七十七話 死神㊀
フロア内に慟哭が響いている。
勝志はワイバーンを退けたが、簡単な相手ではなく、鉤爪で深々、肩を抉られた。廊下でボレアースの亡骸の脇を通り、泣き声が漏れ聞こえる部屋へ入る。
「ラーラ……」
「パパぁあああ……っ! ああああぁ……っ」
ラーラは、ゼフィールの胸の上で泣きじゃくり、嗚咽を漏らす。
「ラーラ、行こう。ここは危ねぇ……」
暫く見守っていた勝志だったが、少し強引にラーラを父親から離した。ゼフィール達を殺した連中が、まだ近くにいるかもしれない。
「ぁぁああ……ぅうぐっ……」
ラーラは力無く勝志に抱えられ、溢れる涙を父親の傍らに残して、この場を後にした。
戦闘は激化している。
幻獣が衝突した建物が、ガラガラ音を立てながら崩れた。火災が発生している建物もある。
その風景を望める窓を背に、アベル達は一連の事件の黒幕を追い詰めた。
「アベル・ルシファーと言ったかな……。君は随分、早くから私を疑っていたようだな? 暗殺事件の黒幕にして、自ら犯行を行う幽玄者だと……」
オルディンが、向けられた銃口などまるで存在していないかのように、冷静な口調で言った。
アベルが答えた。
「それはプロヴィデンス派の弱体化で一番の恩恵を受けたのが貴方だったからだ、オルディン・ハングドマン。北エウロパの著名な家柄出身にして著名な大学を卒業。教会のコネクションでガリア政府に参加……。しかし、各国の諜報員に動いて貰い貴方の事を調べ上げた所、情報とは裏腹に、政府に入る以前の貴方が実際にそこに居たという事実は何一つ得られなかった」
アベルは、油断なくオルディンを見据えた。
「余程、入念な工作をしているようだった。嘘を隠し通せている。幽玄者である証だ。ヴァルハラで貴方に接触した隊士は、貴方を底が知れないと評価した。……確定だ」
オルディンが薄っすらと笑みを見せた。
「だが、誤算があった。それは私が出世に幽世の力を使う、唯の政治家ではなかった事。……そうだろう?」
「ああ。敵と手を組もうとするとは、とんだ野心家か反戦主義者だ」
「野心家か……まぁ、合ってはいるだろう。君の視点ではそんな評価が限界だろうからな。そもそも、宣教に失敗り、手持ち無沙汰でゼフィールに雇われたお前達に対し、私の計画は何年も前から始まっている。それが、完遂されようとしている間際に現れた身にしては、よく真実に近付いたと言えるだろう。褒めてやる」
オルディンの口振りに、ノームとイフリータが青筋を立てた。
「何言ってやがる?」
「アンタの謀は頓挫してるでしょ!」
オルディンは無視する。
「お前達は私が黒幕と睨んだ事で、幾つもの要因を見落としている。優れているが故に近道を歩み、通らなければならない道を歩んでいない」
「ああ?」
「どういう事ですか?」
今度はディーンとシルフィーが怪訝な顔をした。
「このガリアには、ユングヴィのような招かれざる客が他にもいるのだ。そいつらを早くに見付け出し、追求する事ができれば、もしかしたら尻尾を出す者も居たかもしれない……」
白髪を伸ばした不敵な男が、遂に動いた。




