六話 六幻卿㊁
「それで孫、状況はどうだ?」
真達は、寺院にある事務室に入った。ガイが華国の戦況を孫に尋ねる。
「師範はああ言ったが、猫の手も借りたい状況だ。特に民間人の被害は甚大。貴方方も見たと思うが、首都以外の防御が手薄になってしまっていて、そちらを狙われている」
孫は、部屋の机に広げられている、華国の地図を示す。
「アスラの連中は南の朱雀から入って来た事は掴んでいるが、神出鬼没で拠点が未だ掴めていない。その所為で対応が後手に回ってしまっているのだ」
「アスラ?」
真と勝志が同時に言った。一同が「おいおい」と言う目で此方を見た。
「……華国を攻撃している幻獣軍の名前だよ。戦う相手のことくらい、ちゃんと把握しておかないと……!」
りぼんが「これだから新人は!」と言うように、小声で教えてくれた。真と勝志は、白兎隊に入ってから、戦闘訓練ばかりしていたので、知識に疎かった。
「ヴリトラが死祖幻獣軍に参加していないのは本当なのか?」
十兵衛が孫に聞いた。
「ウム。配下の幻獣を見る限り、支援を貰ってないようなのだ。しかし、奴の独自行動は、標的にされる私達にとって迷惑でしかない……」
「……ヴリトラって?」
真がりぼんに小声で聞いた。
「アスラ軍の君主だよ」
「奴も六幻卿の一角だったのに、どうしてだろう?」
アヤメが疑問を投げた。真が今度は無言でりぼんを見る。
「死祖幻獣軍の幹部のことっ。六体いて、ヴリトラ…… ヒュドラー……ケートスに……ラウインと―」
「ラウイン・レグルスが死祖幻獣軍のリーダーじゃないの?」
真が思わず言って、再び一同が此方を見た。
「……恐らく、そのリーダー。……天帝の存在が関係しているのだろう」
隼人が視線を戻して言った。
「十三年前の戦争で零は消え去った。ヴリトラは死祖幻獣軍の新しい天帝……リーダーに従わないのかもしれない。様子を見ているだけかもしれないが、対抗するように独自に華国攻めを始めた」
「戦起こせば血に飢えた幻獣が集まって軍を作れるからな」
ベンが村を襲った幻獣を思い返す。
「あっ。後、ツァルコアとアステリオ―」
「そんな事はどうでもいいじゃねぇか。アスラが独立軍か死祖幻獣軍かなんて。寧ろ、単独でいる内に叩いちまおうぜ」
りぼんが六幻卿の名前を上げるのを遮り、ガイが言った。
「アスラを華国から一掃する。その為に俺達は来た。そんで、安心しろ。俺達が来た以上、勝ちは決まったぜ!」
ガイの言葉に十兵衛は「浅はかな奴だ」と呆れている。
それでも、自国を守る立場の孫は、勇気付けられたようだった。
「―以上の町村の住人を順次、首都に避難させる予定だ。清林組はその際、警護に付く。白兎隊にはその間、首都の守りと、偵察に協力して貰いたい」
孫からの指示を聞いた後、真は、砦の守備配置を確認し、交代制の見張りに着く事を一番に名乗り出た。
「結局、なにをしたらいいんだ?」
早速、長城へ向かう時、居眠りでもしていたかのように、勝志が聞いた。
「敵が出たら戦う。それだけさ……!」
「なるほど、分かったぜ!」
真は、勝志に分かりやすいように答えた。ガイが言った通り、結局、自分達は、戦う為に遥々やって来たのだ。
「戦闘したばかりなのに、元気な奴らだな……。なぁ、お前らの訓練二ヶ月ってどんなモンだった? 俺は恥ずかしながら、空中浮遊もままならなかったぜ」
「今も一緒でしょ? 冗談抜きで、ガイと十兵衛以来の天才かもね、あの二人。……さっ、新人に負けてないで働く! りぼん、私達は偵察部隊に加わるよ!」
真と勝志の順応性の高さに、感心しているベンに、晒を巻き直したアヤメが喝を入れた。一緒に偵察に向かう事になったりぼんも、思わず「はい!」と大きく返事をする。
通信室から出てきた隼人が十兵衛を呼んだ。
「……十兵衛、ガイが何処かへ行ってしまったんだ。多分……いや、すまないが先に守備に就いてくれ。僕は一度、砦の守りを直接見て回りたい」
「大口叩いてサボりとは……ふざけた奴だ」
十兵衛がイライラするように、鋭い視線を隼人に向けた。
「……悪いが張り合うのは無しにしてくれ。朝はお前、夜はガイで持ち場を代わってくれればいい」
散々、二人に勝手をされ、隼人は参っているようだった。
十兵衛は不服そうだったが、それでもキビキビと砦の守備に向かった。
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万里の街外れで、ツインテールの女性が一人、寂れたモーテルに入って行く。女性は、部屋に入る所を誰かに見られたくないらしく、周りを気にしながらドアを開けた。
「よう、フォン。久々に会ったってのに挨拶も無しか?」
「何よ。あんたこそ、あれで格好つけたつもり?」
ツインテールの女性―フォンが、部屋入ると、任務を後回しにしたガイが待っていた。
ガイは、白兎隊の羽織りを着ておらず、刀も置いてきてたが、彼女と勝志を助けたリボルバー銃は常に持ち歩いているようで、指でクルクル回している。
「助けてやったんだろ? 礼はねぇのか?」
「ないわ! あの新入りの所為よ。何よあれ? 本当、ロクなのがいないわね、あんたトコは!」
フォンはふてくし、怒っていたが、ガイはそれが愉快らしく、机に銃を置き、ヘラヘラしながら彼女に近付いた。
「悪りぃな、ウチは教育がなってなくて。お前の方は……またデカくなったんじゃねぇか?」
ガイはそう言って、いきなりフォンの巨乳を掴み、無造作に揉んだ。
「なにするのよ!」
フォンは、ガイの手を叩いて払った。真っ赤になった顔で、ガイを睨み付けた。
「そんな事言ってテメェ、わざわざオレに逢いにここに来たんじゃねぇか?」
「あんたこそ。この宿が潰れてないか心配だったんじゃない?」
睨み合う二人。互いの顔の距離が、徐々に近付く。
しかし、一触即発に見えた二人は、突然、キスをし始めた。
「……んっ。どうせ、また別の女と遊んでたんでしょ……!」
唇が僅かに離れた時、屈辱そうな表情でフォンが言った。
「そうかもな。どうだ、悔しいか?」
「……」
フォンは、ガイの挑発に乗るかのように、再び唇を重ねた。
戦場を生きる者達の間には、多様な関係が存在していた。