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六十話 十兵衛VSムシャ㊃

 ムシャの言葉と共に、彼の身体が変異する。

 体躯が一回り大きくなり、頭部の角も伸びてスマートな形状に変わる。上翅内の羽がマントのように垂れ下がり、黒い甲皮の一部が、ヘラクレスオオカブトを思わせる黄土色に変化した。


 ――神獣化だと……!!


 十兵衛は衝撃を受けた。

 幽世(カクリヨ)の七つ目の力―昇華(ショウカ)は、魂の形状変異という、幻獣の基本の能力であると同時に、幻獣を、幻獣たらしめる力である。

 昇華(ショウカ)極点(キョクテン)は、それを自らの意思で行い、未来の姿に一時的に進化する、幻獣の究極奥義であった。

 人類側の記録では、この―神獣形態―を有しているのは、六幻卿(むげんきょう)のみであるとされている。


 ――だが、こいつは例外……!


 十兵衛は、表舞台に立っていない一握りの強者を前にしていた。


 「……参る!」


 ムシャが突き立てた刀を再び引き抜くと、十兵衛に攻撃を仕掛けた。

 その神足(シンソク)のスピードは、今までの比ではない。そして、一段上の領域へと昇ったムシャは、十兵衛の森羅(シンラ)を持ってしても、捉えるのが困難になった。


 「ぐっ……!」


 十兵衛は辛くも初太刀を防御した。

 ムシャの身体が更に巨大になった事で、相対的に打刀サイズになった大太刀だが、その威力も、それまでの比ではない。一撃で大きく仰け反らされ、二太刀目を紙一重で躱すと、川縁が深々と裂かれ、森の木々が草むらように斬り飛ばされた。

 十兵衛は、両逆手で太刀魚を握り、全身で刀を振って斬撃を防ぐ。

 元々、馬鹿力の相手と切磋琢磨してきている。大太刀に加え角の攻撃も加わり、後退する一方となるが、十兵衛は猛攻を凌ぎ続けた。


 ――流石だ……!


 しかし、相手が悪い。これが力任せの相手ならば反撃の余地もあったかもしれないが、ムシャは、劣勢になっても粘る十兵衛に感嘆し、己の慢心を戒める。


 ――抜かりは一切、許されん!


 油断のない太刀筋が、ついに滝口で十兵衛を追い詰めた。


 「天下一刀!!」


 ムシャは、引導を渡す(ワザ)を放った。地形を変える威力を持つ斬撃が、十兵衛のみを狙い振り下ろされる。

 十兵衛は、驟雨を放った。

 躱せない事を悟り、彼の最大の強みである斬撃の速さで相打ちを狙う。

 太刀魚の切っ先が、ムシャの兜の隙間に入り込んだ。

 しかし、次の瞬間、振り下ろされた一刀が、太刀魚を飲み込むように叩き斬り、十兵衛を袈裟斬りにした。


 「……!!」


 十兵衛の首に掛かった数珠が弾け飛び、それを鮮血が覆った。



 「きゃっ!」


 この日、(すい)は政府からの依頼で、大和海軍へ招かれていた。広告塔として指揮向上を図る為、軍港近くの沖で防衛に当たっている戦艦の、一日艦長を務める予定だ。

 トラブルは、甲板での朝礼で起こった。彼女は、女性海兵の制服であるセーラー服(彼女の体型に合わせたものだが、下乳が見えている)を着ていたのだが、それがレクチャーされた敬礼をした際に、ビリっと鳴った。

 ピチピチに張っていた筈の布が緩むのを感じ、翠は咄嗟に特乳を押さえる。

 事態に気付いて艦長に注目する海兵達から逃げるように、翠は艦内へ捌け、マネージャーに変わりの制服を用意してもらう。

 全く、決まりの悪い事である。


 「……」


 しばしば、下駄の鼻緒が切れると「不吉な事が起こった知らせ」とも言われる。

 ふと、衣服が破けてしまった時に、その迷信は通じるのだろうかと、翠は考えた。


 ムシャは、水が激しく落ちる滝壺を見下ろす。その片目は潰され、血が滴っている。

 これで指導者ネスに託された、ガリアにいる仲間の助太刀にはなっただろう。此方で借りた従者二体は、どうやら別の隊士に敗れたようだが、勇敢に戦った者は讃えられるべきだ。


 ――戻って一から修行のやり直しだ。


 ムシャは、十兵衛の最後の攻撃で、とどめの踏み込みが甘くなった事を反省していた。

 死を覚悟し、刺し違えを狙った十兵衛の最後の一撃は見事であった。敵であろうと、ヒトであろうと、彼は己をより高みへと誘ってくれた相手に、敬意を払った。


 「源十兵衛―」


 打ち取った相手に、最大の賛辞を送る。


 「天晴れであった!」

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