四話 VSアスラ
真は、迫り来る幻獣の一団を視認した。
一団は悪鬼を思わせる、オドロオドロしい姿をした集団だった。身体が腐っていたり、骨だけになっている者もいて、とても生物とは思えない。
「幽玄者ダ! コロさせろ!」
「バラバラにしてヤルゥゥ!」
血に飢えた集団は、涎を撒き散らしながら物騒なセリフを吐き、先行隊に向かって来た。
「アスラの連中か……!」
「ふんっ、可愛いヤツらじゃねぇか。オイ、十兵衛! 敵は奇数だ、勝負と行こうぜ!」
狂気に満ちた敵を見て張り詰める隼人に対し、ガイは余裕の表情を見せた。
「俺達だけで獲物を殺る気か? 誰かが一体倒せば偶数になるだろ? 馬鹿か貴様は?」
十兵衛は張り合いながら、真っ先に敵に突っ込んで行くガイの後を、負けじと追った。
「待て! 余り離れるな。連携して戦うんだ!」
隼人が焦り、援護の為、弓を引き絞るが、その頃には二人の姿は敵陣の中に消えていた。
「あの二人は好きにさせておけ。心配ねぇ! 敵はこっちにも来るぞ!」
ベンが薙刀を構え、此方へ突進する敵の前に、大きな体で立ちはだかりながら、隼人に叫んだ。
「新入り三人は下がってて!」
アヤメが言い、腰の刀を逆手で抜いて、迫る幻獣を巨乳を揺らして迎え撃った。
「まったく……!」
遅れを取った部隊長、隼人も、敵に矢を放ち、応戦を始めた。
荒れ果てた村は、あっという間に戦場となる。
幻獣達は、村人を皆殺しにしただけあって、野蛮で乱暴極まりなく、家や瓦礫は勿論、敵味方の区別も無いかのように攻撃を仕掛けた。
白兎隊で屈指の実力を持つガイと十兵衛が、先陣を切って複数の幻獣を相手取っていたが、如何せん数が多い。「下がっていろ」と言われたが、新入り三人も傍観していられる状況ではなかった。
「敵がこっちにも来る! 大丈夫。二人は初陣だから、わたしが応戦するね!」
「僕ら、もう戦闘に出た事あるんで心配ないですよ。寧ろ、先輩が初陣でしょう?」
敵を迎え撃つ為、前へ出るりぼんを真が制した。
「なっ、初陣じゃないよ! 討伐任務に何度か出てるってば! ……見てただけだけど」
今度はミニスカ着物の裾を気にしている、と言う訳ではないようだが、これが初めて幻獣との直接戦闘になるりぼんは、自信無さげに言った。
一方、真と勝志は、そもそも新入りだからと言って、下がっているつもりはさらさらない。
「真、おれは今度こそ幻獣に勝つ! 名前が勝志だからな!」
そのつもりがないどころか、勝志はアヤメの言葉を全く聞いておらず、アキナ島のリベンジを誓い、勇気の剣を抜き放つ(刀身が長すぎて、つっかえた)。そして、三人に向かって来た幻獣の一体に、血気盛んに斬り掛かって行った。
「そう言う事です、先輩!」
真も二本の刀を抜き、勝志に続いて戦闘に入る。
「うー、わたしだって戦えるってば! 命知らずじゃないだけです!」
りぼんは頬を膨らませたが、決心して背中の刀を抜いた。
そして、勢いで褌が見えるのも厭わず、敵に立ち向かった。
敵陣に入った真は、標的にする幻獣を見定めた。
ベンが交戦している彼に似た体型をした、豚ヅラの幻獣が一番近い距離にいる。そのまま加勢してもいいが、望むは一騎討ちだ。
ガイと十兵衛が、離れた場所で、此方も敵味方の区別無く攻撃をしており、近付くのは危険と見た。
勝志が、山犬のような幻獣の体当たりに、正面から立ち向かい、既に一騎討ちをしている。
アヤメが、何処からともなく取り出したクナイを投げ、浮遊する頭部だけの幻獣に追い回されていたりぼんを救出した。
真は、一体だけでいる幻獣を見付ける。一つ目の鬼のような幻獣で、手に血塗られた棍棒を握っているのが目に入った。
ソイツは、隼人が餓鬼のような幻獣と戦っている様子を、物陰から伺っていた。横槍を入れようとしているのか、疲弊した所を狙っているのだろう。
真は、ソイツの前に立ちはだかった。
「ンダ、テメェ!」
邪魔をされた一つ目鬼幻獣が、乱暴に言った。
「僕が相手だ」
真がサラリと言った。
「叩きツブしてやる!」
鬼幻獣は、目論みを潰され、イラ付いたように棍棒を振り上げ襲い掛かってきた。
「何だ。思ったより頭は悪そうだ」
真は悪態を吐き、迎え撃つ。
真の刀と、鬼の棍棒がぶつかる。互いの空蝉が相殺され弾かれた。
鬼幻獣は「体格の差で負ける筈はない」と言わんばかりに棍棒を振り回し続ける。空蝉の力は互角だったが、真は鬼の単調な攻撃を、二本の刀で巧みに防いでみせた。竜胆館で指南された剣術の一つ、水虎二刀流だ。
竜胆館は、元々、幽玄者の為の武術、水虎流を教える道場で、水虎一刀流や水虎次元流、水虎月影流など、幾つかの派生が存在する。
真は、それらを巧みに使い分ける。
「死ネ! オォー!」
リーチを活かし敵が大振りで攻撃を仕掛ける。しかし、真はそれを神足で後退して躱しつつ、左の小太刀を振るった。
「ガアアァ!?」
棍棒より短い小太刀が、幻獣の身体を斬り裂いた。腐ったようなドス黒い血が、鬼の身体から噴き出す。
真は握った鎖を引き、小太刀を手元に引き戻す。
「……!」
「どう? これなら槍にも負けない!」
斬られた箇所を手で押さえる敵に対し、真はそこにいない人物に向かって、勝ち誇るように言った。
真は、以前使っていたロープに代わりに、鎖を上着に入れ、その先端を小太刀の柄に繋げていた。この鎖付きの小太刀を投げたり、振り回して、リーチを補い攻撃する戦法を、真は新たに編み出した。
「ゥオオオー!!」
鬼は、手に付いた自分の血を見て怒り狂い、民家の残骸を恐るべきパワーで叩き壊しながら迫った。しかし、今の真は、最早それを脅威とは思わない。
右手の刀で攻撃を弾くと、鬼の棍棒が砕け散った。
「道連れが不十分だね!」
真が指摘し、左手の小太刀を投げ付けるように鎖を振るう。鎖が、銀色の残像を残しながら乱舞する度に、敵の身体に刀傷が刻まれていく。
その威力は勿論、コントロールも道連れによって、鎖を自在に神足で操作する事により実現している。
「ガア……ッ」
遂に地面に仰向けに倒れた鬼幻獣を、真は踏み付けた。鬼は、尚も怒りの形相で、憐れみ一つ感じない。
真はクルリと鎖を纏め、小太刀を仕舞った。
「仇は取ったよ……!」
真は、万感の想いを込めて、敵の目玉にランジの刀を突き立てた。
戦闘は白兎隊の圧勝だった。それは、ガイと十兵衛が競い合うように敵を打ち倒した成果もあったが、他にも理由があった。
村の襲撃を察した華国の幽玄者達が合流し、加勢したのだ。
彼らは、清林組といい、馬に乗るのに適した、この土地の民族衣装を身に纏い、拳法やヌンチャク、トンファーなどで、白兎隊とはまた違う戦法を用いる。
「通信が繋がらなかったのは、やはり天候の所為だったか……」
隼人は、連絡がつかない万里の人達の安否を心配していたが、杞憂に終わり安堵した。真は、ホッとしている先行隊の面々に合流したが、そこで、戦闘がまだ終わっていない事に気付いた。
何と勝志がいない。真は直ぐに森羅を強め、周囲を探る。
――勝志は……山……!
勝志は村から離れ、山中にいるようだ。どうやら戦っていた幻獣が逃走を始め、夢中で追い掛けているらしい。
真の神託を受けた隊士達が、直ぐに後を追った。
「くそー、待てよ! 倒させろー!」
勝志は逃げる幻獣を、太刀を振り翳して必死に追い掛けた。敵の幻獣は、腐った体を持つ山犬のような姿で、こちらも必死の逃走だった。
勝志は「今度こそ幻獣に勝つ!」と言った建前、逃がすものかと息巻いた。しかし、いい勝負だっただけに、神足の速度もいい勝負で、一向に距離が縮まらない。
「一か八か、超スピードだ!」
勝志は、全力で加速し、山の傾斜を登り始めた相手に飛び掛かるように迫り、勇気の剣を突き立てる。
しかし、追跡者の急な加速に驚き、山犬幻獣は咄嗟に横に飛び退いてしまった。神足は、速度を上げれば制御が難しくなる。勝志は、そのまま傾斜に激突した。
「くそっ、外した! ……あ、あれ!?」
道連れによって幽世にある勇気の剣は、楽々、斜面の岩壁を貫いている。
しかし―
「ぬ、抜けねっ! おかしいな…っ!?」
未熟な勝志の道連れは、あろう事か、このタイミングで解けてしまう。強引に引き抜こうとしたが、長い刀身が仇となり、深々と刺さった刀は、頑として動かなかった。
敵の思わぬ失態に気付いた山犬幻獣は、これを反撃のチャンスと見た。散々、追い掛け回された恨みを募らせグルグル唸ると、牙を剥いて勝志に襲い掛かる。
「げっ、しまった!」
ピンチに気付いた勝志。しかし、時既に遅く、彼を噛み千切ろうとする山犬幻獣が、鋭い牙の並ぶ口を開く―
「伏せて!」
その時、若い女性の声が聞こえ、回転する円盤のような物が勝志のツンツンヘアーを掠めて、頭上を高速で飛び越えた。
「ギャウン!」
円盤は、回転カッターのように山犬幻獣の身体を斬り裂き、山の傾斜を避けて弧を描きながら飛び去った。良く見ると、広げた扇だと分かる。
勝志が振り向くと、直ぐ側に、赤みのある長い黒髪を、ツインテールにした女性が降り立つ。彼女も清林組の衣装で身を包んでいるが、女性用のミニスカートタイプの物を着ている。
勝志は、三つくらい歳上の、巨乳でスタイルの良い女性に暫く見惚れていたが、飛んで行った筈の扇が、今度は二人を斬り裂こうとするかのように、此方に向かって来るのに気付いた。
「あ、危ねぇ!」
「は!?」
勝志は、咄嗟に女性に飛び着き、回転カッターの扇を避けさせた。
「ちょっと、何するのよ!」
つり目で気の強そうな女性は、困惑して怒鳴った。
女性が掴み損なった扇は、倒れた二人の上を通り越し、彼方へと飛んでいった。一方、勝志は、女性の胸にダイブした事で、ミスにすら気付かない。
負傷した山犬幻獣は、この珍事に再び、反撃のチャンスを得た。
「ばかっ! 退きなさいよ!」
女性に蹴られ、勝志は漸く頭を上げた。
その時には、尾を引く涎が見える程近くまで、幻獣の牙が二人に迫っていた。
「やべっ―」
バンッという銃声が響き、山犬幻獣が崩れるように倒れた。勝志と女性の、目と鼻の先に突っ伏した幻獣の眉間には、弾丸が穿った穴が空いていた。
「……!?」
勝志と女性が振り返ると、刺青が覗く胸元に、リボルバー式の銃を仕舞う男が立っていた。
「何やってんだ? テメェら」
ガイだ。未だ重なるように地面に倒れている二人を見下し、ニヤニヤしている。
「……ぅ」
ガイと知り合いらしい女性は「こんな所を見られるなんて」というような表情を浮かべ、二度目の蹴りを繰り出し、今度こそ勝志を体の上から退かした。
女性から離れた勝志は、彼女の手にもう一本、打刀くらいの長さの、畳んだ扇があるのを見て、今更勘違いに気付いた。
「何だ……ブーメランだったのか……!」