三話 八人の先行隊
白兎隊を乗せた艦は大和を出発し、アクアトレイ最大の大陸に着いた。一行は、そこから救援物資を積んだ軍の車列と共に、華国の首都、万里を目指す。
大和国と華国の一部を含む、この辺りの地域は―青龍地方―と呼ばれている。内陸へ入るに連れ、険しい山々が連なる広大な土地だ。
車列は、ゴロゴロと山道をひたすら進んだ。整備されてはいたが、ゴツゴツした道や崖っ淵を走り、とても快適とはいえなかった。
「雲より高い山が幾つもある。どこまで見えるかな」
「登れば竜胆館の温泉が見えるんじゃねぇか?」
真と勝志は、初任務への意欲と、山々の景色の新鮮さで、気分が上がっていた。しかし、三つ四つ尾根を超えた頃には、変化のない景色に飽きていた。
「山。山。山。見渡す限り山しかねぇ……。早く幻獣出てこねぇかなぁ?」
「首都まで、まだ百キロ以上あるよ……。やっぱ旅は船だね。釣りができる」
内陸に入って三日目。この日は、明け方に降った雨の影響で、車両が通れる道が土砂崩れで塞がり、立ち往生となった。
岩を退ける間、大型の無線を搭載した連絡車両が華国側の戦況を知ろうとしたが、万里と通信が繋がらない。
「昨夜は連絡が取れたのですが……向こうではまだ雨が降っていて、電波障害が発生しているのかも知れません」
報告に来た兵士に、部隊長、隼人が対応した。
「土砂は何時取り除けますか?」
「夕刻までにはどうにか……」
隼人は、自分達が土砂の撤去を手伝うべきか考えた。しかし、万里と連絡が取れない原因が、雨以外の可能性もある。
「もしかして、呑気にドライブしてる場合じゃねぇんじゃねぇの? 部隊長」
「俺達だけでも先に進むべきだ」
ガイと十兵衛が、揃って隼人に提案した。
「待て! まだ向こうの状況がどうなっているか分からない」
「それでもう万里が幻獣にやられてたら、どうすんだよ? 救援自体の意味もなくなるぜ!?」
慎重な隼人に、ガイが肩を揺らして詰め寄った。十兵衛も口を真一文字に結び、引き下がる気はなさそうだ。
「……分かった、いいだろう。僕らは先に万里へ向かう。皆を集めて準備しろ!」
部隊長は、若い二人に押し切られた。
一方、この判断に、退屈していた真と勝志は、大喜びで出発の準備をした。
白兎隊は、二人を護衛として残し、八人で先行する事とした。
真は、ランジの刀と、柄に鎖を繋げた小太刀を腰に差し、勇気の剣を水筒のように肩から下げた勝志と共に、先行隊に加わった。
他のメンバーは、ガイ、十兵衛と、何れもアキナ島の戦いや、竜胆館の訓練で面識がある四人だ。
一人は、部隊を率いる最年長、阿多隼人。眼鏡を掛けた灰色の髪の、些か地味なリーダーだ。武器は、普通の打刀に加え、弓矢を装備している。
二人目は、大柄でおおらかだが、臆病な男、大山ベン。坊主頭に頭巾を被り、僧兵のような格好をしていて、武器も、それらしく薙刀を装備しているが、お腹が出ている。
三人目は、速秋アヤメ。紫の髪にかんざしを刺し、ミニスカート丈の着物を着た女性で、腰の後ろに中程度の長さの刀を寝かせて付けている。アキナ島で真と勝志が会った、くノ一風の巨乳隊士だ。
最後の一人、春日野りぼんは、刀を背中に背負い、同じくノ一風の格好をしているが貧乳だ。黄色の帯を後ろで大きな蝶々結びにし、明るい茶髪にもリボンを付けた、可愛らしい女の子で、春から白兎隊に入隊した、真と勝志の一つ上の先輩だった。
「いいか? 神足を使って万里に向かう。かなり距離があるが、しっかり付いて来るように!」
「落っこちたヤツは置いてくからな!」
「いくぞ……!」
先頭を行こうとした隼人より先に、ガイと十兵衛が前に出た。二人は神足で数メートル浮き上がり、車列を離れて、山の尾根を目指し飛んで行く。
「おいっ、着けば戦闘になるかもしれないんだ。余力を残して飛べよ!」
それを見て、隼人が慌てて後を追った。
「余り高く飛ぶなよ。何かあったら危ねぇからな」
次にベンが、やや重そうに低飛行で発進した。神足での移動や戦闘は、落下の危険を考慮し、高度を余り取らないのが基本だった。
「あっ、後輩二人は前を飛ぶんだよ。わたしが後ろからアシストしてあげる!」
先輩風を吹かせる所があるりぼんが、真と勝志に前を譲る。若干、ミニスカ着物の裾を気にする素振りを見せた。
「手伝って貰わなくても、おれら飛べるぜ?」
「先輩の前を飛んじゃってもいいんですか?」
鈍い勝志と、意地悪な真が、わざわざ理由を聞いた。
「見えちゃうから、わたしが後ろなの! まったくエッチな人達ですね!」
顔を真っ赤にして怒るりぼんを押し退け、アヤメが前へ出る。
「そんな事、気にしない。ちゃんと褌履いてるんでしょ!? 遅れないでよ、新入り達!」
姉御肌のアヤメは、そう言って、パンチラならぬフンチラを気にせず、堂々と飛び出した。
「おお……!」
山々の景色に飽きた勝志が、絶景を見るように額に手を掲げる。
新入り三人は、アヤメの後を並ぶように飛んだ。
「方角が違うぞガイ。こっちだ」
「あ? オレより先を飛ぶんじゃねぇ!」
万里へ向かう空中遊泳を、先頭を競うようにガイと十兵衛が飛んで行く。
「森羅も怠るなよ。もう敵が何処にいてもおかしくない」
「黙れよ、十兵衛。落っことされてぇのか?」
山容に関係なく直線距離を進める為、昼には万里に着けるペースだ。しかし、二人の間には、吹き抜ける爽快な風とは、別の空気が流れているようだった。
「あの二人って仲悪いんですか?」
「えっ? ちょっと今、話し掛けないでくれ」
木の枝に擦れんばかりの低空飛行をするベンに、真は何気なく聞いた。勝志は、流石に後ろをピッタリ飛び続ける為、減速したアヤメに足蹴を食らい、りぼんに笑われている。
真は、初めに会った時、一緒にいたので、ガイと十兵衛の二人は、てっきりコンビのような存在だと思っていた。しかし思い返すと、竜胆館で二人が会話したり、一緒に訓練する姿を見た事がなかった。
「仲が悪りぃってか何てぇか、副長の座を争ってるって皆は思ってる。まぁ仲も悪りぃけど……」
真は、ガイがランジにも突っかかる態度を取っていた事を思い出した。
「原因は俺もよく知らねぇ。なんてったって、あの二人が隊長の次に古株だからな。俺が入隊した時には、もうあんな感じだ」
ベンは、そう言って、思い切って高度を上げようとしたが、直ぐに尻込みし、低空飛行に戻った。
先行隊は山々を超える途中、幾つか小さな集落を見掛けた。山間の田舎を思わせる村々に、素朴な暮らしをしている人々の姿が小さく見える。
しかし、万里に程近い集落に差し掛かった所で、先行隊は異変を感じた。
「何だ?」
隼人が全員に着陸の合図をする。
八人は、集落の外れに着地(勝志は地面に激突)した。比較的大きな村だが、人の気配が全くなく、木造の家が幾つも破壊されている。
「幻獣の仕業か……。住民は避難したのか? それとも……」
隼人が言い終える前に、村人達の運命は分かった。
村から山に入る道に、血を流した人間が倒れていた。襲い掛かる脅威から必死に逃げて来たのだろう、血の痕が点々と残っている。
八人が、血痕を辿るように村に入ると、更に悲惨な光景が目に飛び込んできた。
惨殺された死体が至る所に転がっている。家屋も壊され、残っている家の中を覗いても、隠れていた女子供が無残な姿で倒れていた。
森羅で人の気配を感じなかった以上、村人全員が殺されている事になる。
「襲撃から然程、時間は経っていないな」
「何ちゅー事を」
十兵衛とガイが死体を調べている中、ベンとりぼんはショックで言葉を失った。真も、眉を顰めて、この光景を見ていたが、幾つかの死体に違和感を覚えた。
真は、血塗れの死体の一つに近付いた。
何か硬い物で散々叩かれたらしく、殆ど原型を留めていない。幻獣の攻撃を普通の人間が受ければ、一発で致命傷だ。その為、これは、必要以上に痛め付けらている事になる。
他にも体をバラバラにされた死体や、わざわざ、壁や木に磔られている、不可解な状態の死体も確認できた。
勝志が、真の側にやって来る。流石の勝志も、悲惨な光景に口を閉ざしていた。
「勝志……。ウィーグルは、幻獣にも色々な奴がいるって言ってたけど……」
そう、以前、ウィーグルが言っていた。幻獣には様々な考えを持つ者がいると。
ヒトを恨む者。力を誇示する者。世界を支配しようと驕る者……。
その通り、ウィーグルのような穏やかな幻獣もいれば、グリムのような人への憎しみに染まっている幻獣もいた。
「だけど、この連中は―」
真は言い捨てた。
八人は、村に生存者がいないと判断し、この事を知らせる為にも、先を急ぐ事とした。
しかし、出発前に村の南方の山から、強いプレッシャーを森羅で感じ取る。
「全員、集まれ。敵だ!」
隼人が警告し、直ぐに全員が警戒体制に入った。
「あの山だね。私達に気付いて引き返してきたのかな?」
「寧ろ、待ち構えていたようだぜ」
アヤメとガイが、小高い山の中腹を睨みながら言った。
「何体か分かるか?」
十兵衛が新入り三人を試した。
「十一」
真が一番に答えた。口を開き掛けたりぼんが、むすっとする。
森羅で捉えた幻獣達の気配が、此方に向かって下りて来る。向こうも此方を捉えているのか、足取りに迷いがない。
「来るぞ。武器を取れっ!」
隼人が言い、弓を携える。ガイも両腰の刀を抜き、十兵衛とベンもそれぞれの武器を構える。女性隊士二人は羽織りを脱ぎ捨てて、戦闘体制に入った。
真と勝志は、危機感を高め、幽世に深く入る。
月と星が輝く真実の世界。魂の空間。こここそ、二人が好む、スリルに満ち溢れた場所だ。
そして、この空間の主こそが幻獣。
――だけど、この連中は―
逃げ惑う人々を痛め付け、残酷に殺す事を愉しんでいる。
真は彼らに挑戦するように言う。
「ただの屑だ!」




