八十話 死神㊃
オルディン・ハングドマンは、ヒトではなかった。
幻獣のみに許される昇華の未知の力、昇華―極光により、姿を変異させていた。
仮初の姿を捨てた彼は、天使にも見紛う稀有な人型幻獣だ。
「だが、状況は何も変わっちゃいねぇぜベイベー! 幻獣と分かれば尚更、容赦は無用だ! テメェを倒せば終わりさ詐欺師!!」
ディーンのショットガンが火を吹いた。発射されたエネルギーの弾丸が四散する。
「スプラッターバレットォ!!」
散弾は、オルディンを包み込むように命中し、デスクや床、壁の装飾をズタズタにした。業の威力を知っている仲間からすれば、やり過ぎともいえる。
「―私を唯の幻獣だと思って貰っては困るな」
「!?」
オルディンは無傷だった。エネルギー弾は、彼の身体に見えない膜が張られているかのように、弾かれている。
全員が防御業を疑った。ディーンも同じだ。
「チッ! ならっ!」
ディーンは、軌道が変わるスプラッシュバレットに切り替える。仮に正面しか守れない業なら、これには対処できない。
「スプラッシュ―」
ディーンの銃口が、オルディンから逸れた瞬間、死神の指先が眩しく光る。何時の間にか、その指先がディーンに向いていた。
「ディーンっ!!」
「!??」
アベルに言われ、ディーンは綺麗に空けられたコイン大の穴に気付いた。飽き飽きしながら回った殺人現場の視察で、散々、見た穴だ。
それが、今は自分の胸に空いている……?
「カッ……」
ディーンが、崩れるように斃れた。
「私に掛かれば全てのニンゲンに平等な死を与えられる……!」
オルディンの腕が、次の標的に向けゆらりと動く。
攻撃の挙動が、森羅で捉え切れない。アベルは、右のホルスターから拳銃を抜くや否や発砲した。
閃光弾が床で炸裂する。この業の光は、視界だけでなく森羅も奪う。
「距離を取れ!!」
アベルは、シルフィー、イフリータ、ノームに指示を出し、背後の窓ガラスを突き破って共に後退した。そして、閃光の向こうに消えたオルディンをリボルバー銃で狙い、トリガーを引く。
「ジャッジメントレイ―!!」
しかし、オルディンは目を眩ませていなかった。アベルは、死の閃光を放つ相手の指先が、自分の心臓に向けられているのを感じ取る。
同時に放たれたレーザー光線が、空中で衝突した。
偶然にも似通った業だ。しかし、アベルのジャッジメントレイは完全に弾かれ、オルディンのはアベルの肩を貫いた。
「ぐっ!!」
アベルはバランスを崩し、地面に落下した。
「いい景色だ」
オルディンは、破壊された窓から街を見渡す。
彼は強力な森羅で、幽世にいる者達の戦況を瞬時に把握する。そして、神託で不利な味方を後退させる、或いは援軍を送り、戦況を好転させた。
「行け、ユグドラシル! 戦いの表舞台に立て!」
オルディンの指示で、政治家、軍人、警察、あらゆる場所に潜ませた配下の者達が、幻獣に姿を戻して白兎隊に襲い掛かった。
オルディンの居るビルの中腹からも、狼幻獣が二体と烏の幻獣二体飛び出す。
「アベル!!」
イフリータが、アベルを抱えて地上に下ろした。シルフィーとノームが新手を迎撃する。
アベルは、ビルの上部を思わず仰いだ。
オルディンは、想像を超えた戦闘能力の持ち主だ。更に、人間化という能力で、配下の幻獣を至る所に潜ませている。
彼の言葉は正しかった。
アベルは、全てに於いて後手を取っていた。




