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二話 出陣

 白兎(びゃくと)隊の本部―竜胆館(りんどうかん)の敷地は、沢と隣接した場所にある。近辺は田園が広がり、野山があるだけで、訪れる人は殆どいない。

 しかし、時折、沢に近づいた者が、奇妙な噂を街で流す。それは、人形(ひとがた)が木や沢の斜面をスルスル駆け上がり、川の上や空中を滑空し、持っている刀で激しく斬り合う姿を見た。……というものらしい。

 話を聞いた者は、大概呆れたが、稀に間に受けた者が恐る恐る沢にやって来る事がある。そして、噂の通りの光景を目撃してしまい、恐怖の余り、また、その噂を広めるのだった。


 「おらっ!」

 

 「えい!」


 「とりゃ!」

 

 幽世(カクリヨ)での実戦訓練は、周囲に危険が及び兼ねない為、沢に降りて行う。(しん)勝志(かつし)とガイの三人は、白い道着姿で木刀を手に、今日は朝から本気の立ち合い稽古をしていた。

 真と勝志は、鍛えた神足(シンソク)で、沢の中を縦横無尽に移動し、二人掛りでガイに挑む。修行を積んだ二人の空蝉(ウツセミ)での攻撃は、川縁の岩を砕く威力だ。ガイは左手に普通の長さ、右手に小太刀の二刀流で、その挟撃を受け止めた。

 

 「うぐっ……こんなモンかぁ!?」


 空蝉(ウツセミ)同士のぶつかり合いは、互いに相手の力を無視し、相手に干渉しようとする力が働く(つまり打ち消し合う)。

 ガイは一旦、追い込まれるが幽世(カクリヨ) に更に入り、空蝉(ウツセミ)の力を上昇させる。能力の優ったガイが、二本の木刀を振り払うと、二人は、彼の力を無視出来なくなり、軽々、吹っ飛んだ。


 「っまだだ!」


 勝志は、沢の上まで飛ばされたが、真は神足(シンソク)を使い、空中で体勢を立て直し、ガイの所まで舞い戻る。そのまま勢い良く、再び木刀を打ち込んだ。

 相手の片手の防御を、今度は弾くと、素早く二の太刀を入れ、反撃を許さず次々、打ち込む。ガイは二本の木刀で巧みに伏ぐが、真の学んだ剣術が活きてきたのか、徐々に後退していく。


 「ヒュー!」


 それでも、沢の斜面に追い込まれたガイは、余裕を崩さない。木刀をクロスさせ面打ちを防ぎ、得意な鍔迫り合いに持ち込んだ。

  

 「どうした……! また、オレが勝っちまうぜっ!?」


 ガイが、ニヤニヤしながら真を押し返そうとする。


 「狙い通りさ!」


 真も不敵に笑い、ガイを追い込んだ斜面の上にいる勝志に合図を送る。


 ――今だ、勝志!


 「いくぜ!」


 合図を受けた勝志が、斜面の上で、用意してあった籠をひっくり返した。真が、直ぐ様、ガイから飛び退く。


 「あ!?」


 取り残されたガイが、何事かと頭上を確認する前に、その緋色髪に、大量の毬栗が降って来た。


 「ぐあっ、うお! いって!」


 木刀では防ぎ辛い棘の雨が、ガイに、滝のように降り注ぐ。

 真は、間を置かず再接近し、野球のバットを振るように、渾身の一撃を放った。

 バキッと、木材が折れる、乾いた音が沢に響く。へし折れた木刀の切っ先が、くるくる宙を舞い、川上の滝壺に消えた。

 

 「真!」


 武器を折られた真を助けようと、勝志も斜面を飛び降り、ガイを頭上から狙う。

 しかし、毬栗の雨に晒されながらも真を返り討ちにしたガイは、その動きも森羅(シンラ)で捉えらえており、小太刀を真上に放り投げ対処した。


 「ぐわっ!」

 

 直撃を受けた勝志は転落し、斜面の下に出来た、毬栗の絨毯に転がった。

 

 「いででででででっ!」


 「言っただろ? オレが勝っちまうって」


 ガイが勝志を見て、ざまぁ見ろと言った。


 「さっきのは神託(シンタク)か? けど、動きが筒抜けで意味ねぇぜ?」


 「武器がもっと丈夫ならなぁ……」


 真が手元に残った、折れた木刀を捨てて、降参した。


 ――真剣でも一緒だぜ? 道連れ(ミチヅレ)が不十分なんだよ。


 ガイが、毬栗を平然と素手で掴んで、神託(シンタク)で伝えてきた。

 幽世(カクリヨ)で得られる力は、基本の三つが全てではない。神託(シンタク)道連れ(ミチヅレ)は、二人が竜胆館に来てから、新たに習った力だ。

 神託(シンタク)は、相手に意思だけで言葉やイメージを伝える力で、主に、隠密時や、距離の離れた相手と話す際に使い、幻獣は会話にも使用する。

 道連れ(ミチヅレ)は、自分以外の存在を幽世(カクリヨ)に引き込む力で、ウィーグルやラーラが、真や勝志を助けて逃げる際に使用していたものだ。

 幽世(カクリヨ)の力は、幽玄者(ゆうげんしゃ)であれば無意識に発揮できる為、緊急であったランジの訓練では教えなかったが、より自在かつ強力に扱う為には、更なる訓練を積む必要があった。

 特に、武器を自分の身体と同じように神足(シンソク)で操り、空蝉(ウツセミ)で強固に出来る、道連れ《ミチヅレ》は重要である。

 よく見ると、勝志が降らせた毬栗は、ガイの髪や道着に引っ掛かっているだけで、大したダメージを与えられていない。これは、勝志から離れた時点で、毬栗が幽世(カクリヨ)から出てしまい、ガイに干渉できなかった為だ。


 「あー、おれ道連れ《ミチヅレ》苦手なんだよ」


 「バカ。刀を使うのが白兎隊(オレら)の基本の戦い方(スタイル)だぞ。道連れ《ミチヅレ》の強化は必須だ。見てろ!」


 ガイが言い、イヤリングに引っ掛かっていた毬栗を放り投げた。

 ガイが幽世(カクリヨ)に入れた毬栗は、まるでモーニングスターのように岩に突き刺さった。


 「残念だが、テメェらはまた時間がねぇ。今日はここまで。やりたきゃ遠征先で学びな。出陣の仕度に掛かれ!」


 負けず嫌いの二人が、毬栗合戦を始める前に、ガイは修行を切り上げた。


 ――――――――――――――――――――――


 真、勝志を含めた、白兎隊の出陣が決まった。遠征先は、南の大陸マガラニカと、隣国の()国だ。

 隊長が率いる三十名程の隊士が、既に死祖幻獣軍(アルケー)と激戦になっている、南のマガラニカへ向かい、国内の防衛に十数名が大和に残る。真、勝志は、ガイや十兵衛と共に、幻獣の攻撃を受けている華国の救援に向かう事になっていた。

 

 「華国への出発は夕方だそうです。何か必要な物があれば事前に言って下さい」


 今日も朝食と規格外の胸をお盆に乗せて、(すい)が言った。


 「この上着に大きいポケットを付けて欲しいんだけど」


 「おれは、おにぎりをおっ―いっぱい持っていきたいぜ!」


 遠慮なく物を頼む二人に、翠は、何時も通り笑顔で対応してくれた。

 二人は、その後、戦地へ行く上でもっとも重要な、武器の準備を任された。街にある鍛冶屋軒武器屋に行き、隊士達が預けてある武器を取りに行く。いわゆるパシリであった。


 「ほらよ……研ぎ終わってる。持ってけ」


 職人らしく口数が少ない親方が、修理や改良を依頼した隊士達の、大小様々な武具を二人に渡す。

 店は、工場と併設されており、カンカン刀を鍛える音が聞こえる。軍隊は、銃火器が主力武器の為、刀を使う白兎隊はお得意さんだ。

 真は、受け取った刀を確認する。

 最初に飾り気のない杖のような仕込み刀を手に取った。麻布が巻かれた持ち手を引くと綺麗に研がれた(やいば)が光る。十兵衛の刀―太刀魚(たちうお)丸だ。

 水に濡れているように輝く刀身は、見るからに斬れ味が良さそうだ。しかし、使い手には繊細さを要求する代物でもある。

 真は太刀魚を鞘に戻し、今度は、やたらと大きな刀を手に取る。同じ物がもう一本セットになった、ガイの柳葉刀に似た刀―炎龍(えんりゅう)刀だ。

 通常の刀と違い、柄が刀の峰に外付けされており、斧ような形状をしている。こちらを使い熟すには豪快さが必要だ。

 真は、確認した刀を全て、勝志が背負ってきた籠に入れ、最後に親方から、長さの違う三本の刀を受け取った。


 「ん。これがお前らのだったな」

 

 パシリにも褒美はある。

 真は、ランジの羽織りは返還したが、アキナ(とう)で預かった刀(真剣だが、竹光という名前らしい)は、そのまま使う事にした。それに加えて、二人は、新しい刀を一本ずつ所望できた。

 真は、打刀と併用できる小太刀を選んだ。手を加え、柄に紐や鎖を連結できる金具を設けてもらった。真なりに、幻獣と戦う手段を考えた装備だ。

 勝志は反対に、かなり長い刀を用意して貰った。これも勝志なりに考えた物……と思いきや「長い方が格好いい」と言うのが理由だった。


 「使い熟せるの?」


 先程の訓練で、武器を幽世(カクリヨ)に入れる道連れ《ミチヅレ》が、苦手だと露呈したばかりである。


 「何とかなるって。よしっ、勇気の剣(ブレイブソード)と名付けよう!」


 楽観的な勝志は、貰った太刀を勇ましく掲げ、似合わない名前を付けた。


 竜胆館の裏山には、大きなお寺がある。古くから因幡に住む人は勿論、白兎隊や隊を創設した源家とも深い関わりを持つ寺だ。

 十兵衛は、この寺の敷地にある、先祖の墓に手を合わせていた。

 

 「では父上、母上、行って参ります」


 十兵衛が祈りを終え、手にしていた数珠を何時も付けている左手首に戻した時、入れ替わるように、墓地の入り口に墓参りの道具を持った翠がやって来た。


 「あら、十兵衛。良い心掛けですね」


 翠は、大きすぎる胸で足元が見づらいようで、石階段を慎重に登った。着物の裾から内ももが覗く。


 「出陣前の挨拶です。姉上」


 弟の言葉を聞いた翠は、感心するような悲しいような顔をした。

 敷地に入った翠は、十兵衛の前にある大きな墓石を見つめる。


 「きっと、御先祖様が守ってくださいます。十兵衛だけではなく、隊士達全員を……」


 敷地内には、他にも整然と並ぶ墓石がある。この辺りの墓は全て、かつての白兎隊士ものだ。

 翠は、それらの端にある真新しい墓石の前に最初に膝を折って座り、花を取り替える。この墓は、アキナ島で命を落としたバン・ランジのものだ。

 祈りは届かない事もある。翠は、それでもかつての隊士達の前で、一つ一つ丁寧に祈りを捧げた。

 源十兵衛は、戦場に向かう覚悟を決め、先祖の墓を後にした。

 

 竜胆館の縁側で、白兎隊の隊長、サノヲ・タケルがタバコを吸っている。傍らには猫のイケ丸が並び、煙を目で追っている。出掛ける前には一本吸う。館に居る者ならよく見る、サノヲの姿だ。


 「隊長、時間っス」


 ガイが縁側に現れ、マガラニカへ向かう部隊の準備が整った事を告げた。

 サノヲは頷き、タバコを灰皿で潰した。その後、スーツの胸元から昨夜書いた書状を取り出し、ガイに渡す。


 「これを(チョウ)の爺さんに渡すんだ」


 「何が書いてあるんで?」


 「気になる事があってな。本当は私が直に行くべきなのだが止むを得ない……。お前達に任せたい」


 「あの爺さん、勝手な事されるの嫌がるんじゃないですかねぇ。多分、自分でどうにかするって言いますよ?」


 ガイは書状を預かり受けるが、そんな事はどうでも良さそうだった。


 「……それで、隊長。空いた副長の席は……ともかくとして、華国の遠征隊の指揮は誰が取るんで?」


 ガイが聞く。何気ない風を装っていたが、何か大きな期待を込めている。サノヲは、それに気付かないようにしているのか、唐突にイケ丸を撫で始めた。


 「……いや、指揮は年功序列で隼人(はやと)に取らせる。言った通り、お前と十兵衛には任せたい事があってな。その件は書状に書いておいた。……じゃ、私は行く。武運を祈る」


 サノヲはそう言うと立ち上がって、隊士達が待つ表へ向かった。

 ガイは、何気ない風を装えない程、ガッカリしながら、仕事の一つに出向くかのように、淡々と戦場へ向かう恩師を見送った。

 

 ――――――――――――――――――――――


 いよいよ、出陣の時が来た。華国へ向かう十名の隊士が、白兎隊の紋章が入った羽織りに袖を通し、竜胆館の門の外に集まる。

 真は、道着を着て、翠がポケットを追加した上着の上に、新調された羽織りを羽織って並んだ。出陣の際は、ここから近くまで迎えに来る軍の車両に乗り、港まで向かう手筈になっている。


 「それでは、皆さん。くれぐれも御気を付けて……」


 「任せてください」


 翠達、女中の見送りに、部隊を率いる事となった隊士、隼人が応えた。真は、ガイと、クールな十兵衛が珍しく不服そうな表情をしているように感じた。

 女中達とはここでお別れだった。暫く、館は彼女達だけになる。家族と、別れの言葉を交わす隊士もいた。


 「勝志さん、これを……。姫さんが握ってくれたんですよ」


 翠がそう言って、大量のおにぎりが入った風呂敷を勝志に渡した。

 姫は、ミュー太を大事そうに抱き抱え、知らんぷりをしていた。髪飾りを付けて着物を着た彼女は、本当に館のお姫様に見えなくもない。


 「おお! お姫様が握ってくれたのか。サンキュー」


 「そ、その呼び方止めて!」


 礼を言う勝志に、姫が思わず言った。


 「悪りぃ悪りぃ。……何て名前だっけ?」

 

 「姫だってば! 高木姫! ……ちゃんと残さず食べてよ」


 呆けている勝志に、姫は言った。


 「そうだった。だからお姫様だった」


 勝志は、こちらを心配する新たな妹分の気持ちを察していた。


 「戻ったら感想を言うぜ。姫……!」

 

 部隊長、隼人が「それでは、行こう」と言い、十人は「いってらっしゃいませ」とお辞儀をする女中達に背を向け、歩き出す。

 真は、最後に翠が、ずっと此方を見ていたような気がした。しかし、真は戦場に向かう緊張と興奮で、自分を見送る人の心情を慮る事はなかった。

 道を曲がる隊士達の姿が、館の塀で見えなくなるまで、翠は頭を下げ続けた。

 しかし、どれだけ誠意を尽くし、祈りを捧げようとも、彼らが向かうのは戦場だ。次に会うのは何時になるとも分からず、不幸があれば二度と再会する事はない。

 彼女の胸の奥には、常にその不安と恐怖が存在する。


 ――どうか、ご無事で……!


 翠の脳裏に、十三年前、同じように隊士達を見送った日の記憶が蘇る。

 隊長だった父が率いた、かつての白兎隊―

 しかし、サノヲを除き、戦場から生きて戻った者はいない。

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