八十二話 志㊁
阿摩美勝志は、アマリ島で嵐の日に生まれた。
母親は難産で、双子の妹を出産後に息を引き取った。せめてもの救いだったのは、兄の生まれた十時間後に取り上げられた妹の志が、無事に生まれた事だろう。
新暦184年。第一次幻獣戦争の戦火がカーネル諸島に迫り、漁師だった父親は軍に招集され、帰っては来なかった。
孤児となった勝志と志は、サンゴの家に引き取られ、平穏となったアマリ島に戻った。
「くらえ! 足キックだぜ!!」
「うわっ! なんだこの強烈なシュート!」
「勝志兄ちゃんすげー! オウンゴールだけど……」
「ばかか!?」
勝志は、年齢にしては運動能力に優れた子供で、サッカーをすれば歳上相手に肉薄し、ケンカも強い。兄故か面倒味もよく、歳下の子供からも慕われる人気者だった。
「志。こんな高い木の上にいたのか。そろそろ帰ろーぜ」
「お兄ちゃん。わたしはこの高さまでしか登れないけど、鳥さんは空を飛べる。けど、白い雲の高さまでは行けないみたい……! どうしてなのかな?」
「あん? なにが? 白いって?」
「お兄ちゃんはえっちだね」
志は、兄とは違い、感性豊かで絵を描くのを得意としていた。クレヨン、色鉛筆、絵の具と、成長と共に変わる画材で描かれた絵は上手で、島では評判だった。
「志。今日は何を描いたんだ?」
「ふふっ、これは……」
勝志に聞かれて、志は照れながらスケッチブックを見せた。一日の最後には、必ずやるやり取りだ。
「お兄ちゃんよ」
「おれか? こんなサルみたいな顔だっけ?」
「お兄ちゃん、たまには鏡を見ないと……。それ、あげる。一生大切にしてね」
「本当か? ありがとな! じゃあ、いつも持ち歩くぜ」
「ポケットに入れたら、きっと洗われちゃうよ。大事にお部屋に置いておいてくれればいいの」
志は、兄の事をそそっかしいと思いつつも、微笑ましく思っていた。
「志! 明日ギンじいさんが漁に連れてってくれるんだ。一緒に行こうぜ! お前は魚を描けばいい」
「うん。お兄ちゃんは魚を獲ろうと、早まって海に飛び込んじゃだめだよ」
志に忠告され、勝志は前回の失敗を思い出す。二人はその時の事が可笑しくて、笑い出した。
サンゴの家の子供達は、全員が兄弟ともいえた。しかし、その中でも血の繋がりがある二人の絆は特別で、一緒に行動する事が多かった。
遠からず、勝志は志が、自分の中でどれだけ大きく、掛け替がえのない存在であるかを思い知る。
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志には、特殊な力があった。
後々、勝志は、それが幽世の力だったと知る事になるが、妹の身に起こった出来事は、それでも説明が付かない部分があった。
それは、二人が七歳の頃、やはり嵐の日に起こった。
その夜、昼間は元気だった志が、うわ言を言い続けた。目は覚めているようだったが、まるで周囲の者達とは別の場所にいるかのように、応える気配がない。
「―が来る……底の……イエ…ら。……える……。……じる……。きっと……しを……でいる。……しを探している……!」




