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一話 竜胆館

 新暦198年、十月。第二次幻獣戦争、開戦から凡そ二ヶ月。始まりの舞台となったカーネル海は、今や人の気配のない、幻獣の巣窟と化している。


 「マガラニカの戦況どうだ?」


 「他愛無い。寧ろ、その所為でツァルコアの機嫌が悪くて敵わん」


 獅子の姿をした幻獣―ラウインが、大きな滝のある島の海岸を歩きながら、海にいる幻獣と話している。相手の幻獣は、黒い身体の一部を海面に出しながら、ゆっくりと海を漂っている。どうやら、かなりの巨体のようだ。

 

 「時を置かず幽玄者(ゆうげんしゃ)の援軍が向かうだろう。ケートス、お前は奴らが大陸に進入するのを阻止しろ」


 「儂に獲物を取られて、奴が益々臍を曲げそうじゃ」


 カーネル海を占領した死祖幻獣軍(アルケー)は、次に、南にある大陸―マガラニカの攻略を開始した。侵攻から二ヶ月程で、既に大部分を制圧している。


 「……それで、ヴリトラを組み入れる算段はあるのか?」


 「ああ。()()が自ら奴の元へ向かった」

  

 「あの変わり者がのう。……もっとも、あれを担いだお前も中々、変わり者だがな。まぁ、新たな指導者の、お手並拝見と言う訳か……。フッフッフッ」


 海の幻獣―ケートスは、子供の活躍を楽しみにする老人のように笑い、やがて、海水を高く噴き上げて海へ潜り、戦場へと向かった。

 残ったラウインは―ネス―が向かった、彼方の方角へ目を向けた。

 死祖幻獣軍(アルケー)の指導者たる者、輿地にいる全ての幻獣を配下に従えてこそである。


 「ネス……力は貸そう。舞台も用意しよう。だが、最後はお前の自力が物を言う……!」


 ――――――――――――――――――――――


 秋も深まった山々に、朝靄が掛かっている。

 そんな、鮮やかな景色を妨げる靄を切り払い、畦道を二人の少年が駆けていた。道着姿で走る彼らは、正に朝練中。……といった様子だが、背には、木の実や芋、果物が入った籠を背負っている。道も度々外れ、藪や森を自由奔放に走る有り様だ。


 「今日はいいペースだ。道も間違えなかったし、収穫も多い」


 前を行く黒髪の少年―(しん)が、籠に入り切らなかった山菜を手に持ちながら、満足げに言った。


 「けど、キノコが少ねぇ。カキは渋くて、つまみ食いできねーし」


 後ろを走る白髪の少年―勝志(かつし)は、硬そうな木の実を齧りながら不満げだ。


 「昨日のキノコは殆ど毒だっただろ? 今日も僕の勝ちかな」


 軽快に川を飛び越えながら、真が勝ち誇った。

 ここは、カーネル諸島から北にある島国、大和(やまと)帝国の、因幡(いなば)と呼ばれる地域だ。

 アマリ(とう)の不良少年、真と勝志は、今、そこにある白兎(びゃくと)隊の本部で世話になっている。そして、今朝は、修行の一環である早朝の走り込みと、秋の味覚収穫勝負から戻る所だった。


 「熊の爪痕を見付けたから今度、狙ってみようかな」


 「おれは蜂の巣に挑むぜ! 蜂蜜が欲しい」


 新天地は、海に囲まれた故郷とは違い、山に囲まれた正反対の土地だった。

 しかし、彼らのスリルと冒険を好む、無鉄砲な性格は、全く変わっていない。


 靄も晴れる頃、二人はゴールとなる立派な木の門に辿り着いた。門と塀の向こうには、広い敷地と大きな屋敷が見える。

 この屋敷こそ、白兎隊の隊士が訓練をする道場兼生活を送る館で―竜胆館(りんどうかん)―と呼ばれていた。

 白兎隊は、現在、五十余名の隊士で構成されている。国内各地の幻獣の対応。要請があれば海外へも出向く、少数精鋭部隊だ。現在、出陣している隊士を除くと、真と勝志を含め、十名弱が館に残っていた。

 真と勝志が門を潜り、敷地に入ると、真面目で早起きな隊士、十兵衛を始めとした数名が、既に庭で鍛練を行っていた。

 庭には、他にも箒で石畳みを掃いたり、洗濯物を干したりしている、和服を着た女性達の姿もあった。彼女達は、主に隊士の母親や妻といった家族で、食事を初めとした日常的な世話をしてくれる、女中さんである。

 真と勝志は、女中に籠を渡して館に入った。朝食は、新入りらしく一番最後だ。


 「御早うございます。真さん、勝志さん」


 真と勝志が、居間へ上がると、緑がかった黒髪の美しい女性が、朝食をお盆に乗せて現れた。

 女性の名前は源翠(みなもとすい)。この屋敷の持ち主である源家の娘で、女中達のまとめ役でもあった。

 真と勝志は、ぶっきらぼうに挨拶を返し、どかりと座布団に座り、朝食をかっ食らった。そんな、行儀作法に疎い新入り二人でも、彼女は特別、咎める事はなく、何時も親切に接してくれた。

 翠は、竜胆館の女将とも言える立場で、清楚かつ礼儀正しい才女だ。しかし、立場や振る舞いとは無関係に、()()()()で非常に目立つ存在であった。

 今日も、甲斐甲斐しく給仕をしてくれる彼女の()()に、毎朝見ているにも関わらず、勝志が釘付けになっている。


 ――やっぱ、でけぇなぁ……!


 彼女は、非常に胸が大きいのだ。

 他の女中同様、和服を着ているが、その上からでも隠しようのない巨乳で、帯の上に乗り上げている程であった。恐らく、着物もたっぷりの布を使った、特注であろうが、ちゃんと襟を合わせても、谷間が覗いてしまっている。

 

 「今日も特盛りで!」


 「かしこまりました」


 そんな翠が、ご飯を沢山装ってくれるので、勝志は良い事尽くめであった。

 当の翠は、そういった失礼な視線に慣れているのか、寛容なのか、はたまた、ちゃんと「いただきます。ごちそうさま」は言う少年達に感心しているのか、胸と同様、柔らかい笑みを湛えていた。


 「―そう言えば、昨夜遅くに隊長さんが御帰りになられたんですよ」

 

 勝志の茶碗に、三回目のおかわりを装いながら、翠が言った。

 

 「隊長が……?」


 「どんな人なんだ?」


 真も勝志も、竜胆館に来て二ヶ月経つが、未だ、白兎隊の隊長に会えていなかった。


 「後でお二人に会いになられると思いますよ。良かったですね。これで正式に入隊許可が貰えます」


 翠が、柔かに言った。

 一方、真と勝志は、すっかりここでの生活に慣れ、自分達が、まだ借り入隊であった事を忘れていた。


 「どんな人? ハッ、隊長は厳しいぜー。許可が下りなくて、テメェらとは今日でお別れかもな!」


 襖を足で開け、先輩不良隊士、ガイが居間に入ってきた。

 起きたばかりなのか、普段付けているイヤリングやネックレスが無く、ランニングシャツにスウェット姿だった。


 「御早うございます。ガイさん」


 品性がまるでないガイに対しても、翠は丁寧に挨拶し、彼用に、わざわざ好みのトーストとミルクを用意した。

 真は、万が一入隊を拒否された時、どうしようかと考えたが、触発されてトーストとミルクを翠にねだる勝志を見て、ワガママを通す大切さを学んだ。


 真と勝志は、他の隊士に混ざり、午前の訓練に入った。

 幽世(カクリヨ)の訓練は、空蝉(ウツセミ)を使う、滝行、薪割り、隠れん坊。森羅(シンラ)を使う、目隠し野球、ドッジボール中当て。神速(シンソク)を使う、木登り、空中障害物競走と、どれもユニークだ。

 加えて、剣術、武術、筋トレ、瞑想、といった一般的な鍛練も行われる。これは、どんなに超人的な能力を持っていても、それを戦闘に活かすには、相応の技術と精神が必要だからである。お陰で二人は、メチャクチャだった武道が、かなりまともになった。

 昼過ぎ、真と勝志は、遂に隊長に会う事となり、広い館内にある大広間に移動した。竜胆館に来た日に、探検と称し、館内を探索した為、迷う事なく大広間へ来れたが、この部屋で何かをするのは初めてだった。

 大広間は、奥の壁に、兎と鮫が描かれた絵があり、そこだけ一段、床が高い。丁度、時代劇で、家臣が殿様に謁見する部屋のようであった。

 二人は、その家臣が座る位置に、何となく正座した。しかし、部屋に張り詰めた空気はまるでない。理由は、殿様が座る席に、先客がいたからだ。

 あくびを欠く白黒のブチ猫。イケ丸という名の、竜胆館で飼われているイケメン(らしい)猫だ。


 「も、もしかして、あなたが隊長ですか!?」


 「まさか……っ」


 思わず勝志が言ったので、真は笑った。だが、隊長がどういう見た目か知らない上に、自分達を推薦するガイが、珍しく緊張した様子でやって来て、二人の斜め前に座り、半信半疑になった。

 二人がイケ丸に注目していると、高座の襖が開き、一人の人間が入って来た。現れたのは、この部屋にやや不釣り合いな、スーツ姿の、三十代くらいの男だった。

 

 「悪いな、遅くなった。君達が真と勝志だな。私が白兎隊の隊長、サノヲ・タケルだ。これからよろしく」


 隊長は、イケ丸を抱き上げて高座の段差に腰を下ろして膝に乗せ、気さくに挨拶した。

 真は、少しでも猫を疑った自分を、勝志並の馬鹿だと思ったが、隊長のイメージは、和服に丁髷の殿様ではなくても、なんとなくバン・ランジを年配にしたような、厳格な人物だと思っていた。

 しかし、目の前の男は、サラリーマンのような風貌で、とても戦闘組織のリーダーには見えなかった。

 

 「よろしくって隊長、マジの許可ですか?」


 二人よりも驚いた様子で、ガイが言った。


 「もちろんだ。幽世(カクリヨ)の才があるんだろう? それにガイ、珍しくお前が太鼓判を押すそうじゃないか? それなら充分だ」


 「いや、それは少し語弊があるってゆうか……」


 ガイは、何故か照れ臭そうに言った。

 縁側の襖が開き、翠が入って来た。豊満なバストの前に、今度は広蓋盆を持っている。

 

 「入隊、おめでとうございます。こちらに名前を書いてください」


 翠は、盆に乗っていた、古めかしい巻物を広げた。

 隊士のものであろう名前が、ずらずら書かれている。その一番最後―春日野りぼん―の隣りから空白になっていた。

 

 「おれの苗字って、どうだっけ……?」


 ―登張真―。慣れない筆で、真が名前を書いている間、勝志は、何と自分の苗字の漢字を思い出していた。

 勝志が―阿摩美勝志―と殆ど判読不能な字を書いた後、翠は、別の広蓋盆を、それぞれ二人の前に置く。


 「お二人にこれを……」


 盆の上には、真新しい白兎隊の羽織りが乗っていた。

 二人が羽織りを手に取ると、触り心地の良いサラリとした感触がした。自分達のサイズに合わせて仕立てられた新品だ。

 翠の準備のよさに、真は、最初から入隊は許可されていたのだろうと思った。


 「良かったですね、ガイさん」


 「ん? まぁな」


 二人の入隊を、一番、後押していたのがガイである事を知っていた翠が、微笑みながら言った。事情を知らなかった推薦者、ガイを見て、真と勝志はニヤニヤする。

 すると、二人に気付いたガイが、急にキレた。


 「オラッ、テメェら! 何か言う事あんだろ!」


 「何を言えば?」


 「謹んでお受けします! ……とか、ありがたき幸せ! ……とか」


 「はっはっはっはっはっ」


 ガイの発言に、気さくな隊長が笑った。

 真と勝志が、羽織りに袖を通した後、新たな部下を見ながら、満足そうに隊長が言った。


 「白兎隊は幻獣と戦う為の組織だが、ここに居る以上、私達は同志……いや、家族だ。共に生活し、共に学び、励んでくれ!」


 二人は晴れて入隊を果たした。


 有頂天になった二人は、午後の訓練に、何時も以上のやる気を見せた。

 真は、訓練の間も隊長の姿を何度か見掛けた。てっきり、何か指導をするのかと思ったが、隊士達を励ましたり、笑顔で会話したりしていただけだった。

 

 「あー、今日は腹減ったぁ! 緊張しちまったからなぁ」


 「そうは見えなかったけど」


 本日の稽古が終わり、一番に夕食の席に着いた腹ペコの勝志が、畳みに寝っ転がって伸びをした。しかし、丁度、後ろから、制服姿の少女が居間に現れたタイミングと重なってしまう。

 

 「おうっ、お姫様じゃねーか!」

 

 少女を真下から見上げながら、勝志が言った。

 少女は、勝志の呼び方が気に入らなかったのと、セーラー服とスカートの裾の中を覗かれた所為で、ムッとした表情をした。そして、勝志の顔面を踏み付けて居間へと入った。


 「あら、姫さん。御帰りなさい」

 

 「ただいま翠さん。手伝います」


 少女―姫は、感情を殺して翠にそう言い、不機嫌そうな顔のまま、パンツとおへそを見られない格好に着替える為、自室へ向かった。

 途中、縁側に居た、竜胆館で飼われているもう一匹の猫には、笑顔で声を掛ける。


 「おいで、ミュー太」


 黒猫のミュー太は、ミューと鳴きながら、彼女に付いていった。


 「あいつは、見上げても踏まれねぇんだよなー」

 

 赤くなった鼻を押さえながら、勝志が言った。

 姫は、竜胆館では唯一、真と勝志より年下で、女中見習いのような立場であった。まだ会った事がないが、父親が隊士だと真は聞いていた。

 幽玄者となった勝志は、踏まれてもめげない。また翠と翠が持ってきた豪華な料理に感激していた。


 「なんだこりゃ、ごちそうだぁ。すげー!」


 「二人が朝、採ってきてくれた秋の味覚で作りました。入隊祝いですよ」


 翠が、にっこりして言った。

 夕食の席は賑やかだった。

 隊の一員となった真と勝志を、他の隊士達は「よかったな!」「これから背中を頼むぜ!」「ほらっ酒だ。酒を飲め!」と歓迎してくれた。

 それに対し、二人も「直ぐに一番の幽玄者になる!」「幻獣退治は任せろ!」と抱負を述べた。

 真は、サンゴの家で過ごした最後の夜を、少しだけ思い出した。

 今日もまた記念日である。幽世(カクリヨ)の才という、この上のないものを磨く、白兎隊での生活は、毎日が充実している。自分の世界には、大いなる力と舞台が整った。

 真と勝志は、まだ酒を飲めなかったが、すっかり陶酔し、意気揚々だった。


 ――――――――――――――――――――――


 夜の竜胆館は、とても静かだ。元々、付近の住宅地からは離れた場所にある事に加え、朝の早い隊士や女中は、早めに就寝する。

 館には、離れのような建物がある。そこは、隊長の部屋で、唯一、小さな明かりが灯っていた。和風の造りだが、中は、洋風の机や椅子やベッド、更に、サノヲの趣味なのか、ワインが並ぶ棚が置かれ、竜胆館では一風変わった雰囲気があった。

 机にある灯りに照らされたサノヲが、書状に筆を走らせている。昼間、隊士達の前で見せる、気さくな印象は今はなく、神妙な面持ちだ。

 ベッドには、白い着物姿の、若い女性がいた。豊かな胸を持つ女性、翠だ。こちらも昼間とは違い、長い髪を垂らし、着物の襟元を大きく開けて谷間を出し、裾からも太ももを覗かせていて、妖艶な印象を受ける。


 「もう、お二人を前線に向かわせるのですか?」  

 翠が胸元を隠しながら、少し問い詰めるように聞いた。


 「仕方がない。()国を見捨てる訳には……。清林(せいりん)組とは古い付き合いだ」


 「成人していても、まだ学生の年齢です。本来、入隊は来年になる筈です」


 「安心しろ、十兵衛やガイは、もっと小さい頃に初陣を経験した。ランジの忘れ形見だ、死なせはしない」

 

 サノヲが言うが、翠は暗い表情をした。

 日頃、隊士達と家族のように振る舞っていても、戦事に於いては冷徹な判断を下せる。彼のそんな所に、翠は、少し冷いものを感じていた。

 後ろめたさを隠すように、翠は話題を変えた。


 「最初に名前を聞いた時……驚きました。何かご存じですか?」


 筆を持つサノヲの手が一瞬、止まった。


 「いや、私は知らない。親戚の話も聞いた事がない」


 そう言ってサノヲは、何事もなかったかのように、再び筆を動かし始めた。

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