六十四話 大切なヒト㊃
ラーラはランジェリー姿のまま、もじもじしながら勝志を待った。
「いつも通り、いつも通り……!」
キャミソールワンピの裾は、ギリギリTバックを覆う。外見は、普段と然程、変わらない。
――でも、勝志はちょっとHだから……。め、めくれちゃったらどうしよう……っ!
ラーラは思った。
「真が来られないからって、どうして勝志を呼ぶの?」
「取り敢えず本命の前に、慣れておくのよ。前哨戦ってトコかしら」
「なんだか間違ってる気がするけど……」
ややこしい事をしてくれるフォンは、バスローブを着て扇子を持ち、舞の練習をしている。これが意外にも上手で、ラーラはその美しさと妖艶さを兼ね備えた舞を、しげしげと見つめて心を落ち着かせようとした。
「遅いわね。迷ってなきゃ、そろそろ来る筈……―!?」
「勝志だって忙しいんだよ」
窓際から庭を眺めて、フォンが言った。ラーラは、少し安堵してそう返したが、フォンは聞いていない。
外に意識を向けた彼女は、別の事に注意を向けている。
「?」
「今日、客が来るって聞いてる?」
フォンが聞いた。
「ううん、セバスは何も」
「……変ね」
ここからは見えなかったが、屋敷の入口に車両が止まった。客はこの家によく招かれるが、ゼフィールの不在時に訪ねて来るのは珍しい。
玄関で、執事セバスチャンが車から降りた人物に応対した。訪問者は何か要件を話すが、予約もないので断られる。
―や否や、上着から拳銃を取り出した。
「!!?」
銃声が鳴り、セバスチャンが倒れる。それを合図とするかのように、車から次々と白装束の男達が降り、屋敷内に侵入してきた。
「全くっ! 暗殺者って、こんなに堂々と来るものなの!? ガサツな連中ね!」
フォンは、森羅で事態に気付き、部屋の隅に置いてある二枚の鉄扇、孔雀を、道連れにして手元に引き寄せる。
「フォンっ、なに!? なに起きたのっ!?」
ラーラは状況を把握できていない。彼女の森羅では、見えない玄関の様子までは分からなかったようだ。或いは、分かっても、突然の大事に混乱しているのだろう。
フォンが叫ぶ。
「政治家殺しの連中かは分からないけど、襲撃よ! あたしの近くに!」
「ま、待って! セバスは!? 他のみんなにも教えなきゃ!」
ラーラは、屋敷の使用人達にも危険を知らせたかった。
「ばかっ、狙いはあんたでしょ!」
流石に、ゼフィールの不在を知らない程、お粗末な暗殺部隊ではあるまい。よって、ターゲットは彼の唯一の肉親である、ラーラに絞られる。
「逃げるわよ!」
フォンは、早々に屋敷から退避する選択をした。襲撃者をフォンが返り討ちにしてもいいが、護衛である以上ラーラの安全が最優先だ。それに、ターゲットに逃げられれば、襲撃者も引き上げ、使用人達に及ぶ危険も減る。
フォンは廊下に出たが、襲撃者は屋敷の間取りを知っているのか、最短で同じ廊下へ出れるルートを走って来る。
「この!」
フォンは品よく逃げるのを諦め、部屋の窓へ向かいガラスを盛大に破壊し、ラーラを抱えて神足で外へ出る。
「居たぞ!!」
庭から回り込んできた襲撃者が、二人を見付けて叫んだ。やはりターゲットはラーラのようだ。
拳銃を発砲してきたが、幽玄者であるフォンには当たらない。
「!?」
しかし、そんなフォンを掠める弾丸があった。感じ取れる破壊力といい、明らかに幽世を飛んできた。
――幽玄者っ!? どこに!?
フォンの緊張が一気に高まった。銃を持った人間が、何人いようと彼女の相手ではなかったが、幽玄者が混ざっているのなら話は別。戦力差が一気に縮まってしまう。
減速した所を更に銃撃されるが、これは普通の弾丸だった。フォンは鉄扇を広げて弾を防ぐと、もう一枚を投げ付ける。
回転しながら飛んで行く孔雀が、次々に銃身を切断した。
「取り抑えろ!!」
その間に、廊下側からやって来た襲撃者五名が、ラーラの部屋を通って追い付いてきた。襲い掛かってくる内の二名に、フォンはバスローブを脱ぎ捨てて被せる。
「!」
「ウホッ!」
「でけェ!」
セクシーランジェリー姿になったフォンに見惚れた三名と、そんな彼女が着ていたバスローブを顔から取るのに、異様に手間が掛かっている二名を、フォンは掌打と蹴りで打ちのめす。
「何なのよ、コイツら! ヤラしいわね!」
イラ付くフォンだったが、先程、銃を破壊された襲撃者達が、今度はサバイバルナイフを取り出し接近してきていた。
幽世の刃を、フォンは畳んだ鉄扇で一つ弾き、二つ目を受け止める。
「くっ!」
「フ、フォンっ!!」
ラーラの声が聞こえ、フォンは慌てて振り返った。
ラーラは、鼻血を出している男に後ろ手にされていた。
「つ、捕まっちゃった……っ」
申し訳なさそうに、ラーラが言った。
その男は、先程、フォンに蹴り倒された一人だ。フォンは、非幽玄者を殺傷しないように手加減したのだが、流石に加減しすぎたのかもしれない。
他の襲撃者も、フラフラしなが立ち上がっている。
「武器を捨てろ!」
幽世の攻撃を行った男が、銃を拾いフォンに向けた。
「くっ……!」
フォンは、まさか男への甘さで護衛に失敗るなど、信じたくない気分だった。
渋々、鉄扇を捨てると、男達は競うようにフォンに飛び付き、地面に組み伏せる。
「このっ……ヘンタイっ!」
露出した肌に密着され、フォンが不快感を露わにする。
その時、視界の奥から此方に向かって来る、新たな人物の姿が目に入った。
「いけませんね、皆さん。この程度のお仕事、速やかに完遂して頂かねば」
その人物が言った。息も絶え絶えになりながら二人を捕縛した、襲撃者達をなじったようだ。
「司祭……申し訳ありません」
フォンが顔を上げると、宗教者と思われる男の姿が見えた。端正な顔立ちに、柔和な笑みを浮かべている。
「だから貴方方は舐められるのです。これだからニンゲンは! ……と」
フォンは初めて会う人物だったが、ラーラは男を見て目を見開いた。
「ユングヴィ……司祭……!??」




