六十六話 異端審問㊁
「これはどういう事だ?」
政治部の執務室で、ゼフィールは険しい表情になった。
部屋では、週末に行われる会談の打ち合わせの為、彼や仲間の政治家が集まっていた。しかし、そこへこの場に参加する予定がない、軍部の人間がゾロゾロと入ってきたのだ。
「ゼフィール・グレイス。横領疑惑により事情聴取をさせて頂きたい。軍部まで出頭願います」
「何? 馬鹿な事を言うな。有りもしない疑いで何故軍部が私を追求する。ここはガリア政府の―」
「我々はガリア政府の権限の下で動いています。指示に従わない場合は身柄を拘束せよとの命令です」
「何だと!? クーデターでも起こす気か!?」
軍部の人間達は、有無を言わせない様子で持っていたライフルをゼフィールに向けた。政治部の者達が狼狽える。
「奴の指示か? そんなモノを向けても無駄だ。私とて幾度も修羅場を潜ってきた。こんな脅しには屈しない」
従わないゼフィールの背後に、突如スーツ姿の小男が現れた。
小男は、胸の内ポケットから折り畳みのナイフを取り出した。
案の定、道に迷っていた勝志だったが、漸くラーラの家に到着する。
一方、異変があった事には、勝志でも直ぐに気付く。ラーラの部屋の窓ガラスが破壊されており、庭には、車が乗り入れた跡が残っている。その上、玄関の扉は開いたままだ。
「おいっ、大丈夫か!?」
勝志は、玄関先で血を流して倒れているセバスチャンを発見し、駆け寄った。
「執事じゃねぇか! どうしたんだ!? しっかりしろ!!」
「ぐっ……っ……」
勝志がセバスチャンから事情を聞こうとする。
しかし、気遣いの言葉とは裏腹に、胸倉を掴んで引き起こすので、セバスチャンは怪我よりそちらが堪えて声が出ない。彼は、服の下に防弾チョッキを着ていた為、一命を取り留めていた。
「お、お嬢様が……ゴホッ……連れ去られた……っ!」
「ラーラがっ!? くそっ、遅かったか!」
勝志は、この襲撃が緊急呼び出しの理由だと勘違いしていた為、道に迷った事を心底、後悔した。
「私の事はいい……! 早くお嬢様を……っ! ゴホッ」
「分かった任せろ!」
セバスチャンの言葉を聞いた勝志は、直ぐ様、気持ちを切り替えた。急に胸倉を放されたセバスチャンが、床に体を打ち付ける。
勝志は不得意ながらも、必死に森羅でラーラの気配を追う。屋敷の門を出た車のタイヤ痕が、東の方へ向かっていた。
「待ってろよ、ラーラ!!」
二人の男がラーラを車に乗せ、更に別の場所へと連行する。
「着いたぞ」
「おら、歩け!」
「うぅ……」
どうやら、父親がいる政治部に連れて行かれる様子だ。
ラーラは両手を後ろ手にされ、縄で縛られていた。自分がこんな風に、罪人のように扱われる日が来るとは、夢にも思っていなかった。
「チラチラ見えてたけど、コイツTバックだぜ!」
「全くお嬢様ってヤツは、着けるモンが違うなァ!」
「や、やめてよぉ!」
よりにもよって、恥ずかしい下着を穿いている時にスカートをめくられ、ラーラが悶える。
「ぐへへ」
白装束の男達は、ユングヴィの仲間のようだが、とても宗教者とは思えない程、粗暴な印象を受けた。フォンの言う通り、ラーラが犯した問題は口実に過ぎないのかもしれない。
何か、途轍もなく危険な事が起ころうとしている。そんな予感がした。
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「やれやれ、ワタクシめごときに出番があるとは」
小男が、ナイフをクルクル回しながら言った。足下には、彼に刺された軍部の人間が、血を流して倒れている。
「やり過ぎだボレアース。到底、足を洗ったようには見えないぞ」
ゼフィールが咎めるように言った。
小男―ボレアースは、ゼフィールを見ても悪びれる様子はなく、ニヤリとした。彼が何者か知らない政治部の者達は、恐怖で身を寄せ合っている。
「しかしですね旦那様。懐刀としては、ご主人に物騒なモノを突き付ける相手に、容赦はできないのですよ」
ボレアースは、同じく恐れ慄く軍部の人間達から、ゼフィールを守るように立ちはだかり、ナイフの切っ先を向ける。
「分かっていますね。アナタ達に言っているのです……!」
ボレアースは、幽玄者にして、元犯罪者だった。エウロパで逮捕された彼だったが、幽玄者の能力を買うゼフィールが、司法取引で釈放し、此度の件では自らの護衛を務めさせていた。
思わぬ妨害に遭い、ゼフィールを拘束しようとしていた軍部の人間達はたじろいだ。
しかし、逆転の鍵が、直ぐに彼らの元へ届く。
「そこまでだ、ゼフィール!」
「!?」
部屋に白装束の男達が到着した。
男の一人が乱暴に縄を引き、部屋に居る者達に縛られたラーラを見せる。
「ラーラっ!!」
「パ、パパっ!!」
ラーラは悲痛の声で叫んだ。父親の姿を見て涙が込み上げてきたが、安堵感より、この様な事態を招いて申し訳ない気持ちが大きかった。
「おのれ、よくもお嬢様を……!」
ボレアースが怒り、ナイフを握る手に力が篭る。しかし、頭に銃を突き付けられたラーラを前にしては、手が出せない。
形勢が逆転し、軍部の人間達がボレアースに一斉に発砲した。
「ぐあっ……!」
ボレアースが崩れるように倒れる。
「ボレアっ!? や、止めてっ!!!」
ラーラが悲鳴のような声を上げる。抵抗しようとする彼女のこめかみに、銃が強く押し付けられる。
「ゼフィール・グレイス、お前次第だ! 大人しく連行されるか、娘を失うかだ!」
「パ…………パパ……」
ラーラは声を出そうとしたが、恐怖で言葉が出ない。
「……分かった。一体、私に何の用か知らないが、従おうじゃないか。だが、そうする以上、娘には絶対に手を出すな……! もしもの事あらば……その時は、何一つお前達の言う事は聞かん……!」
ゼフィールが歩み出て、軍部の人間が彼を包囲した。
ラーラは涙が溢れた。歪む視界の中で、父親が安心させようと微笑むのが見えた。
「ラーラ。すまんが今日は遅くなるかもしれない。遅くまで起きて待っていないで、早く寝るんだよ。なに……何時もの事だ」
立ち止まるゼフィールに苛立った軍部の人間達は、彼を乱暴に押しやり、部屋から連れ去った。




