五十三話 大樹の影㊀
エウロパ北部。雪嶺が連なる美しい景色の中を、三体の幻獣が移動している。
先頭を走る白馬は、通常の馬の五、六倍の大きさをしており、その巨躯を支える脚が八本ある。その後ろを、金髪を靡かせる猪が駆け、更にその上を美しい白鳥が飛んでいた。
この光景を目にした人がいたならば、幻獣に驚きつつも、絶景と相まって、感動を覚えるかもしれない。それ程、幻想的な光景だ。
三体の幻獣は、気温差で草木の緑と雪の白で色分けされた麓までやって来る。すると、冬景色の方からも、幻獣が三体、姿を見せた。両者は、まるでこの境目を待ち合わせ場所にしていたかのようだ。
幻獣達は、互いに足元から輝くオーラを放つ。それがくねりながら伸びていくと、相手のオーラと交わり、一つの模様を描いた。その形は、幾多にも枝を伸ばす、一本の大樹に見えた。
神託で仲間を確認した幻獣達は、やがてその距離を詰めた。
「何時になったら作戦は決行される!? 力づくでケリが付くなら、さっさと俺達を呼び出せ!」
近付くなり冬景色の方からやって来た、赤毛の猿人を思わせる巨大な幻獣が怒号を上げた。従えてる二体の黒山羊幻獣も歯を剥き出しにしており、この三体は荒々しい印象を受ける。
「もう少し待てトール。計画通りにいくのならそれが一番良い」
八本脚の白馬が、相手を見下した冷たい口調で言った。
「ネスが協力者を寄越した。同盟は既に結ばれている。足並みを揃えなければ……」
「フン! 難しい事は戦で決めればいいのだ、スレイプニルよ。臆病になる必要などない、俺が居れば必ず勝つ! 奴に言え、協力者など不用、俺を出せと!」
巨人のような幻獣トールが、白馬幻獣スレイプニルに噛み付くように言ったが、冷静なスレイプニルは「俺の命令はあの方の命令だぞ?」と言い、引く気はない様子だ。
どうも仲の悪い二体を、猪幻獣と白鳥幻獣が取り持つ。
「トール君。貴方に神経質な任務が向いてないのは重々、承知です。ですが、計画通りにいけば、街一つ破壊せずエウロパを落とせるのです」
「そうそう、落ち着きなさいよ。ケンカはダメ。ほらっ、タングリスニとタングニョーストも!」
猪幻獣は、厳つい牙に反して柔和な笑みを浮かべている。その背に止まっている白鳥幻獣は、女性語で話し、翼を人間の手のように両腰に当てていた。
黒山羊二体は、多少、落ち着いたようだったが、トールは寧ろ、小馬鹿された感じたらしく、温厚な二体を睨み、尻込みさせた。
「兎に角トール。お前達は予定通りの進軍ルートを使え。それで、すんなりガリアまで来れれば、お前の石頭でも、あのお方の計画に隙がない事を知るだろう」
トールは自分を下に見るスレイプニルに憤慨し、拳を振り上げた。慌てて、タングリスニとタングニョーストが身体を入れて阻む。
「静粛に、静粛に!」
「ちょっとっ。もう、スレイプニルもそう言う事言わないの!」
猪、白鳥幻獣も、喧嘩を買うスレイプニルを止めながら、二体の間に割って入る。
尚もスレイプニルが言った。
「彼の方に相応しい配下……それ即ち、優れた手足、剣、翼、騎馬、そして頭脳! 単細胞は不用なのだ……!」
トールがキレた。
「キサマ!! バカ!! 予定通りに行かなければ、おれが全て叩きのめしてやる! キサマらも……ニンゲン共と一緒なぁ!!」
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ラーラは、自室のベッドでうつ伏せになっていた。眠たい訳ではなく、悶々とした気持ちを抱えているからだ。
「はぁ……」
ヴァルハラでは、同行した父親の秘書に振る舞いを褒められ、待望のレムリンとも再会でき、お仕事は上出来だった。
しかし、結局、真とは、あれ以降、話らしい話もできなかった。
「真……」
ラーラは、何だか真に避けられている気がした。言葉を話せないレムリンとは、心が通じ合っている気がするのに、とても不思議に感じる。
「お嬢様、端ないですわよー!」
そんなラーラを見たフォンが、意地悪く言った。ラーラは素早く、パンツ丸見えになっていたスカートを直す。
「何落ち込んでるのよ。大胆、あんた真とどうなりたいのよ。好きならデートに誘ったり、告白したりしなさいよ」
「か、簡単に言わないでよっ。まだ、そんな事……。だだ……もう少し、仲良くなれたらなって……」
「あーあ……そんな調子じゃ、ゴールは程遠いわね」
「ゴール……?」
ラーラは、フォンが恋愛巧者のような事を言うので、うつ伏せのまま顔を上げた。
「フォンは好きな人いるの?」
「いないわよ! 男なんて、ロクなモンじゃないしっ」
「そう……」
ラーラは、それならフォンには、とやかく言う権利が無いのではと思った。
「フォンは夜、どこへ行ってたの?」
ラーラが何気なく聞いた。昨夜は、真と勝志がいた為、フォンは護衛には就かず、自由行動だった。
「ど、どこでもいいでしょっ」
鋭い質問をするラーラに、フォンは怒ったように返した。
昨夜、フォンは、好きな男と一緒にいた。二人は逢える時間を見付けては逢っている、愛人のような関係だ。
荒っぽい男で、久しぶりの再会にも関わらず、話らしい話もせず、フォンはベッドに押し倒され、Gカップを触られる。
男の横暴に、絶対に屈しないと決めているフォンは、両手を頭の上に上げ、決して抵抗しない。嫌がったり、恥ずかしがったら、負けだと思っているからだ。
デートは勿論、告白した事もされた事もない。仮定を踏まず、ゴール(?)してしまう関係もある事を、お子様が理解するのはまだ早いとフォンは思った。
「はぁ……」
ラーラが再び、ため息を付いた。
恋に悩む純粋なラーラを見ると、フォンは、少しジェラシーを感じる。
「―どうしたぁ? テメェ、堪えられなくなってきてんじゃねぇか?」
「何よっ! あんたに触られたって……っ何も感じないわよっ!」
ガイの乳揉みに、フォンは思わずベッドの柵を強く握った。しかし、相手の指が、乳袋ゆえにくっきりしている巨乳の、先端の突起に振れ、弄る―
「そうそう、お嬢様! 昨日はお仕事でしたので、お勉強の方が山積みですわ! 近頃の成績に、お父様は大変ご不満みたいですのよ! さっ、受験勉強! 受験勉強!」
「えー、なんでパパがそんなにおかんむり……!? ちゃんと合格点は取ってるのにー!」
昨夜の大敗北を思い出してしまったフォンは、その憂さ晴らしに、ラーラに甘酸っぱい思いをさせないようにした。




