくらいだぜ? 皆、ヒト殺しが出来れば満足だァ」
考え込むミーゴを、甲殻幻獣が笑い飛ばした。猿人幻獣―ミーゴは、それに対し、人間のように呆れた仕草をした。
長いヒゲを愉快そうにユラユラさせながら、甲殻幻獣は御堂の奥に視線を向ける。そこには、元々、巨大な仏像が置かれていたのだが、これも彼らが破壊していた。今は残骸と、像が乗っていた蓮の花を模した土台しかない。
「高い志なんてねェ。アスラにいれば好き勝手できる。だから皆ココにいる。それができなきゃオレ達だって別に―」
「頼もしい限りだな、カルキノス……!」
「!?」
突然、御堂の隅から声がし、二体の幻獣は驚いた。直後、暗がりから陰が伸びるように、一体の黒い幻獣が姿を見せる。
「こ、これは……ヴリトラ! ……様ァ!」
甲殻幻獣―カルキノスは、素早く主君を迎えるように膝を突いた。猿人幻獣、ミーゴもそれに習う。
黒い幻獣―アスラの君主ヴリトラ。
神話の生物ナーガに酷似した姿をしており、人に近い形状の上半身と、大蛇のような脚のない下半身を持つ。しなやかな身体は爬虫類そのもので、色と相まって蠢く影のようだ。
「ワタシは時折、頭を悩ませている。忠誠心の無い部下を何時切り捨てるか? カルキノス、お前も似たような事を考えるとは奇遇だな」
「いえいえ。ヴリトラ様の崇拝なるお考えに比べれば、私め考えなど、戯言にもなりません」
「愚かな我らをお許しください」
ヴリトラの言葉に、カルキノスとミーゴは直ぐに忠誠心を取り繕った。
ヴリトラは、部下の変わり身の早さを面白がるように「クック」と笑い、胸元の宝石を、人間の様に器用に動く長い指でいじった。
彼は、幻獣にしては珍しく、体に装飾品を纏っている。黒い身体に映える、煌びやかな宝石が光る指輪やネックレス、金の腕輪、腰にはヒビが入った銀の盾が下がっていた。
「ワタシは寛大だ。故にお前達部下が好きに行動し、好きに思考する事を許可している」
ヴリトラはそう言うと、光源の動きに追付いする影のように、滑らかに移動し、蓮の花の台座に鎮座した。
「……しかし、それを許すのは、ワタシがお前達を有能だと認識している限りだ……。分かるな? カルキノス……! ミーゴ……!」
「ハッ。寛大な御心に甘えず、ご期待に添えて見せます」
カルキノスとミーゴは、今度は大袈裟な態度で深々とお辞儀をした。ヴリトラは、薄っぺらい忠誠心を見透かしていたが、言葉通りの寛大さを見せる。
「白兎隊など恐るるに足らず。サノヲの名はワタシも知っているが、お前達にはワタシが附いている。……負ける事など決してない……!」
ヴリトラは大仏があった場所で、まるで「自分が新たな信仰の対象」というように両手を広げ、大仰に振る舞う。
「世は新たな導き手を待っている。真の神となり得る者をな……!」