エピローグ㊁
ヴァルハラは軍の訓練施設共々、幻獣軍ユグドラシルに接収された。
ガリア政府としては彼らに譲渡した形で、エインヘリャル聖騎士団と軍は、速やかに施設を明け渡した。
「……」
ヒルデは俯いたまま、建物内の廊下に佇んでいた。
エインヘリャル聖騎士団は、ユグドラシルとのパイプ役を担わされ、彼女は数名の団員と共にヴァルハラに残された。武器と制服は返還されたが、反乱を起こした所で、彼らには到底、歯が立たないだろう。それが不可能だからこそ、助命されたに違いない。
「団長……大丈夫ですか?」
「えっ、ええ」
話し掛けてきたのがフレイヤだったので、ヒルデは少し辿々しくなった。
彼女はスパイ。その正体は幻獣なのだ。
一方で、彼女がヴァルハラに攻め込んだ幻獣と、事を構えようとしていた団員を説得してくれたお陰で、騎士団は壊滅を免れたと言えた。ユグドラシルは、本来ならば抵抗する力を持つ幽玄者を、始末しかっただろう。
「これ、最後の一つです。これだけになっちゃたけど……。どうぞ」
フレイヤが申し訳なさそうに、ハンカチを広げる。
中には、クッキーが一欠片だけ包まれていた。きっと他の団員にも配ったのだろう。
ヒルデは、フレイヤが任務をサボりクッキーを焼いていた事が、遠い日の出来事のように思えた。フレイヤはフレイヤで、今朝と同じように叱られるのではないかと、不安そうに此方を見ている。
ヒルデはそんな姿を見ると、彼女は何時ものお調子者の部下のままなのだと感じ、素直にクッキーを受け取った。
「ありがとう。……上手ね。今度作り方を教えて」
「はい、団長」
フレイヤが嬉しそうに笑った。
ほんのり甘いクッキーを食べて、ヒルデは漸く一息付けた気がした。冷静に自分の立場を弁える。
自分達は、この戦争から脱落だ。
白兎隊は、無事、逃げ伸びてくれたようだ。つまり、彼らの戦いには、次がある事になる。
どちらがより苦難の道を歩む事になるのかは、ヒルデには分からなかった。
――――――――――――――――――――――
死神オルディンは、ヴァルハラの聖堂に入った。
広い空間には、トール、スレイプニル、ユングヴィといった幹部の幻獣。外の庭に、配下の幻獣が並ぶ。隔離施設の幻獣達は解き放たれ、彼の傘下に入った。
フレイヤによって、騎士団を生かして置く事となったが、折角、造ったこの場所を、戦闘で破壊せずに済んだ為、オルディンは、それはそれで良しとした。白兎隊の登場にも、大きく計画を狂わされる事がなかったように、オルディンのエウロパ転覆計画は、そうした柔軟性と対応力があった。
「おめでとうございます。ガリアの離脱は、プロヴィデンスに大きな痛手を与えるでしょう。これで我々はユートピアを狙える」
ルーガルーがオルディンを讃えた。
オルディンは、やはり計画に存在しなかった死祖幻獣軍の幻獣である彼に、皮肉めいた笑みを返した。
「ルーガルー。約束通りこれをネスに渡そう。届けてくれ。私にはもう不要だ」
煙たがっている本心は見せず、オルディンは手首に付けていたアクセサリーを一つ、ルーガルーに渡した。
それは、七色に輝く勾玉だ。
ルーガルーは、幻獣にヒト化の力を齎すこの秘宝を、丁重に受け取った。
「エウロパの情勢を今暫く見届けたら、私も中央へ参陣しよう」
オルディンが言った。
「指導者に伝えて置きます」
ルーガルーはそう応えると、スパイとして過ごしたこの場所には、何の未練も無いとばかりに去って行った。
「六幻卿の地位を与えられたが、同じく力のある五体の幻獣と、それを束ねる指導者を相手にしなくてはならない」
オルディンが言った。彼はこの地を収め、世界を制する為の戦いに身を投じる。
更なる計画の始まりだった。
「人類は、何時までこの世界の主役だと思っているのだろうな」
オルディンは、ヒトを哀れに思っている。この戦いに参加できるのは、その域を超え、幻獣のいる領域に触れられる者だけだからだ。
「古よりヒトは、自分達の中から優れた指導者が、救世主が現れると信じている……!」
それが現れた以上、既にヒトは、それを仰ぐだけの存在に成り果てた。
「では、始めよう……」
高みへと昇った者達の戦い。
至高の戦い―
「幻獣戦争を……!」
お読み頂き、ありがとうございます。これにて三章終了です。
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