番外編其の二 先輩隊士りぼん㊁
白兎隊の訓練は中々にハードだ。竜胆館にある道場では、日が沈んでも稽古が続けられ、隊士きっての実力者であるガイが、新米の真と勝志を鍛えている。
ガイの訓練は乱暴極まりなく、竹刀での実戦訓練で、真と勝志を容赦なく返り討ちにしている。
「オラ!!」
「っ!」
「ぶっ!」
ガイの振った竹刀が、真と勝志にまともに当たったので、りぼんは反射的に目をつぶった。
「うわっ! ……痛そっ」
「なに余所見してんの? こっちも始めるよ! ほら、じゃんじゃん打ち込んで!」
「は、はい!」
りぼんは注意され、自分の稽古相手をしてくれるアヤメに向き直った。真、勝志は、此方の心配など露知れず「まだまだ!」と立ち上がり、がむしゃらにガイに打ち込んでいる。
りぼんも竹刀をしっかりと握って構え、そのまま神足で床の上を滑るように接近、タイミング良くアヤメに打ち込んだ。
「やあっ!」
竹刀同士がぶつかる乾いた音が鳴る。この斬り込み方は、幽世での剣術の基本だ。
「空蝉が甘い! 次!」
「はい! ……やあっ!」
りぼんは真と勝志のようなスパルタではなく、じっくりと基本のキから学んでいた。
幽世の力、その使い方には昼間の訓練で見せたように、熟れて来たりぼんであったが、それを応用した戦闘術には、まだまだ難があった。
もっとも、これ位が通常の熟達ペースとの事で、いきなり応用に入っている真と勝志が異常なのだが、それには、多少、女の子である事を考慮してくれているのだと、りぼんは理解していた。
――自分だって、もう実戦訓練くらい……!
負けじとそうも思ったが、怪我してなんぼ、どころか、わざわざ怪我させるように真と勝志を叩きのめす、ガイの指導には、まだ自分が耐え得るとは思えなかった。
稽古が終わり、お風呂で汗を流して髪を丁寧に解かした後、りぼんは館に用意された隊士用の部屋に向かった。
部屋は隊士二人につき一部屋与えられていたが、りぼんは新入り同士と言う事で、真と勝志と相部屋だった。これは、現在、館の部屋がいっぱいいっぱいな為、時期外れで入隊した二人が、元々りぼん一人だった部屋に押し込まれた為だった。
「いやこういう所こそ性別を考慮して下さいよ! 女の子なんですよ、わたしはっ! 寝てる間に何かあったら、どうするんですか!?」
りぼんは愚痴を言ったが、ガイにボコボコにされた真と勝志は、風呂にも入らずそのまま休んでしまっていた。
「まったく男の子ったら……!」
りぼんはイライラ半分、やれやれ半分で言った。
「……?」
戸を閉めようとした時、まだ居間の方で明かり灯っているのにりぼんは気が付いた。館で夜更かしする人は余りいないので珍しい。
「……なにかあったんですか?」
何となく引っ掛かり、りぼんは居間を尋ねた。
中には、隊士のガイとアヤメ、そして、館の持ち主、源家の翠がいた。道着姿ままのガイに対し、アヤメと翠は、りぼん同様、浴衣姿だったが、襟元から覗く谷間の深さが段違いだ。
「りぼん。まぁ、あんたも参加しなよ」
「はい……」
アヤメに入るように言われ、りぼんも一緒に机を囲んだ。机の上には大和の地図が広げられている。
翠が説明してくれた。
「先程、隊長さんから連絡がありまして、太平洋沖で幻獣軍との戦闘があったそうです。撃退には成功したようですが、幻獣の一体が防衛網を抜け、大和領内に侵入したとの知らせです」
数週間前、これまで散発的だった幻獣の活動が本格的に再開された。幻獣軍が再結成され、真と勝志の故郷、ポリネシアを占領。戦争状態にあった。
白兎隊はそれを受け、現在、敵の大和侵攻を警戒し、防衛線に出動している。
「幻獣は蝦夷の方に逃れたようで、幾つか目撃情報が寄せられています。軍が追跡中ですが、白兎隊の掃討部隊を竜胆館から出すようにとの事です」
翠は幽玄者ではなく、女中達の纏め役であるのだが、必要とあらば白兎隊の執務も請け負う。それだけ、今は国防に隊士を回すのが最優先となっている証でもあり、この任務も、館に残る誰が引き受ける必要があるようだ。
「任せろよ! 蝦夷なんて、飛ばせば半日掛からねぇだろ? 何かやらかされる前に、片付けてやるよ!」
引き受けるつもりらしいガイが、気楽にそう言った。
「待った。太平洋側はまだ安心できない。援軍が必要になる可能性もあるから、あんたはそっちに備えて置きなよ。こっちは私が行く!」
アヤメがガイを制して、この任務を引き受けた。
翠がりぼんの何倍もある胸を、邪魔そう地図の上から退けて、蝦夷までの距離を正確に測る。
「蝦夷には一旦、堤ヶ岡の基地か那須野の基地に寄って、そこで最新の情報を得てから向かって下さい。何もなければ十時間以内には現地に入れると思います」
幽玄者として優れ過ぎるが故に、感覚主義なガイとは違い、博識な翠は、幽玄者の体力と能力をちゃんと把握した上で、無理の無い計画を立てる。
「……それと、幻獣の追跡任務は最低でも隊士二名で向かって下さい」
「じゃ、ガキ共でも連れて行きな。囮に使っても良し、死なせて来ても良し。喜んでやるだろうぜ!」
ガイがお供に真と勝志を推薦したが、翠が反対した。
「二人にはまだ早すぎます。新入隊士を任務に就かせるのは最低でも三年……いえ、五年は訓練を経てからにするべきです」
「大丈夫だって、あの二人はもう幻獣とやり合ってんだ。それに、訓練で幾ら腕を上げても幻獣相手にやり合う能力は、ぶっちゃけ身に付かねぇ。その決まりは……まぁ十兵衛だけにしてやりな」
「……」
ガイの、隊士の生命を軽く見る言い分に、翠は余り良い顔をしなかった。
しかし、りぼんはガイの言う事は正しいのだろうと思った。実戦訓練といっても、本来の標的である幻獣との訓練は全くできないのだ。
アヤメが「大丈夫だよ翠。なんなら私一人でも……」と言い掛けた時、りぼんは思わず手を挙げた。
「待って下さい! わたしじゃだめですか?」
全く任務に就かせる候補になかったのか、三人とも驚いてりぼんを見た。
「りぼん。これはマジな討伐だよ?」
アヤメが「冗談じゃない」というが、りぼんは自己アピールを頑張る。
「はい、分かってます! でも、真と勝志を連れて行くくらいなら、絶対ちょっとだけ先輩のわたしの方が適任です! きっと役にも立ってみせます! だからアヤメさん、連れて行って下さい!」
りぼんが果敢に名乗り出たのは、新米の二人を危険に晒したくない翠の気持ちを汲んだ部分も、確かにあった。
しかし、これ以上、先を越されたくない気持ちの方が強かった。




