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番外編其の二 先輩隊士りぼん㊄

 「本当にこっちであってるんでしょうね?」


 「ああ。少しは信用しろってぇ」


 今度はアヤメに縄で縛られたお頭が、道案内をする。りぼんは「逃げないで下さいよ」と釘を指したが、全く懲りた様子のない頭は「ハハッ、偶にはこういうのも悪くねーな」と言うので、りぼんは呆れてしまった。

 三人は真っ暗ともいえる山道をそこそこ歩き、川の上流を目指した。やがて、頭が川辺にある岩の辺りを顎で示す。


 「あれだ」


 「血……!」

 

 岩陰にベトリとドス黒い血痕あった。かなりの量に見え、普通の生き物なら致死量だろうと思われる。

 

 「仲間の一人が見付けてね。無能な部下共はコイツを狩りに行きたがったが、オレには分かるぜ。この血の持ち主は森の生き物じゃねぇ。とんでもなく強い……。人間が相手できるレベルじゃねぇってなぁ」


 これについては頭も真剣な面持ちで言った。

 アヤメは血痕に近付き手を翳す。逃げた幻獣は太平洋沖で白兎隊と交戦し、ダメージを受けている筈だった。血痕から持ち主の情報を森羅(シンラ)で感じ取る。

 

 「刀傷……。上空を飛んでいた……。向かった先は北西……なにがある?」


 「まぁ、山頂だな」


 「幻獣は恐らくそこにいる。行こう。回復をしようと身を潜めているに違いない……!」


 アヤメはそう推測した。頭の表情から真剣味が消える。


 「じゃ。オレはここで解放かな」


 「だめ。あんたみたいなの野放しにしたら、女の子が何人泣かされるか分かったもんじゃない!」


 提案を却下し、アヤメは再び頭の縄を引っ張って、三人は北西へ進んだ。

 

 「どうするんですかこの人? 逮捕しても、幽玄者じゃ脱獄しちゃいそうですよね?」


 りぼんは山頂を目指す道中、小声で頭の処遇を尋ねたが、アヤメの解答は意外なものだった。


 「幽玄者だし……仲間になるんじゃない?」


 「ええっ!? 嫌ですよ、こんな人が入るのっ!!」


 りぼんは思わず大声を出し、慌てて口を塞いだ。

 三人が山頂付近に辿り着くと、獣の巣穴にでも入ってしまったかのような、空気の変化を感じた。先程見たような血痕が点々としていて、姿は見えなくとも、僅かな温度の違いや匂いが、息衝く何者かの存在を知らせる。


 「いる……。りぼん、予定通りに……! あんたも隠れてて!」


 「はい」


 アヤメが格好悪くない言い回してくれ、りぼんは遠慮なく近くの大木の裏に隠れた。


 「何だよありゃ……デカすぎんだろ……!」


 木々の向こうに見える黒い岩山の方を見ながら、怯える頭もりぼんと一緒に身を隠す。もっとも捕まっている彼は、どんなにブルブル震えても、今更、体面を気にする必要はないかもしれない。


 「あれが、幻獣……!」


 戦々恐々しながら、りぼんは敵の姿を盗み見た。

 幻獣はアヤメが近付いて来ると、全身の体毛をザワザワさせ、鋭い爪が生えた手足を動かして身体を起こした。


 「グウウウウウウウゥ……!!」


 低い唸り声が山中に響き渡る。

 岩山に見えたモノこそが巨大な熊の幻獣だった。後ろ足で立ち上がると、全長は十メートルをゆうに超え、山の上に新たな山が聳えたようだ。


 「カリストー……!」


 アヤメが追っていた幻獣であると確認する。

 白兎隊にやられた全身の刀傷から、まだ生々しく血が滴るカリストーは、その見た目と唸り声で、マトモな生物が遭遇すれば、恐怖で身動き一つ取れないだろう。

 アヤメは刀を抜いた。


 「行くよ!!」


 「アアアアアアアアアアァ!!」


 カリストーは防衛本能に身を任せるように掛かって来た。鋭い爪でアヤメを引き裂こう腕を振ると、付近の木々がバサバサと凪倒される。

 アヤメは神足(シンソク)で宙を舞い、リーチに勝る相手の攻撃を躱しつつ、剣術の基本の動きで斬り込む、ヒットアンドウェイ戦法を取った。


 「と、とんでもねぇぜっ!!」


 大木の端から覗き見る頭が、異次元の戦いに腰を抜かしている。


 「ちょっと、ちゃんと隠れてて下さいっ!」


 りぼんも注意しながら、怖い物見たさで覗き込む。

 

 「やあっ!!」


 「グアァ!!」


 アヤメは調子良く太刀を入れ、敵にダメージを蓄積させていた。

 しかし、カリストーは負けじと戦法を変え、山の地面を爪で引っ掻きながら腕を振った。そうすると山肌や木々を平気で穿つ石や泥が飛散し、凶悪な攻撃となった。


 「ミ、道連れ(ミチズレ)っ!!?」


 「ハア!??」

 

 自分以外のものを幽世(カクリヨ)に入れ、凶器へと変える能力だ。攻撃時に掬った礫を瞬時に道連れ(ミチズレ)にする技能は、新米のりぼんにはまだ不可能な優れた芸当で、基本のキすら知らない頭には、訳の分からない現象だろう。


 「くっ!!」

 

 アヤメは敵の攻撃範囲と射程が更に広がった事で、接近が困難になった。バランスを崩した所へ、カリストーの爪が襲い掛かる。


 「!!」


 しかし、ギリギリでアヤメはポニーテールに刺してあるクナイを投げ付け、カリストーを怯ませ難を逃れた。


 「あ、危なかったです……っ!」


 りぼんは肝を冷やした。


 「でも……っ」

 

 りぼんの知る限りでは、アヤメの残りのクナイは帯に一本、持ち手のない仕込みを手甲と草鞋の底に二本ずつの筈だった。しかし、それだと今のような危機を、アヤメは後、五回しか凌げない事になる。

 反面、カリストーは刀とクナイに幾度やられても、中々、倒れる気配がない。弾切れもない礫で度々

、アヤメはピンチに陥り、その度にクナイを消費していく。


 「し、仕込みがもうゼロ……このままじゃ……っ!」


 りぼんは焦った。不安から思わず縄を強く握る。

 

 「あれ?」


 抵抗がないので手元を見ると縄が切れていた。捕らえられていた筈の頭が、りぼんの道連れ(ミチズレ)が不十分なのをいい事に、自力で千切って逃げ出していた。


 「こんなトコに隠れてたら、いずれお陀仏になっちまうぜっ! あばよ、小さいの!!」


 「ああっ! ちょっとっ!」


 りぼんはその捨て台詞に、つい真っ赤になった。


 「アンタらは惜しいが二度と出会わない事を祈るぜ! オレは自分だけが天才でいられる場所で生きて行く―」


 頭が喚きながら斜面を下ろうとした時、此方を目掛けてカリストーが礫の散弾を放ってきた。

 

 「!!?」


 りぼんは見学、頭は道案内させられただけだが、幻獣にとってはそんな事、知った事ではない。どちらもニンゲン。敵である事に変わりはなく、ずっと二人への警戒を怠っていなかったようだ。

 急に動いた頭に何かされるのを警戒し、先手を打って来た。


 「りぼんっ!!!」


 アヤメが叫ぶが既に遅い。

 しかし、何が生死を分けたのだろう。

 恐らく、例え五ヶ月でも正確な指導の元、訓練が出来たりぼんと、一般人相手に力を行使していた頭との間では「心得」というものの有無に違いがあった。


 「ぐああああああああっ!!!」


 頭は蜂の巣にされ、下りようとしていた斜面をそのまま転がって行った。

 りぼんは既の所で伏せて躱したが、この気を逃さずカリストーが迫って来る。

 りぼんは立ち上がり刀を抜いた。 

 しかし、完全に蛇に睨まれた蛙状態だった。


 「疾風(しっぷう)刃雷(じんらい)!!」


 アヤメがサラシの中から虎の子のクナイを取り出して、投げ付けた。

 生命エネルギーを装填されたクナイは、稲妻の如き破壊力を持って、カリストーの背に突き刺さると、分厚い身体を貫通して胸部から突き抜ける。


 「グゥ……ッ!!」


 この攻撃で決着しなければ、今度こそアヤメに奥の手はない。 

 しかし、カリストーは尚もりぼんに迫って来る。

 

 「……」


 息を呑んだが、数歩歩いた所でカリストーは遂に力付きた。

 ゆっくりと傾き、りぼんの目と鼻の先に斃れる。

 返り血を浴び、盛大に跳ねた泥まで被ったりぼんだったが、それでも、呆然としたまま身動き一つ取れなかった。


 ――――――――――――――――――――――


 アヤメとりぼんはカリストーを斃し、無事、任務を完了した。

 二人が山頂からの斜面を下ると、途中の木の根本で頭の姿を発見した。知らず知らずに使っていた空蝉(ウツセミ)程度ではカリストーの攻撃は防げず、驚きと恐怖が混ざった表情のまま死んでいる。

 りぼんは彼を平地へと運び、埋葬してあげる事にした。


 「優しいねりぼんは。まぁ、連れて来た(あたし)達に非があるか……」


 「別に変な事して来たんですから自業自得ですっ。でも……この位の事はしてあげないと、わたしの気持ちの整理が付きません……っ」


 りぼんは感情を無にして、せっせと穴を掘った。アヤメも、何も悪人だから死んでもいいなどとは思っておらず、一緒に作業する。

 

 「多分ツイてないよ、この人。幽玄者として見出されなかった時から……」


 二人はせめてもの気持ちで頭を埋葬した。


 「所で名前なんだっけ?」


 「……か、頭じゃないですか……?」


 「まぁ……頭か」


 アヤメは適度なサイズの石に墓碑銘を刻んだ。


 「―どうだった? 幻獣に面と向かった感想は?」


 山を降りながらアヤメはりぼんに聞いた。


 「……怖かったです。本当にわたし、あんなのと戦えるようになるんでしょうか……?」


 りぼんは不安を口にした。


 「いざと言う時に備えて、鍛錬を続けていけばいいんだよ」


 「彼らが襲って来なければ、なにも幽玄者が戦う必要ないのに……」


 「うーん……。そうもいかないんだよ。今日の相手だって、逃げて、隠れてただけだし。女の子みたいだったよ」


 「! 分かるんですか?」


 「うん。意思の疎通も十分に出来る。だけど、ニンゲンとやり取りしようとはしないみたい。見付かった以上は、腹を括ったみたいだね」


 アヤメは、敵の心理を知り少し唖然とした様子のりぼんに向き直った。


 「りぼん。白兎隊(あたしたち)はこれが仕事。求められているのは幻獣と戦える能力だけ。善とか悪とか、そういうのどうでもいい。……でもね、隊士(あたしたち)自身は、淡々と任務するだけのニンゲンになる必要はきっとないって、(あたし)は思うんだ」


 アヤメは言った。隊士には個性的な人達が沢山いる。理不尽な世界だからこそ、自分を身失わずに生きる事が大切だと思っていた。


 「(あたし)から言う事は一つ! これからも揉まれる事ばかりだと思うけど、りぼんは何時までも、りぼんらしくいてね!」


 アヤメはりぼんにそう言って笑い掛けた。

 りぼんも笑顔で応える。


 「はい。了解しました! アヤメさん!」



 アヤメとりぼんは軍に合流し、無事に幻獣討伐を達成した事を報告した。

 その後、山賊の残党が山中に隠していた金品を持って逃げようとしていた所を、現地に入った軍に見付かり、捕まったらしいのだが、二人はもう自分達の役目ではないので、(すい)の勧めで近場の温泉に寄り、血泥を流して心身を癒した。

 竜胆館に戻ると、りぼんにプレゼントがあった。


 「女中さんが使っていたお部屋を一室、空けたんです。少し狭いのですが、今後はそちらのお部屋を使って下さいね」


 そんなこんなで部屋を翠に取り計らって貰えたのだが、すっかり三人部屋に慣れてしまっていたりぼんは、何だか拍子抜けした気がした。


 「わざわざそんな事しなくても。わたしはあの部屋で構わないんですよ」


 それでも貰えるものは貰っておく事にし、りぼんは新しい部屋に移る事にした。途中、置き忘れている私物がないか、りぼんは(しん)勝志(かつし)の部屋に寄ったが、夜遅くに戻ったので既に二人は眠っていた。


 「あーあぁ。また派手にやられたね……」


 二人は出発前に見た時より怪我が増えていて、これではどっちが幻獣と戦って帰って来たのか分からない有り様だった。

 りぼんは救急箱を持って来ると、起きていれば絶対にやらせてくれないであろう二人を、手当てしてあげた。


 「朝になって顔の傷がちょっとでも良くなっていたら、わたしのお陰だよ!」


 りぼんは、結局の所、自分には兄しかいなかったので、面倒を見れる可愛い歳下が欲しかっただけなのだと今更、気が付いた。

 

 「でも、二人が任務に行ってたら、あの時の攻撃を避けられたか分からないし……わたしが行ってよかったのかもね」


 そう思ったが、カリストーより凶悪なガイと訓練する二人なら、隠れずアヤメと一緒に戦かったに違いない。

 しかし、どんな醜態を晒したにせよ、自分は任務を一つ経験して、無事に帰還したのだ。

 その分だけ、りぼんはまだ二人より一個だけ先輩だと胸を張れた。


 「ぺったんこですけどね!!」

 お読み頂き、ありがとうございます。

 これにて番外編其の二は終わりです。

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