五十七話 十兵衛VSムシャ㊀
真と十兵衛は、それぞれ遭遇した幻獣をファイルの記憶と照合したが、思い当たる幻獣はいなかった。二人共、普段は実技ばかりで座学を怠る面があったが、こればかりは戦場での勝敗に関わる。抜かりなく、ファイル内の情報は頭に叩き込んでいるつもりだった。
二人の記憶に間違いがなければ、つまり今回の敵は、過去に一度も人間と交戦した事がないか、或いは発見者を退けてきた(情報を与えなかった)かの、どちらかだった。
「名前は聞くまでもなさそうだね」
真と相対した二体の幻獣は、有名な空想上の生き物、ユニコーンとペガサスに酷似していた。
暗く深い森の中に佇むよく似た風貌の二体は、神秘的な存在感を放ち、まるで聖なる生き物のように感じられた。
「僕は別に、邪の者でいいけど」
悪者の方がかっこいいと思う、若輩者の真だが、実際、相手は正義ではない。真の森羅は、ユニコーンの鋭い角こそが、犯行に使われた得物だと感じ取った。
「行こう……!」
「ええ」
ユニコーンがペガサスに合図した。
二体の幻獣は、あくまで「自分達が正義の執行者」といった様子で、粛々と戦闘を開始した。
対岸で十兵衛を待ち受けていた幻獣は、直立姿勢を取れるように進化し、人のような体格を手に入れた甲虫だった。その姿は、まるで角が付いた兜を被り、甲冑を覆った鎧武者のようだ。
「カブトムシか……!」
十兵衛も少年時代、その存在には目を輝かせたものだ。
カブトムシ幻獣―ムシャは、幻獣にしては珍しく武器、それも刀を持っている。大柄な体格に合わせた、かなりの大太刀だ。
兜の下の鋭い瞳を、ギロリと十兵衛に向けたムシャは、その大太刀を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。十兵衛も、対抗するように太刀魚を抜く。
川を挟んで、しばし睨み合う両者。
刹那「初め」の合図があったかのように、両者が同時に動いた。
互いに水面を滑るように接近し、刀を振る。
両者が川の中央で斬り結ぶと、自然の中にあった水の流れが、一瞬で乱され、激しい繁吹きが立った。
ユニコーンとペガサスの幻獣は、ふわりと浮き上がると、空中を疾駆して真の周囲を旋回し始める。二体の様相と相まってか、それはメリーゴーランドのように見えた。
「客を乗せる気はないの?」
真は、フォーメーションの感想を述べた。挟撃を警戒して、二本の剣を構える。
二体は、真が動いても一定の距離を保って周囲を旋回し続ける。目障りに思い始めると、ペガサスが最初の攻撃を放った。
「貴方に恨みはないけれど……排除させてもらうわ!」
ペガサスは、二枚の翼から無数の羽根をダーツのように飛ばす。真は回避したが、大量の羽根を避けきれないと判断し、草薙を繋いだ鎖を振り回して攻撃を凌いだ。
「くらえ!」
「!」
直後、ユニコーンが突進してきた。真は、既の所で突き出された角を叢雲で弾いて、串刺しを免れる。
反撃に出ようと体勢を整えた時には、二体は再び周囲を旋回していた。
十兵衛とムシャは、互いが振るう太刀を、擦れ擦れで見切り、防ぎ、避け、逸らし、文字通り鎬を削る。
「貴様……何者だ?」
十兵衛は、正体不明の幻獣の情報を得る事も重要な為、敵に言葉を投げ掛けた。
「流派は何だ? その刀も、名の通った物と見た」
「……」
「こんな所でサムライに会えるとは光栄だ」
「……」
「俺は一日、千回、刀を振るう……お前は?」
「……」
「俺の名前は源十兵衛。好きな食べ物は江戸前寿司だ」
「……」
「……」
「……」
十兵衛も口下手な方ではあったが、どうやら相手はそれ以上のようだった。最も、戦闘中、会話をしてくれる幻獣自体、珍しいが……。
「ふんっ」
不満はない。それどころか、そんな暇は冗談抜きでなかった。
相手は、幻獣とは思えない程、刀の扱いが上手い。先程の質問も、素直に感心したからこそ出たものでもあった。
磨き抜かれた十兵衛の剣技は、エインヘリャル聖騎士団が見たら、即、剣士を止めると言い兼ねない程だが、ムシャの腕は、全く引けを取っていない。
――こんな幻獣がいるとは……。まだまだ修行が足りないかもしれない。
ムシャは、父や叔父といった、剣術に秀でていたかつての隊士達を十兵衛に想起させた。
その剣術を受け継ぐ自分が、刀で不覚を取る訳にはいかない。




