六十八話 異端審問㊃
ゼフィールが去った後、ラーラは縄を引っぱられて再び移動させられる。
――このままじゃいけない……っ!
ラーラは思った。ずっと混乱状態だった頭も、漸く落ち着いてきた。
このまま自分が人質になっている限り、父親もフォンも何もできない。自分が逃げ出さなくては―
「コイツどうすんだ?」
「ペットにでもしようぜ」
白装束の男達が、意地悪い表情でそんな事を言っている。
野外に出て、ラーラは辺りをそれとなく見回す。どうやら危険な相手は、自分を連行するこの二人だけのようだ。相手は、ラーラが幽玄者である事を、恐らく知らない。
「んんっ!」
「何!!」
ラーラは機を見て、男達から離れる。ラーラの空蝉では縄を切る事はできないが、そのまま走って逃走を図る。
「コイツゥ!」
男が手にしていた縄を引っ張って、ラーラを留めようとした。ラーラは、散歩で抵抗する犬のように必死にあらがう。
「ううっ!」
「へへっ、逃げられないぜお嬢ちゃん!」
男の力が思っていた以上に強く、ラーラは振り切れない。その間に、もう一人の男がラーラを組み伏せる。
「ああっ!」
男は、ラーラを大人しくさせようとするが、空蝉の影響で、中々、上手くいかない。ラーラの衣服が揉み合いで乱れる。
「コノッ、メスガキが!」
「だ、誰かっ! 助けて!!」
ラーラは叫んだ。ここは政治部があるビルだ。人が居てもおかしくない。
縄を持った男が、苛立って銃を取り出す。
「やめろー!!」
その時、建物の間から、勝志が高速で飛んできた。森羅でラーラを追い、付近まで来ていた勝志が、ラーラが無意識で発した神託を受け取っていた。
「おら!!」
「ぐあぁ―」
勝志の容赦ない鉄拳が、ラーラを組み伏せる男を一発で昏倒させる。
「何だコイツは!? ぐっ!」
もう一人の男は、銃を勝志に向けたが、横から飛んできたナイフが手に刺さり、銃を取り落とす。透かさず勝志が男を殴り倒した。
「……!」
勝志とラーラがナイフの出所を振り向くと、ビルから小男がゆっくりとやって来た。
「遅いぞご友人! お嬢様、ご無事で何よりです」
小男―ボレアースが言った。
「ボレア! 幽玄者だったの……!?」
ラーラは驚きつつも、無事なボレアースを見て安堵した。
ボレアースが体に受けた銃槍は浅い。状況を見極める為、倒れたフリをしていたようだ。
「ええ。いざと言う時の為に秘密にして置いたのです。この事はナイショですよ? お嬢様」
ボレアースは使用人らしい諂う仕草をしながら、言った。しかし、直ぐに真剣な眼差しになる。
「お嬢様……。旦那様はワタクシめが必ずお助けします。ですから、どうかご心配なさらず身の安全を優先して下さい」
「ボレア……」
「お前、お嬢様を頼むぞ!」
ボレアは不安そうなラーラを勝志に預けると、ナイフと銃を拾い、再びビルへと戻って行った。
「あいつ……誰だっけ?」
「勝志。ありがとう」
「おう、ラーラ。無事で良かったぜ」
何はともあれ、ラーラを救出できて勝志は一安心だった。
勝志はラーラの乱れた服を直してあげる。
「可愛い服だなラーラ」
「うん……ありがとう」
ラーラは、そう言えばランジェリー姿を見せるハメになり、勝志を呼んだ事を思い出した。素直な勝志の評価に、ラーラは頬を染める。
「そ、そうだ、フォンがっ! フォンが捕まったままなの!」
ラーラは勝志に、フォンのピンチを伝えた。
――――――――――――――――――――――
「……あっ……あっ……あっ……あっ……あっ」
拷問を受けたフォンのカラダは、ビクンッビクンッと痙攣し、制御不能に陥った。汗で全身がぐっしょりと濡れ、熱の篭るランジェリーを外したい衝動に駆られる。
「ふふっ、どうです? そろそろ負けを認めたら? 大人しく魔女である事を認めれば、ラクにしてあげます」
ユングヴィが、クックと笑いながら言った。
そうして陵辱に耐えきれなくなった無実の女性達は、魔女であると認め、更なる罰を受けた。フォンはその手には乗らず、涙目になりながらも首を振る。
「結構、結構」
ユングヴィは思う壺と笑う。
「では、これはどうでしょう?」
ユングヴィの波動を纏う手が、今度はフォンのへその上に乗せられる。それが、下腹部を覆うハイレグの上を撫でながら、徐々に下へ下がっていく。
「ぁ―」
フォンはもう悲鳴も出ず、痙攣するカラダを必死に捩って抵抗する。
しかし、手が局部に迫ると、絶対に負けを認めたくない彼女の口から、遂に弱気な言葉が衝いて出る。
「も、もう、やめ―」
しかし、あと僅かという所で、ユングヴィの手が止まった。
ユングヴィは、天井に目を向けている。石の天井を見通し、上階を見ているかのようだ。
「司祭?」
お預けを食らった白装束達が、ユングヴィに尋ねる。
「思っていたより早かったですね」
ユングヴィは、ビクビクしたままのフォンから、渋々、手を離した。
「客人です。皆さん、おもてなしの準備を……!」
ルテティア内にある古い城。現在は宗教団体が管理し、見学もできる建物だ。
アベル率いる白兎隊は、その城へやって来た。
「私は政治家暗殺事件を捜査している白兎隊のアベル・ルシファーと言う者だ。ユングヴィ司祭が此方を訪れている筈だ」
建物に入るなり、アベルが言った。
入口の部屋はかなり広く、石の柱が並び立ち、扉と上階下階へ続く階段が奥に見える。管理人が、アベル達に対応した。
「司祭は只今、取り込み中です。如何なる御用件でしょうか?」
「虚偽、恐喝、賄賂。無論、暗殺事件への関与も疑われている」
「!?」
「ユングヴィ司祭、及び、彼が所属する教会関連施設を強制捜査する!」




