五十四話 大樹の影㊁
勝志は、ルテティアにあるガリア軍の兵舎にやって来て、ノッカーを叩いた。直ぐに「どうぞー!」と中から声がしたので、ドアを開ける。
「よう、フレイヤ!」
「はぁーい、勝志。よく来てくれたわね!」
部屋の住人フレイヤが、笑顔で出迎えた。
「ここがお前ん家か? よかったな、こっちの任務に就けて」
「ええ、団長にお願いしてね。白兎隊から色々、学びたいんです、って言って! さぁ入って入って、まだ片付いてないけど」
勝志と仲良くなったフレイヤは、志願して、エインヘリャル聖騎士団が白兎隊と合同で行っている、政治家暗殺事件の調査部隊に加えてもらった。
勝志が部屋に入ると、ヴァルハラから移動してきたばかりなのか、引っ越しの荷解きが済んでいない。
「手伝うか?」
「大丈夫よ、大した荷物じゃないし。ティーセットを入れた箱が見つかれば、紅茶を入れるわね。やだ私ったら、ティーバッグを持ってきてないじゃないっ」
「Tバック? 忘れちまったのか!? じゃ、今日はノーパン―」
「イヤねー、勝志。そっちじゃないって! ちゃんと穿いてるわよ」
勝志の勘違いを、フレイヤは面白がっている。やはり、二人の相性は中々、良かった。
気を良くした勝志は、団服のミニスカートの中を覗こうとした。
「ホントか?」
「あぁんっ、ダメ、ダメ!」
「穿いてんならいいだろ? それとも、やっぱり……」
「もー、しょーがないわね。でも、ただじゃだめよ」
セクハラに対し寛容なフレイヤは、お股を隠しながら条件を言い渡す。
「そうね……。そうだ! 私のバストサイズを当てられたら、見せてあげるっていうのはどう?」
「Fだろ?」
「ええ!? 正解! すごいわね!」
「こんなの楽勝だぜ!」
勝志の特技が、活きた瞬間だった。自信家だけに、フレイヤは中々のモノを持っている。
「じゃあ、見せて、ア・ゲ・ル。……特別よ!」
フレイヤは、恥ずかしそうにしながらもプリーツスカートの裾を摘む。
こんな事をしてくれる女の子はそうそう居らず、勝志ですらドギマギする。
「お、おう! まじで……?」
「ええ……。イクわよ…………イクわよ………………えいっ!」
ぺろん―
「怪しいです! 怪しいです! あの人達、怪しすぎます! 絶対、信用できません!」
定期連絡を兼ねたランチの席で、りぼんが声を荒げた。レストランのテーブルには、他に真と勝志、ベンが着いている。
勝志は、フレイヤとの出来事を嬉しそうに話したが、当然、りぼんの不興を買った。
「騙そうとしているに違いありません!」
「なんでだよー、フレイヤはいい奴だぜ。パンツ見せてくれるし……おやつもくれたんだ」
「それがおかしいの! そういう女は悪って決まってます!」
りぼんの言う事には、真もベンも一理あると思った。しかしりぼんは、勝志がその話をする前からご機嫌斜めだった。
りぼんは、ギャルソンに大量の追加注文をする。
「おい、そんなに頼むのかよ? 俺はもう食えねぇぞ」
見掛け倒しのベンが止めようとする。真は、やけ食いする原因をある程度、予想して聞いた。
「そっちはどうなの? りぼんは騎士団の奴とバディなんでしょ」
真の質問に、りぼんはフォークを持った手を止めた。
「……まぁ、団員の人は、紳士ってば紳士ですよ。レディファーストで……ドアを開けてくれたり、座る所を譲ってくれたり、荷物を持ってくれたり……」
りぼんは少し頬をピンクに染める。しかし、その色は、直ぐに怒りで赤に上書きされた。
「でも、いつの間にか、階段も先に上らされてました! そうやって、こっちを好きなように誘導するのが狙いなんです! それに、シャワーや着替えも、お手伝いしましょうって……! 結局、みんなヘンタイなんです!」
怒りに任せてニンジンにフォークを突き刺し、りぼんが言った。
ぷんぷんしているりぼんは例外だったが、勝志のように、団員と仲良くなったという隊士は他にもいると、ベンが話した。大方は、彼らに怪しい所はないと言う。
少なくとも、組織ぐるみの犯行はあり得ないと、騎士団のレベルを知った真も考えていた。
ヴァルハラの件は、アベルに報告してある。停滞している捜査を今の形のままで続けるかは、彼の判断しだいであった。
「どうします? 予定通り、この事件は騎士団にお任せし、私達もリビュアの警戒に。エネアドは全く動きを見せませんが……」
捜査本部で、シルフィーがアベルに言った。
暗殺事件の実行犯は、現場の状況からして単独犯だ。エインヘリャル聖騎士団に犯人が居れば、身内に炙り出させ、居ないのなら更なる捜査を任せる。アベルが彼らを巻き込んだ本当の狙いは、そこにあった。
「そうすべきなのだろうが……」
アベルは、この事件に一人の人物の関与を疑っていた。証拠はないが、これ以上の捜査は任せ、自分達は本職である幻獣に向かうべきであろう。
「胸騒ぎがする。プロヴィデンス派議員への攻撃……。この事件がプロヴィデンスの影響力低下が狙いならば、俺達がここを離れていいものか……」
それこそ、相手の思う壺……?
しかし、実力に乏しいとはいえ、騎士団は幽玄者の組織だ。それが対処できない程の脅威が、エウロパにあるのか……?
アベルが思考を巡らせていると、通信機からザザーとノイズが聞こえ、隊士からの報告が入った。
「俺だ。新たな殺人が起こった。犯人を追跡する!」




