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十七話 アキナ島の戦い㊀

 カーネル海の占領を目論む幻獣軍―死祖幻獣軍(アルケー)が、遂に動き出した。警戒に当たっていた白兎(びゃくと)隊が、海底洞窟から出現した幻獣の存在を感知し、直ぐ様、軍司令部に報告したのだ。

 アキナ(とう)の住民は、直ちにシェルターに避難し、軍と白兎隊による戦闘態勢が敷かれた。島民は、居住地に応じて、決められたシェルターに入る事になっている為、(しん)勝志(かつし)は「大人しく避難するのよ」と釘を刺していったリズと別れる。

 一方、観光客や二人の様な例外は、グレイス邸から入れる、軍の司令室を兼ねたシェルターを割り当てられていた。


 「僕は白兎隊に合流する」


 グレイス邸内で真は、勝志とラーラにそう告げた。ランジには、戦闘になった際「自分も隊に加えて欲しい」と頼んである。ランジは何も答えなかったが、真の腹は決まっていた。


 「真……気を付けてね……」


 ラーラが心配そうに言った。

 

 「どうせ、戦わせては貰えないさ」


 真は、ラーラを安心させる為、敢えて不満を言った。

 早朝から降る雨は、更に激しさを増しており、風が窓ガラスをガタガタと揺らしている。時折、何処からか吹き込んだ風が、ラーラの短すぎるスカートに悪戯をした。

 真は二人に背を向け、外の嵐へと向かう。

 ふと、何気ない寂しさを感じた。訓練は一緒に受けたが、結局、勝志は一度も幽世(カクリヨ)入れなかった為、同行する事はできない。

 これまで勝志は、面白がって真に付いてきた。二人は危ない冒険を、何やかんや共に乗り越えてきた仲だ。それに、ウィーグルの仇を討ちたい気持ちは、勝志にもあるに違いないと、真は思っていた。

 真は、勝志に振り返り、ポケットに入れていたウィーグルの羽根を取り出した。


 「僕はどうなるか分からない……。この島もだけど……。もしもの時は君に託す……!」


 真はそう言って、輝く羽根を勝志に渡す。

 受け取った勝志は、不器用な友人の気持ちを理解したようで、ニヤリと笑った。


 「頑張れよ。真!」


 

 激しい嵐の中、野営地では自分の配置に就く為、兵士達が慌ただしく行動を開始している。

 白兎隊は、隊長からこの戦いの指揮を任されている副長、ランジの前に集合していた。勝志が気になっていた、くノ一風の女性隊士の姿もある。既に、海岸へ警備に出ている隊士と合わせ、アキナ島に遠征した全員が戦闘に出るようだ。

 隊士達は、白兎隊の紋章が入った揃いの羽織りに袖を通し、刀を初めた各々が得意とする武器を装備している。ランジが嵐に負けない大声で、彼らを鼓舞した。

 

 「いいか! 幻獣と渡り合えるのは俺達だけだ! 味方が何人倒れようとも構うな! 軍の連中に任せ、戦い続けろ!」

 

 ランジの言葉を受け、隊士達の瞳に、覚悟の光が宿る。


 「奴等を殺す事だけを考えろ! ゆけ!!」


 人類の命運を託された、白兎隊が出陣した。



 「お前の持ち場は軍の最終防衛ラインだ」


 仲間が海岸に飛び去るのを見送った後、ランジが何時もの険しい表情で真に言った。

 最終防衛ラインは、勝志やラーラが入った、司令部があるシェルターを守る部隊だった。島内に複数あるシェルターの入り口は、全て軍が守りを固めている。その一つに加わる事になる。


 「突破されれば一巻の終わりだ。もっとも俺達が近付けさせやしない……!」


 真は「殆どシェルターに居るのと変わらないんじゃ……」とも思ったが、ランジは問答をしている暇は無いといった様子だった。


 「これを身に着けて置け。その格好ではまた勝手な行動をしている子供にしか見えないからな」


 ランジは身分証の代わりとでも言うように、自分の羽織と、打刀を一本、真に渡した。

 真は渋々、自分の上着の上から羽織りを着て持ち場に就く。そして、ランジが前線に飛び去って行くのを見送った。


 ――――――――――――――――――――――


 海上からアキナ島を望める位置で浮遊するグリムは、待ち侘びた戦いのコングを、自らが鳴らせる喜びに浸っている。

 

 ――十三年待った復讐の時だ!

 

 既に、全ての幻獣が攻撃位置に就いた。

 海上に浮かぶ軍艦は、時化で動けず用を成さない。火器の類いも同じだろう。この嵐の中でニンゲンは、こちらを視認する事すら困難な筈だ。

 反対にグリムは、島にいるニンゲン達を幽世(カクリヨ)で正確に捉えている。

 邪魔な軍隊の配置。シェルター内に籠る、蛆虫の如きニンゲン共。

 唯一、海岸線に展開している幽玄者達が、こちらを同じように捉えているのが分かる。


 ――忌々しい……!


 グリムは見えぬ敵を睨み付ける。


 ――ニンゲン共! ここはオレ達の領域だ!!

 

 「幽玄者を地に還し、蛆虫共と共に皆殺しにしてやる! ……掛かれ!!」


 グリムが叫び、死祖幻獣軍(アルケー)がアキナ島へ進撃を開始した。


 ――――――――――――――――――――――


 激しい雨の音に紛れ、自然現象ではない音が轟く。それは、まるで島を取り囲むように、アキナ島各所の海岸から上がった。

 真のいる最終防衛ラインに、海岸を守る前線の部隊から、無線で報告が入る。


 「南海岸、幻獣が上陸!」


 「西海岸、白兎隊が幻獣と交戦開始!」


 「第三防衛隊も幻獣を確認した!」


 真は、各部隊の知らせと、森羅(シンラ)で感じ取れる気配で、戦況の分析を開始した。

 幻獣軍は、アキナ島を綺麗に囲うように、散開した状態で上陸を開始していた。それに対応する為、白兎隊も、方々の海岸に散開し、軍の協力を得ながら交戦しているようだ。

 真は、あるの幻獣の気配を、必死に感じ取ろうとしていた。しかし、幾ら探っても、それらしい気配がない。

 自分の力では、ラウイン・レグルスの領域に干渉できないか?

 それともこの戦いに……


 ――奴は……いない……!?


 真は勝負の舞台で、役者が揃っていない事に苛立った。


 アキナ島の海岸上空を、一体の幻獣が高速で飛行する。コウモリの翼が生えた、黒い馬のような姿だ。狙撃不可能な高度を飛ぶ幻獣は、悠々と島の上空に侵入した。

 しかし、幻獣は急に速度を緩め、空中に停止する。同じ高度に、何者かが待ち構えている事に気付いたからだ。

 何者かは、黒髪で和装姿の人間だ。持ち手に麻布が巻かれた、杖のような物を持っている。

 白兎隊士、十兵衛だった。

 十兵衛は、何も無い空中に座禅を組んで座っている。非常に奇妙な光景だが、相対する幻獣は、完全に警戒態勢を取った。


 「……ふん」


 敵を前にし、十兵衛は空中で立ち上がる。仕込み杖をゆっくりと抜き、研ぎ澄まされた(やいば)を露わにした。

 

 南の海岸では、岸に上がった岩の塊のような幻獣を見付けた軍が、一斉射撃を放つ。しかし、ゴーレムを思わせれる幻獣は、弾丸を、振り付ける雨と同じように意に介さず、ゆっくりと歩いて来る。


 「も、もう一度だ! 構え!」


 指揮官が再度射撃を指示するが、岩や木々を押し退け、地に亀裂を走らせながら進むゴーレムの姿に、兵士達は動揺し、射撃の準備がもたつく。

 

 「どけ!」


 そんな彼らを押し退け、緋色の髪の男が、ゴーレムに向かって行く。両腰に大振りな刀を携え、肩を揺らして歩く人物は、白兎隊のガイだ。

 ガイは、障害物を蹴散らして進む幻獣に近付き、メンチを切ると、徐に蹴りを入れる。

 銃弾を物ともしない幻獣が、一撃で傾ぎ、派手な音を立てて仰向けに倒れた。


 波が激しく打ち付ける港で、バン・ランジが、暗い海の中を見透すように、冷たい視線を海面に向けている。

 

 「出て来い……幻獣!」


 ランジの声に応えるように、海面の一ヶ所にゴポゴポと泡が立ち昇り、巨大な馬の頭を持つ、蛇のような幻獣が現れる。


 「邪魔だ。幽玄者……!」


 ランジは手にした槍を構え、憎しみが籠った瞳を幻獣に向けた。


 「貴様らは一匹残らず始末する。白兎隊の名に懸けてな!」



 白兎隊は、幽世(カクリヨ)の力で、人知を超えた力を発揮する幻獣と、互角に渡り合っていた。縦横無尽に宙を舞う相手に追い付き、頑強極まりない身体にダメージを与えている。

 流石は訓練を積んだ幽玄者達だと、真は思った。既に、真の森羅(シンラ)では、戦闘に入り、更に深く幽世(カクリヨ)に入った幻獣と、彼らの動きを把握し切れなくなっている。

 一方、気掛かりな事もあった。真の把握できる範囲でも、幻獣の数は二十五を下らない。対して、白兎隊の数は二十四名と聞いている。

 幽世(カクリヨ)に入れる者の、数の利は、敵側にあった。幻獣側の戦略は、その利点を生かし、一体でも海岸を突破すれば、甚大な被害を与えられる事を見越したものであろう。軍が決死の覚悟で応戦し、その差を埋めようとしているが、厳しい戦いを強いられていた。


 「第一防衛隊が突破されました!」


 「第二防衛隊、救援要請!」


 白兎隊の妨害を受けなかった幻獣の一体が、海岸の部隊を退けた。

 幻獣は島内に侵攻し、森の中に展開した部隊と戦闘に入っている。そこは、最終防衛ラインの目と鼻の先で、大きな銃声が聞こえた。


 「援軍に向かう! 小隊続け!」


 待機していた部隊が、森へ救援に向かう。

 真は、ランジの指示を守るべきか考えたが、第二防衛隊がやられれば、敵は真っ直ぐ此方へ来るだろう。そうなれば、どの道、戦わなければならない。遅いか早いかだ。

 真は刀を握り締め、羽織りを靡かせながら、援軍の後を追った。

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