プロローグ 天の声
二章です。白兎隊に入隊した真と勝志は、修行を積みながら派遣された地、華国での戦いで奮闘します。
〜以下、作中の能力解説〜
※幽世。アクアトレイにおける真実の世界。又は魂の空間、領域。現実に隣接しており、ここでは一般的な物理法則が無視される。この空間に自在に入れる者を幽玄者と呼び、更に、そこで変異した生命体を幻獣と呼ぶ。
幽世では以下の力、幽世の六道が使用できる。
※空蝉。相手や物の存在そのもの、即ち、魂に一方的に干渉できる力。或いは干渉されなくなる力。
※森羅。五感を使わず万物を把握する力。
※神足。意思のみで身体を操作し、移動、浮遊をする力。
※神託。自分の言葉やイメージを、意識のみで他者に伝える力。
※道連れ(ミチヅレ)。他者や物を幽世に引き込む力。
※業。詳細不明。
天が漆黒の闇に覆われていく。
その現象は、陽の光の下を生きる者にも、月星が輝く真実の世界に触れる事が出来る者にも、等しく認識でき、全てのモノに、恐怖と畏怖の念を抱かせた。
広がる闇の中央からは、夥しい数の幻獣が湧くように出現し、光ある空の下へ侵攻する。それは、海を越え、生きとし生ける者を、死に追いやろうとしていた。
人々は、殆ど抵抗する間もなく殺された。彼らと渡り合う力を持つ者―幽玄者ですら、多勢に無勢で、苦しい戦いを強いられた。
しかし、闇の先兵ともいえる幻獣の侵略が、押さえ込まれいる戦場があった。今も、一体の幻獣が身体を真っ二つに斬り裂かれ、地面に伏す。
「どうした!?」
仲間を殺された幻獣達が警戒した。
彼らは、元凶となった敵を、直ぐに見付けた。仲間の骸の先に、剣を持った青年がいたからだ。
青年は、和服姿に羽織りを纏っている。どこか、書生のような、物静かで博識な印象を受ける。
静かな眼差しで此方を見るニンゲンに対し、幻獣達は骨のある相手を見付けたとばかりに、狂気に満ちた瞳で襲い掛かった。
幽世を高速で移動し、恐るべき力で木々を薙ぎ倒しながら迫る幻獣達。しかし、何れの幻獣も、青年には敵わなかった。
青年は、襲って来た複数の幻獣を、瞬く間に剣で斬り伏せ、返り討ちにして見せた。
恐るべき能力の高さ。彼は、その勢いのまま、侵攻する幻獣を次々と斃し、味方の救援に向かった。
「大丈夫か? 高木!」
同じ白兎隊の仲間達を助け、青年は共に撤退を図った。
途中、仲間を先に行かせ、尚も追い縋る幻獣を、青年は一手に引き受けた。
その時、漆黒に染る天空の彼方から、声が響いてくる。
「輿地にいる全ての者よ、聴け……! 我こそは天帝、零」
その声は、紛れもなく広がる闇の中央、その奥から聴こえる。
「我はこれより、この世をあるべき姿に昇華し、統治する。全てを抱擁し、神の国へと導く為に……! 幻獣達よ、我が下へ集い、我が力となるのだ……!」
天からの声は、ノイズが混じったような不気味な音だ。しかし、聴き手を支配するような、圧倒的な力を感じさせた。
「……あれが零。……幻獣の神……!」
青年は、空を覆う闇を静かに見上げる。彼だけは、闇の中央に座す、神なるモノの姿が見えているかのようだった。
青年は思う。「果たして神を名乗る、あの強大な存在に挑む力が、自分にあるのだろうか……?」と。
そう己に問いつつ、青年はその場を離れた。
この日を境に、人々は、人類滅亡への刻限が始まったと信じた。
幻獣の恐るべき力と、それを束ねる神なる存在が放つ永久の闇を見た者は、皆、絶望を抱いたからだ……。
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神は何処かに去り、人類は十年余りの歳月を生き長らえた。
幻獣戦争が再び開戦し、大和の軍事基地は、緊迫した空気で包まれている。
その司令室で、事態の対応に追われている司令官が、毛が無くなる一方である頭を掻いている。彼の軍服に付けられている勲章の数は、かなりのもので、余程の高官だと思われた。
「幻獣討伐の迅速な対応に感謝する。お陰で国内で大きな被害が出る事はなかった」
「反逆していない幻獣を始末するのは、些か酷でしたが……」
司令官はデスクの前にいる、一人の人物と話していた。
藍色の髪をした、黒いスーツ姿の男だ。部屋には他に誰もいなかったが、基地内で軍服ではない人間は珍しい。
「しかし、ヴリトラには参った。もしもの時は、西からの脅威にも備えねばならん」
「死祖幻獣軍はまず、旧支配地の奪還を目指す筈です。奴の独自行動は天帝が零ではないという事の裏付けになるでしょう」
「では、一体何者がその座に……?」
「それは私にも分かりません……。ただ、華国には直ぐに部隊を派遣します」
「マガラニカもあるというのに……。また白兎隊には苦労を掛ける」
「買って出るのが我々の役目です。その為に隊を再構させたのですから」
スーツの男がそうハッキリと言い、司令官は感謝した。
司令官、いや、大和の高官達は、この男に絶大な信頼を寄せていた。彼が前線に出るだけで寿命が伸びる。そんな気がする程であった。
男こそ、十三年前の絶望的な戦争を生き残った幽玄者にして、現白兎隊隊長を勤める人物。
名をサノヲ・タケルといった。




