七十九話 死神㊂
「動くな! 少しでも不審な行動を感知したら撃つ!!」
アベルは、席を立ちデスクの端まで移動したオルディンに警告した。
オルディンが幽玄者であっても多勢に無勢だ。議会ビルに被害が及ばないようにか、付近で戦闘をしている幻獣はいない為、神託で救援を呼んでも間に合わない。ここへ来るまでに、ビル内は入念に森羅で探索したが、幻獣の気配はなかった。
――だが、招かれざる客……! この計画に組している幽玄者が他にも居る……! それが事実なら、油断はできない……っ!
アベルは、味方に攻撃指示を出そうとした。オルディンがクロなのは確定したのだ。
「さて、最後にもう一つ……お前が私の前で、後手を取り続けた最大の要因を教えてやろう」
この後に及んでも尚、オルディンは余裕のある態度を崩さない。
「この計画は私の、一人の幽玄者の……政治家の国売り計画ではない。お前達は読み違いをしている。何と戦っているのか思い出せ」
「!?」
「お前達はたぶらかされているだけだ。我々……より高位の存在によってな……!」
オルディンが言った。
それを合図にしたかのように、彼の身体が眩ゆい光りのベールに包まれた。アベルはトリガーに掛けた指に力を入れたが、感じた事がない力を前に攻撃を躊躇った。
「昇華―極光……!!」
オルディンの身体が変化した。
長身だった背丈が更に伸び、人間大ではなくなる。裸が白くなり、身体と衣服が一体となった。背からは、天使を思わせる翼が生え、それがマントのように垂れ下がる。
「なっ……!?」
「これは一体!?」
「昇華だと!?」
「テメェ……幻獣なのか!?」
未知の力に全員が驚愕した。
姿が変わったオルディンだが、余裕を感じさせる態度は変わらない。
「昇華は幻獣のみに許された、魂の形状を変異させ、それを身体に反映させる力。極光は、幻獣をヒトに変異させる戯れ……」
つまりは化けるという事だ。しかし、アベル達人間にとっては、森羅ですら視抜けないこの虚構は、戯れでは済まされない。
――これでは敵の侵入を許しても、気付けない……!!
「分かったか? 私の計画は裏切りではなく、乗っ取りなのだ。真実を知らぬまま、この国は、ヒトは、幻獣の管轄に置かれる……! 教えてやろう。私はお前達に取って、善でも悪でもない―」
オルディンのトレードマークともいえた片眼鏡は消えている。
代わりに、真紅に染まった眼が輝く。
「死神だ」




