七十二話 古城の戦い㊃
「大丈夫か!? アベル!」
ノームが、爆発で弾き飛ばされたアベルの元に駆け付けた。古城は崩壊し、辺り一面が土煙に満たされる。
「……大丈夫だ」
アベルが低いトーンで言った。同じく、付近に無事、着地したものの、ランジェリーが焦げたフォンが「なんなのもうっ!」と毒突く。
「!!」
その時、幻獣部隊が一斉に飛び立ち、撤退を開始した。ユングヴィの逃走を見て、逃げを決めたというより、彼から撤退の神託があったに違いない。
「ユングヴィは!?」
「クソッ、視失っちまった!」
アベルとディーンが唇を噛んだ。
城内から反対側に去ったユングヴィの気配は、一斉に動き出した幻獣達に気を取られた隙に、それらに紛れて判別できなくなってしまった。
「ヤツら街の方へ行くよ!」
「まさか、無差別攻撃をさせる気じゃ……!?」
イフリータとシルフィーが言った。
形成不利だった幻獣達が街に入り、民間人が巻き込まれる市街戦となれば、此方らは非常に戦い辛い。それを見越した作戦を取る幻獣軍も存在する。
「追撃する! ガイ、隊を編成してくれ! シルフィー、騎士団と軍に連絡を。幻獣二十体が街に入った、緊急出動をと!」
アベルが叫ぶ。焦りは禁物だった。犠牲者を出したくないと無理な追撃をして、敗北しては意味がない。
「言われなくてもやってんよ! オラッ、一人一匹追い掛けるぞ! フォン、テメェも加われ! 幸彦、その怪我ならまだやれんな!」
ガイは、素早く戦闘継続が可能な隊士を把握し、追撃の用意に掛かる。
「オレらは? ユングヴィを追うのか?」
「いや……」
ディーンが聞いたが、アベルは直ぐには動かず、最善の選択肢を探す。
辺りには未だ土煙が巻いている。アベルは、一体の幻獣の亡骸に近付いた。イフリータと太郎に打ち斃された、ガーゴイルだ。
「こいつは幻獣ガルグイユだな。……確か、五年程前エウロパで捕えられ、隔離施設に送られた筈だ。外見的特徴は大分変異しているようだが……」
アベルは、ファイルの記憶と斃した幻獣を照らし合わせた。
「他にもファイルで見た事あるのがチラホラいるね」
イフリータも言った。
「ヴァルハラの幻獣達を懐柔したってワケ?」
アベルが頷く。
「だが、ファイルにいない幻獣の方が多い。明らかに手引きし、国内に入れたんだ。これだけの数の幻獣が誰にも見付からず侵入するには、確かな侵入ルートの確保と、発見されても揉み消す体勢が必要だが、独立派の高官ならそれができる……」
「じゃあ、まだ戦力がいるかもしれねぇって事か? バカな、どっから幻獣を雇ってんだ!?」
ノームは驚きを隠せない。ヴァルハラにいる幻獣を従わせるだけならまだしも、情報がない幻獣達を、如何にして探し出し味方に引き入れたというのか?
アベルは、様々な疑問を払拭する答えを導きだす。
「独立派か……。恐らく奴の真の目的は政府を掌握し、国際連合から脱退する事じゃない。これだけの戦力。外部に協力者がいると考えた方が妥当だ」
大量の幻獣に協力を得る唯一の方法。それは―
「プロヴィデンスなしで幻獣とは戦えない。それゆえに独立は不可能だと思っていたが、方法がある。売る気だ……ガリアを幻獣に……!」
アベルの発言に全員が戦慄した。つまりガリアは、独立の手助けをして貰った暁には、幻獣側に付くという事だ。
「オイオイ、幻獣相手に取引? そんな事、通用するのか……!?」
ディーンが言ったが、有り得ない話ではない。仮にそれが叶えば、この戦争から、ガリアは逸早く身を引く事ができる。
「賢い選択だが、企みを阻止しなくては……! 侵入した幻獣を始末し、後ろ盾をなくす!」
アベルは、プロヴィデンス側の人間として、何としてでもこれを阻止しなければならなかった。当然、敵と手を組んだとしても、ガリアの安全が補償される訳でもない。
「……ユングヴィを捕え、そこから追い込むつもりだったが、止むを得ない……。直ちに奴を―」
アベルは宣言した。
「オルディンを逮捕する!」




