七十八話 死神㊁
「司祭様っ! 一体、何が……どうなっているのですか!?」
「お助けー!」
図書館のある聖堂には、大勢の市民が避難していた。ユングヴィが戻ると、街に現れた幻獣に恐怖する市民が、救いを求めて彼に詰め寄る。
「皆さん、落ち着くのです! ああ、落ち着いて!」
ユングヴィは柔和な表情に、やや、うんざりした色を浮かべつつも、彼らを司祭らしく諭す。
「聖堂に居れば安全です! 地下も解放しましょう! さぁさぁ―」
「ユングヴィ様ぁ!」
ユングヴィに女子学生がしがみ付いた。どうも自分に気が有り、何かと勉強を教わりに来る娘だ。
「落ち着いて。さぁ、一緒に祈りを捧げましょう」
ユングヴィが言った。
しかし、一体の幻獣が聖堂の敷地に現れると「きぁああああ!!」と少女は悲鳴を上げ、気付いた者達もパニックになる。
「皆さんっ、良く聞くのです! 彼らに対し、決して敵意を向けてはいけません! 何もしなければ襲っては来ません! さぁ、祈りを捧げて! 祈りを捧げて!」
ユングヴィは、パニくる人々に大仰に訴えた。彼の声を聞いた者達は、その場で祈りのポーズを取る。もっとも、ユングヴィの言葉を信じたというより、諦めの神頼みに見えた。
「グルルル……」
幻獣は、暫く聖堂内の人間を威嚇していたが、やがて去って行った。
「ホラ、言ったでしょ?」
ユングヴィは、頼もしさを感じさせる笑みを見せた。無論、彼と幻獣はグルな為、パフォーマンスだ。
しかし、これを見た市民はユングヴィを信じ、幻獣に敵意を向けないよう心掛け、パニックは治まった。
「ぜぇ、はぁ……っぜぇ、はぁ……っ」
ヒルデは起こっている全ての出来事を、悪夢だと疑った。
司令室にいた団員を引き連れ、出撃したエインヘリャル聖騎士団だったが、立ちはだかった八本の脚を持つ白馬の幻獣相手に、総崩れとなった。
部下達が、次々と蹴倒されていく。
「くっ……はぁあああ!!」
それでもヒルデは、敵の背後に回り込み、果敢に斬り掛かった。
「あああああああああああっ!!」
しかし、幻獣は後ろ脚を跳ね上げ、彼女を返り討ちにする。巨大な蹄が腹に減り込み、ヒルデは地面に平伏した。
「ぐっ! ……ぅううっ」
余りの痛みに気絶しそうになったが、団長としてのプライドを総動員して立ち上がる。
「団長っ……もう、やめましょう……!」
背後から、弱々しい声がした。
フレイヤだ。既に敵との力の差を思い知り、戦意を喪失しているようだった。
「何を言っているの……っ! 私達が諦めたら……っ! 街の人達は……っ」
ヒルデは必死に奮い立ち、護拳の付いたサーベルを握り直す。諦める訳にはいかない。
しかし、不意にフレイヤの声音が冷たくなった。
「抵抗しなければ、誰も死なないわ」
同時に、弓が引かれる気配を感じる。この場で弓の使い手は、一人しかいない。
それでもヒルデは振り返ってしまった。
「……!?」
フレイヤが、感情のない瞳をしている。顔が真っ青だ。番えた矢が、ヒルデに向けられている。
「だから……もう、諦めて……」
勝志はラーラを連れて、政府施設から離れようとしていた。
しかし、行く手の地面から、突如、巨大な木の根が迫り上がり、マンドレイクの幻獣が現れる。先程の勝志とワイバーンの戦闘を嗅ぎ付けたようだ。
「くそっ、こいつらしぶといぜ!」
勝志はラーラから離れ、敵の注意を引き付ける。植物幻獣の根が乱舞したが、勝志を捉え損ね地面を割った。
「勝志……」
ラーラは力無くうなだれ、付近の塀に寄り掛かった。殆どショック状態で、マンドレイクが跳ね上げた土塊が塀を叩いても、無反応だった。
しかし、そんなラーラを、戦いの喧騒を聞きつけた兵士二人が目敏く見付ける。
「グレイス嬢!? どうしてこんな所に?」
「ゼフィールと共に連行された筈じゃ? 一応、身柄を確保しろ!」
兵士がラーラの腕を取った。
ラーラは反射的に腕を振り払う。今は誰も信じられなかった。
「こらっ、待て!」
兵士は逃げるラーラを押し倒し、拘束しようとした。
「いやぁ! 離してっ!」
「この……! 服を脱がせ!!」
ラーラを大人しくさせようと、兵士達は常套手段なのか、ラーラのランジェリーを脱がしに掛かる。
「きぁあああああああああっ!!」
ラーラはスカートの裾を掴んで抗うが、あっという間に胸下まで捲り上げられる。必死に抵抗するが、徐々に乳房を露わにされていく。クーデターに組する質の悪い兵士達は、職務怠慢で面白がっていた。
「ヴァルハラで見た時から、気に入ってたんだよなぁ!」
「ラーラっ! あいつら!!」
勝志が事態に気付いたが、幻獣を目の前にした状況ではとても助けに行けない。
「ああっ」
ラーラが力尽き掛けた時、突如、高速で飛来した物体が兵士二人の首を斬り飛ばした。
勝志は一瞬フォンの救援かと思ったが、容赦のない殺傷に直ぐに認識を改めた。そもそも飛んで来た刃物は扇ではなく、弓形の刃を三分の一に割った形状の武器だ。
「はぁ……っ、はぁ……………………」
ラーラはショックが重なり、ぐったりして目を閉じた。
弧を描きながら戻って来る刃をキャッチした人物は、右手に見覚えのある大剣を持った白い衣装の男だ。
「お前…………味方なのか……!?」
勝志は、その疑問には自分でも愚かしさを感じたが、錯綜した状況の中で窮地を救ったルーガルーには、そう聞かざるを得なかった。




