番外編其の二 先輩隊士りぼん㊃
森の木々が少しだけ開けた場所に、傾いた山小屋が一軒だけあった。小さな吹き抜けの窓から、蝋燭と囲炉裏の明かりが揺らいで見えている。
「あちゃー。ちょっと野暮な連中かも」
小屋の近くまで来た時、アヤメが頭を掻いた。
幽玄者には、森羅と呼ばれる特殊な感覚がある。それを使えば、目に見えない所にいる人や物の位置を把握したり、生き物の心理もある程度読み解ける。
「こんなに小さい所に十人も……!?」
りぼんも辺鄙な場所にしては、やたらと滞在者が多い事に不信感を抱いた。
「おお!? ナンだお嬢ちゃん達ぃ! こんな時分にナニしてる? まさか遭難か!?」
男がいやにタイミング良く入口から出て来て、芝居掛かった口調で言った。熊の毛のベストを着ていて、まさに山に住んでるといった格好だ。
「私達、政府の調査隊だよ。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「セイフゥ? まぁ、構わねぇ構わねぇ。お頭、客人だぁ! オイ、外はもう暗くなる。女二人じゃ危ねぇ。中に入りな!」
男は親しげな態度で二人を中に促した。
「いいんですか?」
警戒するりぼんが小声でアヤメに尋ねる。
「言ったでしょ? 優先すべきは幻獣の討伐。場合によっては避難して貰わないと」
山小屋の中には囲炉裏を囲むように、似たり寄ったりな格好をした、無精髭だらけの男達が寛いでいた。火縄銃や弓矢、斧やナタなど、狩りに必要なものが壁際に置かれている。
――山賊……。
アヤメは、凡そ真っ当な連中ではないと判断した。
しかし、男達は二人姿を見ると、他のどんな思考よりも一つの欲求に囚われ、彼等は「男」という以外の情報を得られなくなり、悪人であるとまでは断定できなかった。
――オ、オンナっ!? マジで!?
――こんな場所に何しに……っまぁ、ラッキー!!
――おおっ、美人じゃねぇか!!
――大きいのと、小さいの!!
――スケベなカラダしてんなぁ!!
――短すぎじゃねぇか! 見えるぞ!!
――まさか、今夜は一緒に……!?
――ウホウホウホウホウホウホ!!
「アヤメさん。……大外れです」
「まぁ、アホなのは仕方ないよ……」
男達は、長い間、山から下りていないのであろう、完全に女性への免疫を失っていた。
ただ、アヤメもりぼんも、男の思考回路がこの程度である事を、経験から承知している。そして、残念のながら、頭の中がどんなに疾しい者であっても、実害を出さない限りは処罰できない事も、不本意ながら承知している。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん達。遠慮せず当たってくれよ。何にもねぇけど、碌でなしは山程いるぜぇ!」
一番奥に座っている人物が冗談めいて言うと、男達が一斉に笑った。どうやら彼が頭らしい。
アヤメは「邪魔するよ」と割り切った態度で、狭苦しい囲炉裏の側に座ったが、りぼんは「可愛いねぇ! いくつ?」などと言われる中を、そわそわしながら座る。
「頭。お嬢ちゃん達ぃ、この山で聞きたい事があるそうだぁ」
入口にいた男が、欠けた茶碗に汲んだ水を二人に差し出しながら言った。
「おっ。それなら、ここに寄ったのは正解だ。オレ達はこの山をナワバリにしているからな。自慢じゃねぇが、ここで知らない事はねぇぜ!」
頭が誇らしげに言った。
アヤメは早速、尋ねる。
「私達、幻獣を追ってるの。この地域に逃れたのは間違いないんだ。最近、って言うか、昨日、今日の話でね。なにか山で変わった事はない?」
「ゲンジュウって?」
「変わった事ねぇ……」
二人に夢中で、思考がイマイチ回っていない男達だったが、一人、思い当たる節が有りそうな表情をした。
「それって頭……もしかしてアレ、関係あるんじゃないっスか?」
頭も心当たりが有るようで「オレが話す」と手で合図する。
「妙な事なら起こってる……。今朝方から、山の獣がサッパリ消えちまってるんだ。普段ならこの辺にいる筈の鹿や猪、猿に加えて、鳥すら見掛けなくなった。こんな事は前代未聞だ」
「鳥すら……。言われてみれば山自体が静かかも……」
アヤメが顎に手を当てる。
「これにゃオレ達、頭を抱えててなぁ。何たってこっちは、獣を狩って生計立ててるモンだから、それがいなくなったとありゃ、食うモノもねぇ、毛や皮を刈って街に売り捌きにも行けねぇ始末。えらい事態だ」
頭が言った。
「ヤベェ生き物がこの山に入ったのは間違いないねぇ。それがゲンジューってのかは分からねぇがな」
りぼんは頭が言っている事は本当だと思った。確かに、小屋には食べ物らしい食べ物がない。その所為で、皆、色々と飢えている。
一方、引っ掛かりを感じたアヤメは質問した。
「随分、警戒してるみたいだね。逆にソイツを狩ろうとは思わないの?」
アヤメの言葉に男達はバツの悪そうな表情をして、一斉に頭の方を見た。
彼らは、幻獣についての知識がなさそうなのだが、ヤベェ生き物への警戒心は強く、こんな狭い小屋に固まり、直ぐに武器を手に取れるようにしている。
「お嬢ちゃん達。アンタらはソイツに用があるのかもしれねぇが、オレ達の見立てを侮っちゃいけねぇぜ。実はソイツのモノと思われる痕跡が、近くの川の上流にあってね。それから見立てりゃ、とんでもサイズの化け物に違いねぇ」
頭が打ち明けた。
「狩ろうとすれば、間違いなくこっちが狩られる……!」
「……なるほど賢いね。でも、私達は化け物専門だから……良ければ、痕跡へ案内してくれないかな?」
アヤメが言った。
「本気か!? いや、こっちは構わねぇが……」
頭は信じがたそうな表情をしたが、承諾した。
「だが、今から出ても辿り着く前に迷子だ。焦らず明るくなってからでどうだい?」
「……」
アヤメは少し考えたが、それが幻獣討伐への近道だと判断した。
「分かった。案内人を危険には晒せないしね。じゃあ朝まで待つよ。私達、夜を明かす物は持ってるから、外で寝かせて貰うね」
アヤメはそう言うと、山小屋から出ようと立ち上がった。
頭が「オイオイ危ねぇから中に泊まってけって」と言うのを無視して二人が出口に向かうと、男達は幻獣の話など忘れてしまったようだった。
男が一人、出口に立ち塞がる。
「待ちな」
――やっぱ来た……。
アヤメは溜め息を吐いた。
山賊だろうが何だろうが、この場で何もして来なければ、成敗するつもりはなかったが、仕方がない。
「ソレはちょっとツレねぇんじゃ―」
「はっ!」
「ぐっ!?」
アヤメは、遂に我慢できずに絡んで来た男を、殆ど触れると同時に返り討ちにした。
すると他の男たちも、堰を切ったように狼藉を働こうと襲い掛かって来た。りぼんが「きゃあああっ!」と壁際に退避する。
「このオンナ……うおっ!」
「ぐあっ!」
ムキになって武器を持ち出しても、アヤメには全く敵わない。瞬く間に変態達は蹴散らされた。
「朝まで寝てなって! ……!!」
しかし、一人だけ、その尋常ならざる動きを見切り、アヤメの眼前に刀を突き付けて見せた。
「あんた……っ!?」
頭だった。
アヤメの瞳が驚きで見開かれる。腰の刀を抜こうしたが、刃を首筋に立てられる。
「言っただろ? お嬢ちゃん。侮っちゃいけねぇって……。大人しくここで一晩過ごしていきなぁ! 化け物、相手にする前に、オレ達、飢えた獣の相手をするんだなぁ!」
「えっ!? ええっ!?」
アヤメの勝利を確信していたりぼんは、まさかの展開に動揺した。背負った刀が、何時の間に盗まれていた事に気付き、漸く頭の正体に気付く。
――ゆ、幽玄者……っ!?
「動くなよ。そっちの小さいお嬢ちゃんも! まずは大きいお嬢ちゃんから頂くからよぉ!」
頭が舌舐めずりをした。倒された部下達も次々に元気になる。
「流石、お頭だぜー!!!」
「ちょっとっ、きゃああっ!!」
りぼんはアヤメから離される。
アヤメの方は六人もの男にカラダを抑えられ、刀と羽織りを奪われた。そして、梁から吊るされた物干し竿(もしかしたら、こういう時用)に縛り付けられる。
「くっ!!」
「たまんねぇな!!」
「オンナなんて何時以来だぁ!?」
先程のゴタゴタもあり、興奮した男達の荒い息がアヤメに掛かる。不快だが、頭が油断なく切っ先を向け続けるので迂闊な行動は取れない。
「まさかなぁ、オレと同類がいるとは思ってもいなかったぜぇ……! 政府にはアンタらみたいなお抱えが、いっぱいいるのかい?」
「いっぱいいるよ。あんたよりヤバいのがゴロゴロとね」
してやられたアヤメが、頭を睨み付けながら言った。
頭の正体は、公に認知されていない幽玄者のようだ。白兎隊では彼のような存在を、俗に野良幽玄者と呼んでいる。
野良は、一般社会ではその高い能力が災いしてしまい、犯罪者になる傾向が高い。
「アヤメさんっ!」
りぼんの側には男は三人しかいない上に、此方は幽玄者ではない。「自分がなんとかしなくちゃっ!」と必死に打開策を探す。
――まだ! ……大人しくてて!
アヤメがりぼんに視線を送って来たので、若干、パニックになっていたりぼんは素直に従った。
「こ、こんなことしていいと思ってるのっ?」
「あ? オレは天から無二の才能を与えられてんだよぉ! それを使って今まで金や女を奪い、好き放題してきたのさ!」
「でも捕まるのが怖いから、こんなトコに隠れてるんでしょ?」
「誰にも邪魔されない為にさ! オイ、身包み剥がしちまえ!」
頭は部下に指示してアヤメの帯を解かせる。
「うっ」
ミニ着物がはだけ前開きになる。
すると、バストに巻いた晒しとセクシーな褌が露わになり、山賊達は大盛り上がりする。
「おおおおおおおお!!!!」
流石のアヤメもこの恥辱は堪え、拘束を逃れようと捥がいたが、竿に縛られているので、その場でオロオロとなるだけだった。
「くっ……うぅっ!」
「コイツァ上玉だぜ! ヤベェ生き物が来てオレのツキもここまでかと思ってたが、お陰でこんな獲物が転がり込んで来るんだモンなぁ!!」
頭は溜まらずアヤメのカラダに触れ始める。
「や、やめ……っ」
「アヤメさんっ」
りぼんは見るに耐えられず動こうとした。
「おっと、大人しくしな! 小さいのぉ!」
「まぁ、オレはこっちのが好みだけどな!」
「へへっ、お嬢ちゃんはオレらが可愛がってやるよ!」
「ええっ!? わあぁっ!!」
りぼん派の男達に迫られ、四つん這いにさせられる。褌を穿いているとはいえ、こんな格好では恥ずかしい部分が丸見えだ。
「きゃあああああああっ!!」
りぼんは女の子の反応をしてしまう。
――りぼんっ、何してるの!? 今だよ!!
そこへ、アヤメの檄が飛んだ。
りぼんはハッと顔を上げる。
警戒すべきは頭だけ。その頭はというと、アヤメの巨乳に夢中になる余り、刀を手放していた。
「チャンスっ! ごめんな、さいっ!!」
「っ!!?」
「えいっ! やあっ! とうっ!」
りぼんは三人の男を振り払うと、肘打ち、掌底突き、回し蹴りで素早く昏倒させる。
アヤメの刀を取り返すと、舞うように跳び上がって、梁に結ばれた竹竿の縄を斬る。
「何っ!!??」
驚く男達を、動けるようになったアヤメが竿を付けたまま素早く回転し、吹き飛ばす。
着地したりぼんは縄を斬りアヤメを解放した。
「くそっ、コイツらっ!!」
頭は慌てて刀を拾おうしたが、伸ばした手の先にクナイが突き刺さり、慌てて手を引っ込めた。アヤメが仕込みのクナイを投げ付けたのだ。
りぼんから刀を受け取ると、アヤメはその切っ先を頭の眼前に突き付けた。
「……っ!!」
「危険に遭わせるつもりはなかったけど、幽玄者なら大丈夫でしょ……! 今すぐ化け物狩りに出掛けるよ! さぁ、案内して!!」




