十五話 竹槍訓練
幽世の訓練は、次の日も行われた。驚いた事にランジは、勝志も参加するようにと言付けてきた。
「万が一覚醒した時に、もう一度同じ事を教えるのは面倒だ。訓練で幽世の力に触れておけ」
ランジの理由はこうだったが、真は、中々、無茶を言っていると思った。
もっとも、当人は意気揚々と真に付いて来た。勝志も幽世に興味があるのは勿論のようだが、一番、興味を持っているのは、白兎隊の女性隊士にだろう。
伝言に来た女性隊士は、裾をミニスカート丈にした着物を着ていて、宛らくノ一の様な出立ちだった。
「あの格好で戦うのか。すげー!」
もしかしたら、あの女性が訓練してくれるのかと、勝志は淡い期待を抱いたかもしれないが、残念ながら野営地で待っていたのは、険しい表情のランジだけだった。
真が昨日の復習をさせられている間、勝志は、最低限の幽世の知識をランジから教えられる。
「ああー、ウィーグルのフワッてなるアレかー」
やる気を削がれた訳では無いだろうが、理解力の低い勝志を、ランジはぶっつけ本番でどうにかしようと考えたようだ。
その後、真と勝志は、竹を削って作られた簡素な槍を、それぞれ渡された。
「例え幽玄者になったとしても、幽世での戦いは幻獣に一日の長がある。そこで、お前達には格上と渡り合う為、実戦形式での訓練を受けてもらう」
ランジは二人の持つ竹槍よりも、二倍以上の長さがある竹槍を手にしている。
「この長槍を体格の勝る幻獣に見立てる。お前達はこの槍から身を守れ。無論、幽世に入ってだ」
「こっちから攻撃してもいいんでしょ?」
透かさず真が言った。
「そんな余裕を持たせるつもりは無い」
ランジがキッパリと言い、淡々と訓練が始まった。
ランジは、扱いにくそうな長槍を軽々と振り回して、正確に真と勝志を狙った。
竹槍の先端は斜めに切られ、鋭利なっている。攻め込むには、その脅威を掻い潜らなければならないが、ランジの巧みな槍捌きがそうはさせない。
恐らく、ランジも入隊試験の際の、ガイや十兵衛と同じように、幽世に入らずとも、二人を圧倒できる技量がある。しかし、彼は二人の危機感を煽る為、容赦のない攻撃を仕掛けた。
「うわっ!」
ランジの振るう長槍の威力は、怪力の勝志をアッサリ吹き飛ばし、強度が同じ筈の竹槍を一撃で粉砕する。
真は、同じ轍を踏まないよう幽世に入り、長槍の動きを 森羅の助けも借りて、正解に見切って防ぐ。しかし、ランジの空蝉の力が、真より優っているのか、数回受けただけで真の竹槍も割れてしまい、勝志と共に予備を取りに走る羽目になった。
「俺の攻撃は幻獣の爪だ。守りに徹しなければ命はないぞ!」
ランジが二人を追い込む為、更に激しく長槍を振るう。
あわよくば、攻めに転じようとする二人の目論みは、竹槍と共に、幾度となくへし折られた。
――――――――――――――――――――――
「どうゆう事ですか!?」
「言った通りです。許可のない方を中に入れる事はできません」
軍の野営地。その入り口で、リズ姉ことリズは、足止めを食らっていた。
アキナ島の住民は、島外避難の準備が整うまで、自宅、或いはシェルターに居るようにと通達されている。そんな中、真と勝志が勝手に外出し、何かの訓練を受ける為、この中にいるというのだらリズは御冠だった。
――こんな大変な時に何をしてるのかしら?
リズは二人を連れ戻す気だった。
「入れないのなら責任者を呼んでください」
――もうっ、軍隊にでも入るつもり?
リズはそう考えたが、そんなの院長が許さない。それに、こちらの許可なく二人を連れ出している人も、どうかしていると思った。
彼女は無責任な人達に苛立ちを感じていた。
「何だ何だぁ? お困りかい、姉ちゃん」
その時、リズの背後に、刺青を入れた大柄な男が現れた。
ガラの悪そうな男は、対応に困っていた軍人に「任せろ」というような格好付けた素振りをし、リズに近付く。
「あなたは?」
「ガキ共を預かっている組織のモンだ。用があるならオレが部屋で聞くぜ?」
男は親切な人間を装っていたが、明らかにリズのカラダを舐めるような視線で見ている。
「ガキ共の件だろ? アンタも迷惑してるよなぁ」
そう言って男は、どこかにリズを案内しようと彼女の背中に手を当てた。
「結構です!」
リズは相手の手を払い、怒って踵を返す。
あんなのが、マトモに取り合ってくれるとは思えない。真も勝志も、昔から悪戯ばかりしているが、あんなガラの悪い奴がいる所で何をしてるやら……。
服越しだったとはいえ、男は、わざわざブラのある位置に触れていた。リズは、ますます苛立ちが募った。
「もうっ、あの子達後で説教よ!」
二人の保護者(本人はそう思っている)はそう心に誓った。
しかし、事情を知るのにアテがないリズは、男に後ろ髪を引かれた。
――――――――――――――――――――――
「うおおー!」
真が危惧した通り、無茶をするだけで一向に幽世に入れない勝志が、十本目になる竹槍でランジに立ち向かう。
「ぐあー!」
結果は見るまでも無い。
しかし、真は、その隙にランジに接近し、長槍を振りづらい距離に潜り込む。ランジは、それでも見事な槍捌きで、懐に入った真を攻撃した。
真は自分の竹槍で、それらを何とか防ぎ切り、足を払う一撃も、辛うじてジャンプで躱す。それを見たランジが、空中にいる真に、更に容赦がない突きを繰り出した。
物理的には、避けようのない攻撃だ。
「!」
しかし、真の身体は、空中で素早く横に動き、突きを躱してみせた。幽世での身体操作、神足だ。
「チッ」
見事な空中移動をしてみせた真だったが、納得いかず、舌打ちした。
真の回避で、ランジには一瞬だが隙が乗じていた。しかし、身体が横に流れすぎて、反撃を加える事が叶わなかった為だ。
「フン……!」
ランジは、真の神足を「大した事では無い」と言うように、鼻を鳴らした。
それでも、この短時間で、竹槍を破損させる事もなくなった真に対しての、彼なりの賛辞だった。
「ハッハッハッ。もう少し褒めてやれよ!」
揶揄うような声がし、三人は手を止めた。
「こりゃ即戦力だ。あーあ、俺らは余っ程、頼り甲斐がねぇみてぇだなぁ」
入隊試験で、勝志と立ち合ったヤンキー風の男、ガイだった。
「……少し休め。竹槍を補充しておけ」
ガイを見るなりランジが、真と勝志に言った。折られすぎた竹槍は、ストックが尽きてしまっていた。
真と勝志は、言われてた通り、近場の竹林から、灘で竹を数本切り出し、器用に新しい竹槍を作る。こういう事は得意だ。しかし、二人の会話も気になり、耳はそちらに傾ける。こういう事も得意だ。
「―幽世の才がある者を指導するのは白兎隊の義務だ」
ランジが言う。どうやら、真と勝志の事を話しているようだ。
「だからって休憩減らしてまでやるかぁ? 任務に支障が出るぜ?」
「何も、お前の休憩は減らしていない」
「随分、肩入れしてるじゃねぇか? それとも囮にでも使う気かい?」
ガイがケンカを売るような言い方をするが、ランジは買わない。
「そんなつもりは無い」
「そうかぁ? どの道、アンタの仇討ちに使われちゃ、ガキ共も不憫だろうなぁ。ハッハッハッ」
ガイの言い方は、他人を心配している印象はなく、二人にも聞こえるように話していた。
「どの道、こんなトコじゃ休んだ気にならねぇ。イイホテルでも探すかな」
ガイはそう言って、来た道を戻って行った。
「あのニンジャみたいな女の人は、イイホテルにいんのかな?」
勝志は話を理解できなかったようだった。
二人の近くにランジが戻る。
「幻獣が現れても、お前達を戦場に出すつもりはない」
ランジがキッパリと言った。真は、聞いていた事がバレていたならと、敢えて質問する。
「仇討ちって?」
「……」
ランジは仏頂面だったが、このくらいは話しても良いだろうといった様子で答えた。
「俺の家族は幻獣に殺された。……十三年前の戦争でな」
明確な答えに、真は逆に意表を突かれる。勝志も理解ができる内容だった。
ランジは今でも、少年だったその時の事を鮮明に覚えている。無残な姿になった両親と兄弟達、殺した幻獣の姿、そして、その幻獣が自分に振り下ろそうする、血に濡れた鉤爪―
「その時、俺は幽世の才に目覚めた。……それだけの話だ」
ランジはそう言って、訓練を再開させた。
真には、幽玄者となったこの男が、家族の仇を討つ為、黙々と修行を積む姿が容易に想像できた。そして、漸く、この堅物な男が、自分達に白兎隊を紹介し、指導を買って出てくれる理由を理解した。
この日、二人は、ランジにかすり傷一つ与える事ができなかった。幻獣や、それと戦う幽玄者と、自分達との間には、歴然とした力の差がある事を、改めて思い知った。
しかし、真は、少しでも彼に追い縋ろうと奮起した。
――――――――――――――――――――――
リズはグレイス邸に戻り、借りた一室に居た。
部屋のカーテンを閉め切り、ドレスに着替え、机の上にお酒を用意する。どちらも、働いていたお店から持ってきた物だ。
リズは「わざわざ、こんな場を用意している自分もどうかしているかも……」と思ったが、今更だった。
暫く待っていると、予約の客が現れた。
「おっ、中々イイ待遇じゃねぇか」
予約客―ガイが、感心しながら部屋へ入って来た。
リズは、少し不機嫌な表情をしたが、席に着いた殆ど初対面の男にピッタリくっ付くように座り、慣れた手付きでお酒を注ぐ。
「で、ガキ共について用は何だ?」
「あなたにお願いがあるのだけど……」
この待遇を、さも「当然の権利」といった態度で酒を飲む男に対し、リズは気持ちを切り替え、真剣な表情で向き合った。
リズは、相手がどんな男だろうと、どうしても頼んで置きたい事があった。
「イイぜぇ。オレに何をして欲しいんだ?」
リズを気に入ったのか、ドレスの胸元の谷間を見ながら、クールな態度でガイは応えた。
――――――――――――――――――――――
幽世に入れる者だけが認識できる、カーネル海の海底洞窟。幻獣達が、世界の中央と呼ぶ空間。
今は、死祖幻獣軍の本拠地となったその場所で、ラウイン・レグルスは同胞達に宣言する。
「間もなく嵐が訪れる。それと共にアキナ島を攻める」
集められた幻獣達は、この時を待ち侘びていた様子だった。
「カーネル海からニンゲン共を一掃せよ!」
ラウインの言葉に、幻獣達の瞳が燃え盛る闘志を宿し、赤々と輝く。
「指揮は誰に任せる?」
側近の幻獣、ウヴァルが聞いた。
「おれに取らせろ!」
ラウインが答える前に、不快な音が混じった声の主が名乗り出た。
「グリム……大丈夫なのか?」
グリムは、ウィーグルとの戦いで受けた肩口からの大きな傷が、未だ生々しく残っていた。
ウヴァルの心配を他所に、ラウインは彼の意思を汲んだ。
「分かった。策を含め、お前に任せる。だが、決して引くな。これは此方に攻め手を繰り出す余裕がある事を、奴らに示す戦いでもある」
この特異な空間を通し、ラウインは世界中の幻獣に招集を掛けた。それに応じ、既に多くの幻獣がカーネル海を目指している。
今、幻獣達の懸念は、それらの大部隊が到着する前に、人類側に攻勢を仕掛けられ、中央を死守出来なくなる事にあった。
そうなれば、この新たな戦争の灯火が消えかねない。
――我々は巨大な勢力に頼らず、旗揚げを成さなくてはならない。
ラウインには、目先の利益より重視すべき事があった。
「我らはたった三十の軍だが、数千の幻獣の意思を汲んでいる。ゆけっ、新たな時代の先駆けとなれ!」
幻獣達の雄叫びが、幽世に響き渡った。