六十五話 異端審問㊀
宗教組織に捕らえられたラーラとフォンは、カーテンで窓が覆われた車両に乗せられ、何処と分からぬ場所へ誘拐された。
移動中、二人には銃口が向けられ続けた。更に、二人を挟んで座る男達の腰には、爆弾がセットされている。幽玄者ならば、手を使わず起爆できるタイプだった。
「へへへ。二人共、上玉じゃねェか」
「堪んねェなァ」
「触るんじゃないわよ……!」
ランジェリー姿のままの二人に鼻を伸ばす男達を、フォンが睨む。恐怖でしがみ付くラーラの震えがフォンの腕に伝わってくる。
やがて、車両はどこかの建物内に直接入った。時間的に然程の距離は走っておらず、ルテティア内と考えられた。
二人は煉瓦造りの建物の、石牢のような部屋へ連行され、鉄のポールに背中合わせで縛られた。男達が、見せ物を見るように周囲を囲む。
「ユングヴィ司祭……どうして?」
未だ、この事態を信じられないラーラが、怯えた声で、主犯格と思われるユングヴィに尋ねた。
「ラーラ君、ラーラ君、言った筈です。禁を破るとどうなるか? 貴方は聖堂の地下に不法侵入して、邪教の書物を持ち出しました。知ってはならない事を知ってはなりません」
「そ、それは……っ」
ユングヴィは、ラーラが知っている、何時もの柔和な表情で答えた。ラーラは、完全犯罪がバレていた事に衝撃を受ける。
「ウソ!? その程度の事でこんな横暴が許されるワケないわ! あんた達が何者か知らないけど、狙いはプロヴィデンス派の人間でしょ!? 口実が欲しいだけよ!」
ユングヴィに対し、フォンが怒った。例えラーラが罪を犯していても、それなりの手順を踏んで処罰されるべきだ。宗教者が武力行使していい理由にはならない。
「口を慎みなさい。我々は神聖なる教義に従っているのです。異端者を裁く権利がある」
ユングヴィは、笑みを湛えたまま言ったが、ゾッとするような雰囲気があった。再度、二人に銃口が向けられる。
「あんたは幽玄者ね……! 白兎隊が斬りにくるわよ」
「それは、それは。噂通りの野蛮な組織だ。しかし、どこを嗅ぎ回っているのやら。私に辿り着けると良いですね」
ユングヴィが、ねっとりと言った。
囲む銃口の数より、肝心なのは幽玄者の数だった。ユングヴィ意外にも複数いるのは間違いない。縄は簡単に切れるが、フォンは武器を失っている。
――ラーラを守りながらは、ちょっとキツいわね……。
「フォン……ごめんね……」
責任を感じ、ラーラが言った。
「捕まるのも女の子の仕事よ」
突破口を探しながらフォンが返す。
「所であんた、本当に盗みなんてしたの?」
「う、うん。真の役に立つかと思って……」
「あっ、そっ。ばかね」
石牢の扉が開き、入ってきた男が「司祭。全て予定通りに。……との事です」と報告した。それを聞いてユングヴィが、ニッコリする。
「さて、ラーラ君。貴方はまだ子供なので、身柄は保護者の方が引き取ります。良かったですね」
縄が解かれ、ラーラはフォンから引き離された。ユングヴィが部下に言う。
「丁重にお連れなさい。フォンは私が見張ります」
ラーラが、男に引っ張られながら牢から出される。
「フ、フォンっ!」
「ちょっと待ちなさい! その娘に変な事したらどうなるか―」
フォンの前に、ユングヴィが立ちはだかった。
「大丈夫です。妙な真似をしなければ、ラーラ君の身柄は保証します。貴方が、妙な真似をしなければね」
ユングヴィが、殊更ニッコリして言った。
向けられ銃が、フォンの巨乳に充てがわれた。
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議会が開かれるビルの大臣室で、一人の男が窓の外を眺めている。長身の政治家オルディンだ。
部屋には、彼の護衛を務めるに相応しい、彼以上に体格の良い軍人が控えていた。オルディンは彼に話す。
「私とて、政治家として思い描いてきた風景がある。間もなくその景色が見えるが、共にそれを見る者の事は思い描いていなかった」
言葉の意味は謎めいていたが、軍人はオルディンの心中を察しているようだった。
扉がノックされ、白地の制服を着た人物が入ってくる。
「大臣、お時間です」
「分かっている」
催促に来たエインヘリャル聖騎士団員は、ルーガルーだった。
彼は今、ヴァルハラにいる筈である。これは、団長ヒルデが留守にしている間の、独断行動であった。
「言っておくが、私はゼフィールと共にサインをするだけだ。その後は……君の判断に任せる」
「国民はどうします? 犠牲を払う事がない選択を求めます」
「私を脅すのか? これ以上、此方の事に介入しないでくれ」
オルディンに対するルーガルーは、本来の立場を超えているような物言いがあった。彼の周りには、白装束の人物達が控えている。
オルディンは、彼らを一瞥し軍人に告げた。
「では司令官。後を任せる」
そう言うと、ルーガルー達と共に大臣室を後にした。




