十八話 アキナ島の戦い㊁
嵐に見舞われるアキナ島を舞台に、人類と幻獣の戦争の火蓋が切って落とされた。
勝志とラーラは、グレイス邸の地下にあるシェルターに、他の観光客や邸内の職員達と共に避難していた。司令部を兼ねたこのシェルターでは、慌ただしく外と情報のやり取りしている政治家や軍人の声が響いている。
「プロヴィデンスの軍は何時、到着する?」
一人の政治家の声が聞こえた。
ラーラが「あれがパパだよ」と勝志に教えてくれた人物だ。ラーラの歳からすると、かなり年配の父親で、状況の所為か、些か厳しそうな親に見えた。
シェルターの外壁は鋼鉄で作られている。にも関わらず、時折、地鳴りがして、その度に避難者達が恐怖で怯えていた。
「姉御……ここ本当に大丈夫なんスか」
「仕方がないでしょ。外はもう化け物だらけよっ」
今度は、二人の側にいた、四人組の会話が聞こえてくる。このシェルターに入っている、という事は、観光客だろうが、何日も放浪生活をしていたような、見窄らしい身なりをしていた。
「でも、もし幻獣が入って来たら……俺ら袋のネズミっすよ」
「あ、あんたがシェルターに入ろうって言ったんじゃない!」
「あ、姉御が何時までも幻獣に拘るから、こんな事に……っ」
「何ですって! あたしの所為だって言うの!?」
勝志は「どこかで会った四人だなー」と思った。特に、姉御と呼ばれた女の、揺れるFカップには見覚えがある。
しかし、その時、ずっと青白い顔をしていたラーラが、突然、言った。
「勝志……っ真が……!?」
「? ……真がどうした?」
勝志は、あまり危機感の無い声で聞いた。
「ずっと、シェルターの近くにいたんだけど……森の方に向かって行って……。分からなくなっちゃった……っ」
ラーラは、真が戦場から離れた場所にいると森羅で分かっていたので、安堵していた。しかし、前線の部隊の苦戦を感じ取ったのだろう、彼は、そちらへ向かってしまった。そこからは、真自身が深く幽世に入ってしまった為、気配を追えなくなってしまった。
「真なら大丈夫さ。あいつは何度も危ないことをしているけど、何時も必ず戻って来た」
「……でも」
ラーラは、やはり、自分が幽世の事を話さなければ、真が戦闘に出る事はなかったと思っているのだろう。
一方、真を知る勝志には分かっている。ラーラが話さなくても、真は変わらずこういう無茶をする事を……。
「おれ達にはどうすることもできねぇ……」
勝志は焦ったさを感じながら、シェルターの分厚い扉を見て言った。
前回の幻獣の襲撃で、島民に被害が出た所為か、シェルター内の警備も厳しい。避難者は、許可なく行動を取る事も許されていなかった。
扉は、外の幻獣を絶対通さないように、中の人間も絶対に出さない。警備の兵士が、ガッチリと前に立ち、どう足掻いても外には出られないだろう。
そんな、どうしようもない状況だと思っていたが、ラーラが周りを気にしながら勝志に話した。
「わ、わたし……多分、別の出口を知ってる……!」
――――――――――――――――――――――
幻獣と交戦している第二防衛隊に、援軍が到着した。
しかし、そこは、部隊の大半が周辺の木々と共に薙ぎ倒されている、散々たる場所だった。幻獣の侵攻を防ぐ為、設けられた防御柵はバラバラに吹き飛び、雨で泥濘んだ地面に沈んでいる。
「幻獣は何処だ!?」
倒れた兵を助け起こしながら、援軍の一人が言った。その時、雨の音とは違う重低音が鳴り響く。
「下だ!」
その声が届くや否や、地面から、地鳴りと共に巨大な影が飛び出す。
警告のお陰でその場を飛び退き、難を逃れた兵もいたが、数人が影の直撃を受け、高々と宙に打ち上げられた。
泥の中から飛び出した影は、長い首を持つを水性生物のような幻獣だったが、泥地に潜り、再び、その姿が見えなくなってしまう。
援軍の兵達は、幻獣が地面を移動する事で出来ているのであろう、泥飛沫を狙って銃撃したが、当たったのか当たらないのか、どちらにしろ手応えはない。
「く、くそっ……!!」
その時、焦る兵士達の頭上に、先程、警告を発した少年が現れる。白兎隊の羽織りを着た少年だ。
少年は、彼らを飛び越え、地に潜む幻獣まで一っ飛びすると、持っていた刀を豪快に振り抜いた。
「はぁああああ!!」
太刀筋は正確に幻獣を捉え、泥飛沫にドス黒い血が混じった。
幻獣が、血と泥を滴らせ、泥地から姿を現す。首長恐竜を思わせる頭部に、四つのヒレと、長い尾を持つ、大型の幻獣だ。
スライディングをしながら着地した真は、直ぐに自分の不利を悟った。
今の真が可能な、最大限の空蝉による一撃だったにも関わらず、首長竜幻獣は、多少、身悶えした程度のダメージしか受けていないようだ。
刀を見ると、刃の半分も血に濡れていない。それだけ敵が、真の干渉を許さなかった証だった。
更に、敵と真がいる場所は、雨水が流れ込む窪地で、まともに地面を蹴れない泥沼となっていた。
「白兎隊? キサマがカ? ……笑わセル!」
真を見る幻獣が、ズラリと並ぶ牙を剥き、再び泥に潜って姿を隠す。どうやら、こちらが半人前の幽玄者であると見抜き、嘲笑っているようだ。
真は、強引に振る事しかできない刀を構え直す。
自らの、幽世での真価が試されていた。
軍の犠牲が出ている場所は、第二防衛隊だけではなかった。
一体の幻獣が、街中にあるシェルターを守る守備隊を蹴散らした。サイが進化して角の数が増え、逆に太古の生き物、トリケラトプスになった幻獣が、三本の角を突き出しシェルターの入り口へ突進する。
頑強な扉とはいえ、この一撃を受ければ、一溜りもないだろう。
しかし、恐竜幻獣は、扉にぶつかる前に進路を逸れる。直前で、何者かの横槍を受けたのだ。
幻獣は、代わりに扉の横の岩盤に激突し、衝突音が轟いた。
「危ねぇ、危ねぇ!」
最悪の事態を、体当たりで防いだ白兎隊のガイは、飄々としつつも内心ヒヤリとしたようだ。守った扉は、奇しくも、リズが避難したシェルターの入り口だった。
恐竜幻獣は、岩盤への衝突を物ともしておらず、今度はその角をガイへ向け、走り出した。
「ッ!?」
巨体では不可能なハイスピードを、神足で可能にした突進に、対応が遅れ、ガイは、遥か後方の岩壁まで押し込まれた。激突したガイを中心に、岩壁に亀裂が走る。
ガイは、辛くも両手の刀で幻獣の角を防ぎ、幻獣と岩壁の間に留まった。しかし、敵は力を抜かず、ガイを岩壁に押し込めるように双刀に圧を掛ける。
ガイに、敵の鋭利な角がジリジリと迫った。
海岸近くの森の中では、待機していた兵が、周囲の木々と共に、斬り裂かれる現象が発生していた。突然、味方が流血して倒れた為、部隊全体に動揺が走る。
しかし、周辺を見渡しても、幻獣の姿は見えなかった。それでも、一人、二人と、立て続けに兵が悲鳴を上げながら負傷していく。
白兎隊の十兵衛が、幻獣の気配を感じ、彼らの救援に現れた。
幻獣は、必ずしも巨大な身体とは限らない。それが視認できない速度で動き、彼らを攻撃していた。
「下がっていろ」
十兵衛は、混乱状態の部隊を下がらせ、木々が斬り倒されてできた、開けた空間に立つ。
幽玄者でも、目で追えない相手は、視覚で捉えられない。
十兵衛は、目を閉じ、音速で動く敵を森羅で追った。
――――――――――――――――――――――
勝志とラーラは、シェルター内にある通路の一つにやって来た。
二人が避難民の居るエリアから、コッソリ抜け出せたのは、見覚えのある四人組が、勝手にシェルターから逃げ出そうとして扉を開けようとし、警備沙汰になる騒ぎが起こったお陰だった。
「外に出しなさいよー!」
「勝手な行動をされては困ります」
「こらっ、どこ触ってるのよ!」
しょっぴかれる四人と警備兵との喧騒が、此方の通路まで届くが、二人が抜け出した事には、誰も気付いていない。
「あった、あれ!」
ラーラが薄暗い天井を指差す。そこには、人が一人通れるくらいの扉があった。壁に付いている梯子から上がれるようだ。
「森を散歩している時に出口を見付けたの。多分、そこに繋がっていると思う」
恐らく、シェルターに敵の侵入を許した時、袋の鼠にならない為の脱出口だろう。
「ここからなら出られる。真が戦っているのに、わ、わたしがいつまでも幽玄者なのを隠して、何もしないなんてだめだよ……!」
ラーラは、ずっと寂しかった。自分の秘密を知られれば、白い目で見られると思い、親しい人を作らずに生きてきたからだ。
でも、今は真や勝志と友達になれた。その友達が母と同じように戦争に向かうのだ。自分だけ隠れている訳にはいかない。
ラーラは梯子を使わず、神足でふわりと浮き、扉まで飛んで行く。下にいる勝志に、パンツが見えてしまうが、気にしている場合ではない。硬い扉を施錠しているハンドルはかなりキツそうだったが、彼女は空蝉を使い、ロックを解除して見せた。
「―……」
しかし、そこで覚悟が鈍る。ゆっくりではあるがラーラは墜落し、ヘタリと倒れ込んだ。
勝志は、ラーラを受け止めた。うっかりまたノーブラの胸を掴んでしまったが、青白い顔が、益々、蒼白になったラーラは、それどころではなさそうだ。
無理もない。幽世に深く入れば、それだけ森羅で外の状況が分かる。真の同行だけでなく、犠牲となる兵士の様子、こちらを淡々と狙う、幻獣の存在を強く感じ取れるのだ。
ラーラは恐ろしくなった。この小さな扉の外では、父親が娘に触れさせようとしなかった、死と隣り合わせの世界がある。
「ラーラ……」
勝志が声を掛けた。
「ラーラは冒険好きか?」
「……」
ラーラは蒼白な顔のまま勝志を見て、キョトンとした。
「おれは好きだぜ。戦争ともなると、ちょっと違うだろうけど、冒険も結構、命懸けさ。リズ姉とかは無茶は駄目って言うから、危ないと思うのが普通なんだろうけど、おれや真は、そういうことにワクワクしちまうんだ!」
勝志は、何時もと変わらない。果物を持ってきてくれた時と同じように、ラーラを励ます。
「ラーラはラーラのままでいい。無理に戦ったり、危ないことをしようとしなくていい。そんなことしなくても、おれ達は友達だ。だから、ここはおれが行くぜ。おれが幻獣から真を助けてみせる!」
「で、でも勝志……勝志は―」
ラーラが焦る。勝志は幽世に入れない、それで幻獣と戦うのは無謀すぎる。
だが、ラーラはある事に気付く。天井を見る勝志の瞳は、どこかその先の空や、はたまた、星や月を見ているように思えた。
「勝志……?」
「色々、考えても入れなかったんだけど、今はなんだか自然にできる」
勝志が、幽世に入っている。ラーラは、幽玄者しか放てない存在感を、勝志から感じ取った。
勝志は、ラーラが海で拾った、ウィーグルの銀の羽根をポケットから取り出す。
真は、勝志も幻獣に対して憎しみがあると考えていたが、勝志の気持ちは違っていた。
「何でだろうな……。また、友達を失いたくない……。そんな風に思ったら、自然と……!」
「勝志……でも、それでも危険だよ……っ」
ラーラが心配するが、勝志の決心は揺らがない。勝志は、ラーラの両肩に手を乗せて言う。
「ラーラ。お前はここにいろ。それで、もしもの時はその力で父ちゃんを守るんだ。真はおれに任せろ! ずっと二人で危ないことをやってきたんだ。今回も乗り切ってみせるさ!」
「勝志―」
ラーラに、勝志の強い気持ちが伝わる。
ラーラは少し微笑んで言った。
「何だか、友達じゃなくて……お兄ちゃんみたいだね」
「そ、そうか?」
その言葉に、勝志は随分、ドキッとしたようだ。
その時、二人の居る通路に、誰かが近付く気配がした。
「誰か来る」
勝志はこういう事に慣れっ子なのか、忽ち梯子を登り、隠し扉に向かう。
「勝志、お願い……! 気を付けて!」
一人、外へ向かう勝志に、ラーラが言った。
勝志は、まだ不安そうなラーラに言葉を返そうとしたが、通路に現れた警備兵が二人を見付けた。
「そこ! 何をしている!」
警備兵は驚き、仲間を呼ぶと、二人の方へ向かって来る。
「勝志、行って!」
ラーラが道を塞ぐように梯子の前に出る。勝志は迷う事なく扉を開けると、梯子を蹴り外へ出た。
チラリと振り返ると、警備兵に取り押さえられているラーラの姿が見えた。きっと、父親にこっ酷く叱られる事だろう。だが、それは、自分や真が、リズ姉に叱られるのと同様、この戦闘を乗り越えた後にしか訪れない、平和な光景だ。
勝志は、友を救う為、戦いの嵐の中へと飛び出した。




