番外編其の二 先輩隊士りぼん㊂
追討任務を引き受けたアヤメとりぼんは、日の出前に出発した。
白兎隊士は任務の時、隊士の証である羽織りを着て、大抵、刀を装備する。服装自体も和服の場合が殆どで、女性隊士はミニスカート丈の着物が基本だ。
「前から思ってたんですけど……この着物、短すぎますよね!?」
りぼんが言った。
蝦夷までは、訓練した神足の空中浮遊で、ほぼ直線コースを取って向かう。
日が昇ると、通り過ぎる眼下の街にも、生活する人々の姿が見え始めた。街の人達は、まさかミニスカの人間が頭上を飛んでいるとは思いもしないだろうが、見上げる人がいた時の為に、りぼんは一応、お股を隠す。
「恥ずかしいのならズボンでも穿いてくればよかったのに。戦闘ともなれば、見えたり着崩れたりなんて気にしちゃいられないよ!」
前を飛ぶアヤメが、少し速度ダウンしたりぼんをアシストしながら言った。
「分かってます。でもわたし、この服自体は好きなんです。どんな時も女の子でいたい派ですから!」
「へぇ意外。何時も真と勝志に対抗心燃やしてるから、てっきり女の子扱いされるの嫌なんだと思ってたよ」
「対抗なんてしてませんっ! あの二人が生意気過ぎるんです! わたし、本来は歳下の面倒見れる子なんですよ!」
りぼんが拗ねた。
一方、女の子らしさに拘るのには、家庭環境が原因だと、りぼんは自己分析していた。
「わたしの家、四人兄弟で、わたしが末っ子なんです。しかも上は全員兄。母も小さい頃に亡くなってしまったので、男ばかりの家で育って、服もおもちゃも、与えられる物はみんな男の子用。空手も兄達が習う流れで、無理矢理入門させられて……」
「ふーん、揉まれて育ったって訳ね。でもそう言うのって、寧ろ男っぽくなりそうだけど」
「そう言う人もいるんでしょうね。でも、わたしは逆で、何があっても自分は女の子なんだ! って気持ちは忘れないように生きてきました。出掛ける時に急かされても、おめかししたり、捲られようともスカート穿いたり」
「なるほどね。まぁ、それなら却って私は安心だよ。任務、初めての子に勇ましく前に出られても心配だし。いい、りぼん。幻獣に遭った時は、キャーキャー言って隠れてればいいからね!」
「ええっ!? なんですかそれは!? そこはちゃんと頑張りますよー!」
二人はお喋りしながらも順調に飛行を続けた。
中継地点となる軍施設に寄り、そこで体力を回復しつつ、最新の情報を得た後、再出発。そこから幻獣が目撃された蝦夷に入った。既に捜索に入っている軍の部隊に合流できたが、此方でも、幻獣の足取りを掴める新たな情報はない。
「昨日の晩の事ですぅ。どおも窓から入る月明かりが遮えぎられるので、可笑しいなぁと思っとったら、大きな生き物が森の方入って行ったんですぅ。熊かと思ったがぁ、ありゃ熊なんて大きさじゃねぇ。まぁるで山が動いているようですたなぁ」
目撃者の方の話を二人は聞く事が出来た。他にも情報が寄せられており、位置関係から信憑性は高い。
「まだ、この辺りにいるのなら、軍が見付けている可能性が高い筈……。山奥に逃げたと考えるべきかもね」
絶対ではないが、アヤメは遭遇率が高い選択肢を取る。
「私達は捜索中の範囲の更に先、普通の人が調査し辛い場所を調べるよ。時間は掛かるかも知れないけど、この幻獣を仕留める事が最優先だからね」
「はい。了解です!」
二人は険しい山中へ入り捜索を開始した。たった二人の加入だが、幽玄者が居れば捜索範囲はかなり拡大する。
「……」
しかし、りぼんは人里、離れた山奥に入ると、流石に不安になってきた。何時、幻獣に遭遇するかと思うと、正直怖い。当然、お喋りもできないので、気を紛らす事も出来ない。
アヤメには強がったが、そもそもりぼんは、白兎隊士である自分が戦わなくてはならない「幻獣」という存在を、一度もこの目で見た事がないのである。
――大丈夫……ちゃんと訓練は積んできたんだから……っ。
そう思い、不安を和らげようと刀の柄を握るが、数ヶ月前まで一般人だった自分は、幻獣どころか、動物一匹、殺傷した事がない。そういう事は女の子らしく、やらない主義だった。
それどころか、小さい頃は兄達に虫や蛙を嗾けられる度に―
「止まって」
「きゃああっ!」
アヤメが急に言うので、りぼんは子供の頃のように大きな声を出してしまった。
慌てて口を塞ぐ。確かに視線のようなものを感じた。
アヤメに「隠れて」と言われると、結局りぼんはそそくさと茂みの裏にしゃがみ込んだ。
「幻獣じゃないね……。こんな山奥にも人がいるんだ……」
アヤメが言った。
りぼんにも、遠くの木々の間から此方を見ていたと思われる人影が、すっと森の奥に去るのが見えた。
既に日は落ち掛けている。ちょっと臆病になっていたりぼんは、不審な人影にすら寒気を感じた。
「尋ねてみようか。もしかしたら、何か分かる事があるかもしれないし」
アヤメはさっぱり怖くないようだ。ここは一般人がおいそれと来られない山奥だが、山小屋に居を構える樵、或いはマタギかもしれなかった。
「あの……アヤメさん」
「なに?」
「この任務でわたしがどんな醜態を晒しても……。み、みんなにはナイショですよっ!」
アヤメはちょっと目を丸くしたが、りぼんの真剣な表情を見ると、呆れたように笑ってくれた。
「分かってるって。りぼんは女の子だもんね」




